勝手に戦え
(……参ったな)
プレゼント交換は大成功に終わった、飯も美味い。
今日はお泊りってことで今はボドゲやってるんだがこれもこの上なく楽しい。
文句のつけどころのない卒業祝い兼クリパだ。
だってのに、
(嫌な予感がビンビン高まってやがる)
世界中隈なくそれらしい何かを探したんだがどこにも俺の危険を煽るものは見当たらない。
宇宙からのアプローチかとも思ってちょいとアンテナをそっちに伸ばしてみたがこれもハズレ。
宇宙を隈なく探したわけではねえが何となく違うような気がする。じゃあどこだって話だが……。
(ひょっとして単純な危険ではない?)
俺が感じる危機感。何となく世界にやばいことが起きるのかと思ってたが違う?
となると俺個人に関する嫌な予感ってことか? だが俺個人の嫌な予感って何だ?
かつてないほどにビンビン来てっけど身体に異常とかはな……いや待て。
「どうしたのヒロくん? 何か凄い汗だけど」
「佐藤さん、暖房の効き過ぎですか?」
ある。あるじゃねえか。いや心当たりはないよ?
でも俺個人がかつてない危機を迎える可能性…………そう、隠し子だ。
チェリーなんざとっくのとうに捨てた。真面目な男女交際の経験はないが期間限定の割り切った付き合いとかならして来た。
遊んで捨てたとかじゃねえぞ。向こうもちゃんとそのつもりの子を選んでたしな。
ほら、あるだろ? 無性に人肌恋しくなるが、正式に恋人を作るのはちょっととかさ。
そんな子と期間限定で恋人になったりはした。したけど……別の意味でも俺はちゃんとしてた。
佐藤ジュニアがやらかさないように表と裏の技術でさ。だからそんなはずはない。そんなはずはないんだが……。
「顔色がめまぐるしく変わってるけど大丈夫?」
「というか英雄さん、心なしか痩せてません? どうなってるんですか身体の構造」
だが……この世に絶対というものはない。
そして俺が関係を持った女性は仮に出来てても俺に何か言うような人間じゃない。
互いに割り切って求め合ったのだからお門違いだと……そういう強い女性ばかりだった。
「おい佐藤、お前何隠してる? チャキチャキ吐けや」
「佐藤くん、その顔は何かやらかした顔だよね? キリキリ吐きなよ」
好感度爆下がりするかもしれんが流石にこの事態を俺一人で抱え込むのは無理だ。
「……ちょっと、あの、とんでもない地雷が見つかったかもしれない」
「地雷?」
「ああ、実は俺隠し……」
時計の針が零時を示した正にその瞬間、
「――――は?」
世界が滅んだ。
完全に意識の外からやって来た攻撃。それでも身体は無意識に反応し、俺は何とか重傷程度で済んだ。
「ッッ……!!」
大丈夫。戻せる。元に戻る。時間を無理矢理巻き戻せば何もかも元通りに出来る。
だから今は冷静に原因を解明しろ。元に戻したところで同じことが起これば意味はない。
嵐の如く吹き荒れる混乱と激情を無理矢理踏み殺す。
「今俺が居る場所は完全な虚無の海……攻撃は世界の外側から。そして……宇宙が死に向かってる?」
現状を把握するため感覚を全開放する。
地球がピンポイントで狙われたわけではない。
俺たちの宇宙を殺すべく放たれた攻撃で太陽系が地球ごと消し飛んだ結果、地球も滅びただけだ。
宇宙が死にかけているのは……どっちだ? 外側からの攻撃の特性ゆえか。
もしくは宇宙が人間と同じような構造で腹を吹っ飛ばされたから死にかけているのか。
……両方っぽいな。
「見つけた」
虚無の果てを睨みつける。
ぞっとするほど美しい真っ白な少女。ドレスを纏った如何にもお嬢様って感じだがあれはそんな生易しいものではない。
ああ、俺は奴を知っている。が、今は奴の正体なぞどうでも良い。
まずは“アレ”をどうにかしない限り、元に戻しても安全は保障されない。
「――――死ね」
音を超え、光を超え、認知の外から距離を詰め無防備な脳天に短刀を突き刺す。
「な」
右手に握った拳銃を心臓目掛けて何度もぶっ放す。
