若気の至り
「そういやさぁ、西園寺は何だって社長やってんの?」
「今まで聞いたことなかったけどそこは私も気になってた。君、そういうタイプだったっけ?」
無言で酒を呷り続け、良い感じに傷が癒えて来たので雑談再開。
高橋と鈴木は以前から気になっていたことに言及する。
二人の知る西園寺千佳……いや西園寺千景はどっちかと言えば使われる側の人間だった。
上からの指示を淡々とこなすタイプで自分が陣頭に立つ姿がイマイチ想像出来ない。
「ん、んー……それはまあ……何と言いますか……」
「何? 私が居たら話し難いことだったりするの?」
「ああいや、そうだけどそうじゃないって言うか。そのー、一応聞くけど梨華ってママが何で会社興したんだと思う?」
「そりゃ何かこう、意識高い系の何かがあったんじゃないの? 会社作る人って何かそういう感じなんでしょ?」
会社を興す人間が誰しも崇高な志を抱いているわけではない。
とは言え子供の梨華にとって社長というのはどこか違う世界の人間のように思えてしまうのはしょうがないだろう。
千佳はそんな娘の認識を知っているからこそ言い出し難さを感じているのだ。
とは言え何時までも隠し通せるようなものでもない。
「生憎とご立派な志とかそういうのは何もないわ」
千佳は諦めたように溜息を吐き、缶をぷらぷらさせながら語り始めた。
「何ていうか……ノリ?」
「「「ノリ!?」」」
ギョっとする三人。そりゃそうだ。
どう考えても千佳の領分ではない。そんな動機でやるのは佐藤の領分だろう。
「おいおいおい、ノリとかますますお前と対極にあるもんじゃねえかよ」
「……生真面目な君らしくないな」
「そうそう。ママ、よく言ってるじゃん。何事も計画的にってさあ」
三人の言葉に千佳は頷く。確かにその通りだと。
「若い頃の私……というか表の世界で暮らし始めた当初の私はそうでもなかったのよ」
「「「ううん?」」」
「前、ヒロくんに言われたじゃない? 私たちはサプライズとかそういうの向いてないってさ」
「言われたね」
「あ、ダメだ……思い出したらムカついて来た」
心配して企画したのに元気のない理由がよりにもよって……!
沸々と苛立ちを募らせる高橋を宥めつつ千佳は続ける。
「あれってようは陰キャが背伸びして陽キャのノリやっても痛いだけってことでしょ?」
「いやそこまでは言ってない気がする」
「……まあ、あながち間違いでもねえけどさ」
「昔の私は正にそれだったのよ」
佐藤に対する恐怖やうしろめたさから逃れるためでもあった。
ただそれを抜きにしても千佳自身、日の当たる世界での生活に憧れを抱いていた。
「何もかもが真新しくて何かしてないと勿体ないって思ってたんでしょうね。
それであれこれ挑戦してたのよ。でもまあ、元が世間知らずの小娘でしょ?
しかも憧れっていうか、そう在りたいみたいな理想像がよりにもよってヒロくん」
佐藤なら物怖じせずガンガン突っ込んで行くだろう失敗さえも笑って飲み込めるだろう。
そう考え千佳は色々なことにぶつかって行ったのだ。
「いや無理でしょ。あのバランス感覚は天性のものだし」
「アイツの行動はアイツの性格ありきで他人が真似してもキツイだけだろ」
「オジサン、生粋の陽キャだしママが真似するのはハードル高いかなって」
ズバズバとダメ出しを食らい千佳は頬を引き攣らせるが、まったく以てその通りなので反論はしなかった。
「兎に角昔の私はそういう性格だったって前提よ。
そんなだから馬鹿な男に引っ掛かったんだけど……まあそこは良いわ。
梨華が生まれて一年ちょっとぐらい経った頃かしら? 普通に専業主婦やってたんだけど」
その時、ふと思ったのだ。
「あれ? 育児って話に聞くより楽じゃない? って」
「「「子育て舐めんな」」」
「わ、分かってるわよぅ……実際、梨華にも苦労かけちゃったし……」
でもそういうことじゃないのだ。
「ほら、よく聞くじゃない育児ノイローゼとかってさ」
「あー……そういう意味な。確かにあたしらにとっちゃ無縁の話だわ」
夜泣きで一時間も眠れなかったなどよく聞く話だ。
しかし、千佳は力を封印してあったとは言えそれでも完全に封じれていたわけではない。
体力的な意味では超人の下層程度には残っていた。
「何なら一週間くらい飲まず食わずで育児しても問題ないもの。
精神的な部分もそう。命の危機が身近にある世界で生きてたんだからちょっとやそっとじゃねえ?
