それはそれ
「「「「……」」」」
奥多摩島の佐藤邸に送られた子供らはどうしたものかと顔を見合わせる。
そりゃそうだ。話もそこそこに突然、放り込まれたのだから。
それでも普段ならもうちょっと何とかなったかもしれないが……今日は別だ。
色々、本当に色々あった。頭の中には整理出来ていないモヤモヤが強く残留している。
しばしの沈黙の末、最初に口を開いたのは梨華だった。
「……とりあえず、お風呂入ろっか」
「ああうんそうだね。俺はプールの方のシャワー使うから大浴場は梨華ちゃんたちが使ってよ」
「……私も長風呂って気分じゃないし個室の方を使おうかな」
光と朔夜はそう言ってプールの近くに設置されている個室のシャワールームへ向かおうとするが、
「ちょっと待って。その前に着替えは……」
どうする? と梨華が言いかけた時である。
「うわ!?」
光が抱いていた諭吉の胸像――スーパー諭吉くんの目が突如発光。
どうやら自分を使えということらしい。
そして今更ながら光はこれを連れてシャワーに行こうとしていた自分に気付き愕然とする。
そこまで頭が回っていなかったのかと。
「…………じゃ、じゃあ試しに俺がリクエストしてみるよ」
内心を誤魔化すように光はそう言って諭吉くんをテーブルに置き恐る恐る語り掛けた。
「えっと、ジャージとシャツ、下着をお願い……します?」
【色やメーカーに指定はありますか?】
「と、特にないです」
そう答えると即座に新品のジャージと下着が出現した。
サイズは大丈夫かと思ったが問題ないらしい。どうやらそこらは言わなくても察してくれるようだ。
「……とりあえず使えるみたいだね。じゃ、私も」
「ちょ、ちょっと待っ――――」
新品で封がされていても女の子の下着とか困る。
そう言おうとした光だが梨華は特に気にせず手短にリクエストを告げた。
同じように出現するが……。
「……ああ、そういう配慮もされるんだ」
中が見えないよう紙袋に入った状態で出現した。
これなら問題はないとサーナもリクエストをして二人は着替えを手に風呂場へと向かった。
「……」
「ここのお風呂、便利だよね。一瞬でお湯がいっぱいになるからさ」
脱衣所で服を脱ぎながら話を振る。
梨華も梨華で今回の依頼で心に傷を負っているが、自分よりもサーナの方が重傷だと思ったから気を遣ったのだ。
「そう、ですね。便利過ぎて……元の暮らしに戻るのがちょっと怖いです」
サーナは少し、ぎこちなく笑った。
梨華は与り知らぬことだがサーナ・ディアドコスは梨華よりもずっと裏の世界に深く沈んだ存在だ。
ならば今の心ここにあらずに見える状態は演技なのかと言われればそうではない。
(……私は、皆さんよりずっと闇に近いはずなのに)
今回の依頼でサーナは我を忘れ、激昂し死の権能を振るおうとして梨華に止められた。
感情のままに抵抗の出来ない相手を殺そうとしたのだ。
それは死神としてあるまじきこと。頭ではそう分かっていたのに感情が抑えきれなかった。
弱さ。脆さ。サーナの冷静な部分は今回の失態をそう捉えているがそれは違う。
彼女が多くと触れ合い、心を育んでいるがゆえに生まれたもので……決して否定するべきものではないのだ。
「「……」」
かけ湯をして広い湯舟に身を浸す。
疲れ切った心身を包み込むような優しさが、今はどこか不愉快でもあった。
だからとてさっさと身体を洗って風呂から上がる気力もない。
「……分かってた、つもりなんだけどね」
天井を見上げたまま梨華がポツリと呟いた。
「オジサンが漫画やアニメみたいな裏の世界だって言うからさ。
なら、そういうので出て来るお約束もあるんだろうなって……うん、分かってたつもりなんだよ」
順風満帆に進んで来た主人公たちがぶつかる壁として人の闇は定番中の定番だろう。
「守られてたんだなぁ」
「……今も、こうして守って頂けていますね」
「うん」
千佳も佐藤も多くは語らなかった。気休めの言葉さえも。
そんな顔じゃ日常に帰れないだろ? ただ事実を言っただけ。しかしそれが逆にありがたかった。
下手なことを言われればきっと、冷静では居られなかっただろうから。
「恵まれてるね」
「はい」
会話が途切れる。風呂から上がったのはそれから一時間ほど経ってからだった。
二人がリビングに戻ると光と朔夜は既に戻っていてソファに座り、ぼんやり天井を見上げていた。
「何か、食べない? 私ら夕飯まだだしさ」
「そう、だね。じゃあ私が何か作るよ」
「いや……今はあんまり手の込んだものを食べても味が分かりそうにありませんし」
「カップラーメンとかで良いんじゃないでしょうか?」
サーナの提案にそうしようと全員が同意を示す。
のそのそとキッチンに向かいインスタント専用の収納を開けると中にはギッシリラーメンやらうどんが詰まっていた。
普段ならどれを選ぶかでキャッキャするのだろうが、生憎とそういうテンションではない。
四人はテキトーに見繕い、順番に湯を注いで飲み物を手にリビングへ戻った。
「……どうするべきだったんだろうね」
ラーメンを食べながら光が切り出した。
知らない人間からすれば言葉が足りていないが他の三人には何のことか言わずとも理解していた。
今回、四人は人攫いを殺めず無力化して互助会に引き渡した。
互助会に引き渡された罪人はよっぽど酷い輩でない限り、いずれ放免される。
屑は屑でも使い道があるからだ。
だが放免された後、また罪を犯したら? 殺しておくべきだったのではないか?
一応互助会側も再犯防止策は施すがそれとて絶対ではない。抜け道は幾らでもある。
『互助会は殺すことを咎めてはいない。生殺の権限は対処にあたった会員に委ねられる』
吉野は今回の行動の是非については言及せずそれだけ教えてくれた。
「……選ぶという苦痛とどう向き合うか。私達に与えられた課題なのでしょうね」
表の社会は簡単だ。ルールに従って生きていけば良いだけだから。
重要な選択を迫られる時がないわけではないが、それでも生殺なんて選択肢はそうそう出て来ない。
裏でやっていくというのは選び続けることでもあるのだろう。
「……完全に心を折って二度と罪を犯そうと思えないようにする、とか出来れば理想なのかな」
「オジサンみたいに?」
朔夜の言葉に梨華がそう言うと沈黙の帳が下りた。
裏のゴシップ雑誌で語られていた佐藤が行った報復の数々は殺さず心を折るようなことばかりだった。
しかしそれはやらかした連中の再犯防止目的か? 否、断じて否。
「「「「いや、あれはないな」」」」
分からないことだらけだがそれでも確かなことはあるのだ。