刺突、銃撃、どちらも本気で繰り出せば一つの世界を消滅させて余りある威力だ。
しかし奴は原形を留めていた。
(完全に無防備な状態を不意打ったんだがな……)
殺せないのは分かっていた。しかし想定よりもダメージが低い。
……正直もう、現れるとは思っていなかった。“敵”なんてものはな。
「……驚いたな」
あちらも我に返ったらしく、俺の攻撃から逃れ距離を取った。
……隙がねえ。あっちもそうだが俺も攻めあぐねている。
「己が至上至高の強者だと思ったことはない……が、幾つも世界を渡り驕りが生まれていたようだ」
まさか私に伍する存在が居るとは、女の顔にはどこまでも純粋な驚きが浮かんでいた。
「……駄々っ子の八つ当たりにしちゃスケールがデカ過ぎるぜ“悪役令嬢”」
あの記録の中で見た姿よりもずっと強くなってはいるが間違いない。
奥多摩に貼り付いた世界を滅ぼしたあの女だ。
自分の世界だけで満足してりゃ良いものを……他所の世界にまでネガティブ振り撒いてやがったのか。
「――……君、私を知っているのかい?」
黄金の瞳が見開かれた。
どうやらこっちの言葉は通じているらしい。奴も俺と似たような術式を起動しているのかもな。
「お前が滅ぼした世界の欠片が俺の世界に流れ着いてな。そこで無念の記録を拾ったのさ」
「なるほど」
くつくつと喉を鳴らす。
「そんな世界を偶然攻撃して、偶然そこに私と渡り合える存在が居るとは数奇な運命もあったものだ」
「そうだな。俺もまさかお前と直接、顔を合わせることになるとは思ってもみなかった」
期せずして弔い合戦の形になるなんて予想出来るかボケ。
「改めて名乗ろう。私はルシア。ルシア・セロニアスだ。君の名は?」
「佐藤英雄」
「サトー……佐藤か。では佐藤、提案だが時間を置いて仕切り直さないか?」
「抜かせ。テメェはここで死ぬんだよ」
「強がりはよせ」
悪役令嬢は困ったように笑った。
「最初の不意打ちで殺し切れなかった時点で君の意識は切り替わったはずだ。
このまま続けるのはよろしくないとな。偶発的な戦闘も行えるが君の本領は違うだろう?
戦力を分析し、勝つために必要な手を打てるだけ打ってから臨むのが本来のスタイルのはずだ」
……コイツを作った創造神は厄介なことをしてくれた。
共感性皆無ではあるが、コイツは人の世界に長く身を置いたことで人を見る目を養ったらしい。
奴の指摘は正しい。このままなし崩し的にやり合った場合、勝てても不安が残る。
勝っても俺が死んだら滅ぼされちまった世界を元に戻せない。
死ぬ間際に幾らか猶予があっても、俺に余力が残ってるかどうかも断言出来ないしな。
それなら世界を元に戻した上で俺が死んでも問題ないよう準備を整えてからやり合いたいってのが本音だ。
「私は自らの命に無頓着だが、だからとて死を望んでいるわけではない」
「死んだら何も滅ぼせないからか?」
「そうだ。私も君を殺すために打てるだけの手を打ってから戦いに臨みたい」
互いに不本意な状況のまま戦端を開いたところでどちらも損をするだけ。
「だからこそ私から提案したのだよ。そこまでの領域に至った君に敬意を表してね」
「一ヵ月だ」
これ以上の問答は無用……というより奴にアドバンテージを握らせたくない。
一ヵ月。それは多分、最大でこれぐらいの猶予は勝ち取れるであろうという時間だ。
交渉を長引かせればどうなるかは分からないので先に押し付けた。
「…………良いだろう。こちらの時間をそちらに合わせておくよ」
あちらも俺と似たようなことを考えているのだろう。
許容範囲内だと割り切って交渉を終わらせたいようだ。
「では一ヵ月後、改めてそちらに攻め入ろう。何もかもを総動員してね」
「こっちも何もかもを総動員して迎え撃ってやるよ」
フッ、と笑い奴は消えた。
これから始まる戦いを何と呼ぼうか。敢えて名付けるのなら、
「……チート野郎VS悪役令嬢ってとこか」
糞みてえな戦いだな。




