チート野郎VS悪役令嬢④
「思うに、君は人間という種が抱いた無念の結晶なのではなかろうか」
ホストのような格好をした邪神が春の木漏れ日にも似た笑みを浮かべながらそう告げた。
何ともチャラい格好だが同時にこの上なく“サマ”になっている。軽薄が極まった存在だからだろう。
「有史以来、人はどれだけ己が無力に苛まれたことだろう。数えきれない。天に輝く星々の数にも伍するだろう」
名も無き誰かの怒り。
名も無き誰かの悲しみ。
流した涙、流れた血、人の歴史は無念の歴史だと邪神は断言した。
「その嘆きはどこに行った? 冬の夜に吐き出した息のように虚空に溶けて消えたか?
否! 違う! 待っていたのだ! 何時か全てを受け止め何にも立ち向かえる誰かを!!
それこそが君だ! 佐藤英雄! 無念の担い手よ! ありとあらゆる理不尽を薙ぎ払う嵐の化身よ!!」
大仰な仕草は道化のようでもあり、大衆を誑かす扇動者のようでもあった。
……さて、いい加減鬱陶しくなって来たな。
「で、ロキよ。お前は今ここで殺されたいってことで良いのかな?」
「おやつれないねえ」
「うっせえ。今地球創ってる最中なんだよ。邪魔すんな禿」
「……リビングで地球を創造する人間など君ぐらいだろうねえ」
じゃあどこでやれってんだよ。
いきなり原寸大にしたらスペースが足りんじゃろがい。
「いやそういうことじゃなく」
「ってかさっきの何? 俺の強さの理屈? マジに言ってるの?」
「なわけないだろう。それっぽく聞こえる理屈を並べ立ててみただけさ。君の強さに理由などありはしない」
人の無念の結晶? なわけあるかいとロキはケラケラ笑う。
「大体、もしそうなら無意識の指針になっているはずさ。
理不尽に対する強い不快感や怒りという形でね。しかし君はそうじゃない。
人並みに理不尽に対する怒りはあれども直ぐ、冷めてしまう。怒りが継続しない。
報復は大体が面白半分で腹を抱えて笑ったらスコーンと頭の中から抜けてしまう。どうしようもない屑だ!」
とか屑が言うので俺は痰を吐き出し奴を溶解させた。
「酷いな」
「作業の邪魔なんだよ。何しに来たテメェ」
さっきも言ったが俺は地球創造の真っ最中なのだ。
各神話からデリられて来た秘奥の技術を幾つも併用複合させてのマジに繊細な作業なんだぞこれ。
「そう言いながら全然淀みなく作業しているじゃないか」
それはまあ、そうねえ。
奥多摩島での経験が活きたわ。あと型抜き。
「まあそれはともかく用件だが義兄上から二つ言伝を頼まれてね」
「オーディンから?」
「まず一つ目だけど武器を新調したらどうか? だって」
「武器……」
「君のマジ武器って確かガワだけプロに作らせてそれを君の力でブラッシュアップさせたものだろう?」
なら神域の職人の手で素材となる武器を作らせてそれを強化したら更に優れた武器になるのではないか。
というのがオーディンの提案らしい。まあ、間違っちゃいないが……。
「余力がなあ」
「そこも織り込み済みさ。こちらが更に負担すれば幾らか余裕は出るんじゃないかってことだけど……どうかな?」
「そうだな」
軽く頭の中で計算してみる。
……幾らか負担を肩代わりさせられるところがあるからそれを背負ってもらえば確かに……いけるか?
