メッセージ
子供らは島内の時間で一ヵ月ほどで立ち直ることが出来た。
完全に傷が癒えたわけではないが苦いものを飲み込んで前に進むことを決めたツラをしていたのでもう大丈夫だろう。
これから先、傷が開いたり別のことで躓くこともあるだろうが……その時は大人の俺らが手助けしてやりゃ良い。
というわけで一先ずはハッピーエンド!
(……とはならねえんだよなあ)
仕事帰り、俺は互助会で子供らと合流し奥多摩島を訪れていた。
深夜、こっちに帰って来た朔ちゃんから妙なものを発見したと報告を受けたのだ。
遅い時間だったのでとりあえず寝るように言って後回しにしたのだが……。
「それでさ、帰る前にキャンプでもってことで山に行ったの。そしたらサーナちゃんが」
「テントを張っている時、微かですが“死の気配”を感じたんです」
死の気配、ねえ。
奥多摩島はジオラマだが普通に野生の動物やら虫なんかも存在している。
が、それらとは無関係だろう。わざわざここで口にするぐらいだからな。
「妙に引っ掛かるものがあって探してみたら」
っと、どうやら到着したらしいな。
サーナちゃんがすっ、と何もない地面を示す。
一見すりゃ普通の地面だが……なるほど確かに、こりゃあ妙なものだ。
「……あそこです。あそこから何千何万……いやそれ以上の“死”を感じて」
「ああ、分かるよ」
死の気配……そうか、そういう感じ方もあるんだな。
確かに言われてみりゃ納得だ。“一つの世界が滅びた”んだ。そりゃあ膨大な死が焼き付いていても不思議ではない。
それを死神の力を持つサーナちゃんが感じ取ったんだろう。
「英雄おじさん。私たちにはよく分からないんだけど」
「ん、そうだな。こうすりゃ分かるか」
軽く力をぶつけてやると溶け込んでいたそいつが姿を現した。
突然何もない場所に水晶玉みたいなのが現れ驚く子供らを横目に俺はそれを拾い上げる。
「佐藤さん、それは?」
「以前、話したが奥多摩は一度滅んだ世界の欠片に塗り潰されたんだ」
コイツは異世界からの漂流物の取り残しだな。
「それは聞きましたけど……元の奥多摩に戻してジオラマと入れ替えたんですよね?」
なら取り残しがあるとすれば本物の奥多摩の方では?
光くんの疑問は尤もだが……ちゃんと理由がある。
「適応――いやさ生存術式とでも言うべきか」
本物の奥多摩から異世界の欠片を剥がしている際、このままでは一緒に破棄されると術が判断したのだろう。
そこで多分、海上に浮かぶ奥多摩の外に出ようとしたが俺の結界に阻まれた。
適応しつつ結界をすり抜けようとしてたんだろうが、俺が作業を終わらせる方が早かったんだ。
そして俺は終わった時点で即座に奥多摩と偽の奥多摩を入れ替えちまった。
「その時にこれが取り残されたということですか?」
「ああ。入れ替わる瞬間に見えないとこに入り込んじまってそのまま奥多摩島に溶けてたんだと思う」
「その術をかけた人は何でそこまでしてこれを遺そうとしたのかな」
梨華ちゃんが首を傾げる。光くんと朔ちゃんも同じ意見のようだ。
……察しているのは死というものに親和性があるサーナちゃんぐらいか。
「知って欲しかったんだろう」
「知って欲しかった?」
「もう世界の滅びは避けられないとしても、どうしてこうなってしまったのか」
誰かの下に渡る可能性は低い。それでも僅かな限りなくゼロに近い可能性に賭けたのだ。
最後まで生きてコイツを遺した誰かの執念がひしひしと伝わって来やがる。
「……オジサン、それどうするの?」
「俺が受け取るさ。こうして見つけちまった以上、それぐらいはしてやらんとな」
「なら俺たちも」
「馬鹿言うない。世界の滅びなんてどう足掻いてもロクでもねえもんじゃねえ」
ちょろっと人間の闇に触れた程度で一ヵ月も傷心するような子供にゃ背負えない。
返す言葉がないのだろう。子供たちが黙り込む。
「ま、あれだ。一人前になった時、同じ気持ちならそん時は俺が見せてやるよ」
ポンポン、と軽く叩くように子供らの頭を撫でて話を切り上げる。
「さて、そいじゃあ戻るか。まだ諸々手続きやら講習残ってんだろ?」
「うへえ……」
梨華ちゃんが露骨に面倒そうな顔をする。
教導期間が終了したからな。あれやれこやとやることがあるのだ。
これまで互助会がサポートしていた部分を自分でやったりしなきゃいけないからその説明とか色々な。
なるべく早く俺に知らせた方が良い案件だろうってことで中断して同行してもらったが用事はもう終わった。
「そうブーたれねえの。終わったら飯連れてってやるからさ」
「はーい……」
「じゃ、終わったら迎えに行くから」
子供らを転移で帰還させ、俺は奥多摩島内の秘密基地へと足を運んだ。
「……口に合うかどうかは分からんが」
水晶玉の傍にグラスを置き、酒を注ぐ。
「日本酒ってんだ。この世界の……偶然お前さんを発見した俺の故国の酒だ」
下戸なら悪いと一言告げて俺はグラスを呷る。
そして半ばほどまで飲み干したところでグラスを置き、そっと水晶に触れた。
瞬間、水晶玉から光が溢れ莫大な情報が俺の脳裏に流れ込んだ。
「…………予想通り、愉快な話じゃなかったな」
世界が寿命を迎えた結果、何もかもが終わる。
それならまだ、多少は納得がいく。どうしようもないことだってな。
しかし記録の中にあった世界はそうじゃない。明確な悪意によって滅びを迎えた。
「神の被造物、か」
その世界の創造神は世界とそこに住まう命を創り出したが……些か過保護だったらしい。
千年ほど経った頃、人々がより良く生きるためにとあるシステムを追加した。
そのシステムをこっちの言葉で説明するなら天使、みたいなものなんだろう。
天使は人を助け、その幸福のため熱心に働いた。しかし彼らを統括する天使の長に問題があった。
何故こんな愚かな命のために自分たちが苦労せねばならないのか。
何故神は人間などより遥かに優れた自分たちに寵愛を注いでくれないのか。
――――積もり積もった不満は叛逆という形で発露した。
が、負けた。天使長は神にその営みの尊さを知れと力を封じられ人間に転生させられた。
そして何度も転生し気の遠くなる時間を人として生きたんだが……その傲慢さは変わらず。
封印が解除された天使長は再度、神に直談判しようとするが既に神は居なかった。
そう、叛逆の際に負わされた傷が原因で身罷っていたのだ。
考えてみれば当然のことだろう。だって反省もしていないのに封印が解けたんだから経年劣化以外には考えられない。
そして元天使長は全ての原因を人に押し付け世界を滅ぼすことを決意したのだ。
「……さぞや無念だったろう」
水晶を作った賢者が命懸けで天使長の下まで辿り着いた時に聞いた話から要約するとそんな感じだ。
天使長本人に自覚はなく過ちを正しているだけですけど何か?
みたいな感じだがありゃどう見ても人間への嫉妬を拗らせた結果だろう。
身勝手なアホのせいで世界が滅びるなんてやってられない。
ああ、同情するよ。うん、心底哀れだと思うが……。
「何でよりにもよって天使長の二つ名が“悪役令嬢”なんだよ」
最後の転生先が大貴族のご令嬢でそこから来てるらしいが感情の処理に困る。