「気になってるのは強化に要する時間だけど」
「ああ、それは三日ぐらいで……いや一日で済むな」
神域の職人が手ずから作り上げるって頑健さも桁違いだろう。
ゆっくり力を馴染ませるなんてことはしなくても問題ないはずだ。
「結構。義兄上に伝えよう」
「つーかわざわざお前を寄越さんでもそれぐらい念話で十分じゃない?」
「まあそこは君に気を遣ったんだろうよ」
「律儀な爺さんだ。そんで他にもあるんだろ?」
「ああ。神が参戦出来ないのは確定だが魔性の類はどうするのか」
「……そこか」
正直、迷ってたところだ。
「今のところは参戦させないつもりだ」
「その心は?」
「奴にとって人間は劣等種だ。劣等種でなきゃいけない。最下層の蔑まれる生き物でないとな」
魔獣や巨人などの人間より力のある存在が人間を守るために戦う。
それ自体も癪に障るんじゃねえかなって。
人間相手なら舐めプで滅ぼしにかかってくれるがそれ以外を混ぜるとなれば……不安が残る。
自分の世界滅ぼした時も舐めプでじわじわやってたからな。
「俺に対してはそういう驕りは期待出来ないだろうが」
「まあ君を人間だと認めちゃうと劣等種が自分に伍する存在になり得るって認めちゃうことになるからねえ」
「そう。だから俺は人間カウントされてないが討伐軍は別だ」
奴の連れて来る兵隊を相手取る討伐軍の戦いが少しでも楽になるならその方が良い。
「君の懸念は尤もだ」
「だろ?」
「だからその上で義兄上からの提案を伝えよう。君の使い魔という形にすればどうだろう?」
「…………使い魔、その発想はなかったな」
いや討伐軍の中にゃ召喚士も居る。大門とかな。
しかし奴が戦力と見做すような存在を使役出来るレベルの召喚士は現代にゃ居ないだろう。
だから別枠と考えてたが……そうか、そういう抜け道もあるか。
「君なら神話の魔獣を従えられても不思議ではないだろう?」
「だがそうなると」
「契約の内容だね」
「ああ」
自由意思が透けて見える名ばかりの契約ではダメだ。
ガッチガチの契約にしても悪役令嬢は見透かすだろうが、やるとやらないでは理解していても受け取り方は変わる。
「白紙委任……絶対服従契約ぐらいはしとかんとダメだが」
「他はさておきうちの息子たちの許諾は得ているよ」
「お前の息子ってこたぁ蛇と狼か」
「そうなるね。スレイプニルもいけるっちゃいけるけど」
「ありゃオーディンの乗馬だからな。しかしお前……いや北欧神話的にそれはアリなわけ?」
絶対服従契約を結べば俺が破棄しない限り俺のものだ。
俺相手に力づくで契約を破棄させることは不可能だから事によっては北欧神話から貴重な戦力が消えることになっちまう。
「いや俺としては別に事が済めば邪魔なだけだし破棄するつもりだが」
それでも面子や万が一のことを考えるべき駒だろう。フェンリルとヨルムンガンドは。
「問題ないとも。これは北欧神話は全面的に君に協力するという意思表示でもあるのだから」
「……そういうことか。面倒な政治を持ち込むなよ」
「ハッハッハ! いの一番に重要な戦力を北欧神話が提供したという事実が残るだけだとも」
それを政治っちゅーんじゃろがい。
戦後の発言力を増やすための一手ってわけだ。勿論、世界を守るという前提ありきの話だがな。
「……お前を寄越した理由が分かったわ」
ロキは北欧神話の中でも複雑だが重要な立ち位置に居る神だ。
俺と個人的に面識があるのもそうだが使者の格としては申し分ない。
「勿論、君に迷惑はかけないとも。君を煩わせるようなことがあれば主神自らゲザりに行っても良い」
で、どうかな? ニヤニヤ顔のロキが超うぜえ。
「……選択肢なんてないだろ」
「結構結構。では早速、帰って義兄上に報告しよう。ああ、息子たちは後日そっちに送るよ」
ロキはひらひらと手を振り、消えた。
「ったく」
だがそれはそれとして使い魔……良いやり方を教えてもらった。
(……やりようによっちゃ“アイツら”を戦力にすることも出来そうだ)