赤ん坊っていうか弱い命を守るプレッシャーも……まあ、なくはなかったわよ?
でもほら、いざとなれば異能の力にも頼れるって精神的な拠り所もあるじゃない?」
だもんで育児というものに対する負担が極端に低かったのだと言う。
「余裕があると……こう、思っちゃうのよ。何かしてなきゃ勿体ないんじゃないかって」
折角、念願の表での生活を満喫しているのだ。
別のことに挑戦する余裕があるならそうするべきではないのか? と。
完全なる空回りだ。佐藤が聞けば苦言を呈するだろう。
「今なら分かるわよ? 無為な時間をただ楽しむこともまた乙なんだってさ。
でも二十そこら……表で暮らし始めて十年も経ってないからどうしたって、ね?」
そんな時だ。
「短大時代の友達とご飯食べる機会があってね。
そこで色々、互いの近況を報告し合って盛り上がってたら会社勤めしてる友達の一人が言ったの」
今は雌伏の時。けど、いずれお金が溜まったら独立するのだと。
「熱く語るもんで私も感心しちゃってさ。だったら私がスポンサーになってやろうじゃないって手を挙げたの。
裏で稼いだお金は架空の両親からの遺産ってことで表で使えるようになってたけどあんまり手をつけてなかったし」
それなら友人の夢を応援してやろうじゃないのと一肌脱いでやろうと思ったのだ。
千佳が声をあげると他の友人たちもそれなら力になるよとその場に居た面子も手を挙げた。
なら皆で頑張ろう! おー! となったは良いのだが……。
「最初はお金出しつつ細かい雑務なんかを手伝うつもりで居たんだけど」
「「「けど?」」」
「もう少しで社会の荒波に船を浮かべるわよ! って時に発起人の子が言ったの」
私、やっぱ社長とか会社の顔とか向いてない。裏方で頑張る方が性に合ってるわと。
なら別の子にとなったが「私? 無理無理」「勘弁してつかあさい」と他の面子も拒否。
かと言って今更白紙に戻すことも出来ない。皆が千佳に期待を込めた視線を向けたのだ。
「じゃあしょうがないから私がやるかぁ……ってなって今に至ります」
ちなみにその友人たちは今でも幹部として千佳を支えている。
「「「よくそれでやって来れたな!?」」」
「まあそこはほら、良いモデルが居たから」
「「「モデル?」」」
「ヒロくんよ」
普段から高橋、鈴木を率いていたしそれ以外の場面でもだ。
他の会員と合同で行う大規模な討伐依頼、互助会でのクーデター、新世界・混沌の軍勢との最終決戦。
佐藤は何かと皆の上に立ち、人を率いて来た。
千佳はその姿を間近で見て来たからそれを参考にしようと思ったのだ。
「それでまあいざやってみたら結構上手くいっちゃってね。
や、勿論全部が全部成功したわけじゃないし失敗もしたわよ? ええ、何もかもが順風満帆だなんてことはなかったわ」
だがその中で成長し真似事から自分なりのリーダーとしての在り方を確立していったのだと言う。
「ほへー……でも参考にしたオジサンは会社員でママは社長ってのも何か面白いね」
「資質はあってもそれを活かすかどうかは別だもの」
佐藤は必要に迫られたからやっていただけ。
そうでなければ適度に緩々やっている方が性に合っているのだ。
「突出し過ぎた個でありながら集団を率いても強いとか……アイツ、改めて思うが反則だろ」
「私たち、よくあんなのと戦ったよね」
「まあヒロくんも決戦時はまだ規格外ではなかったし」
「「ワケ分からん技で女にされたんだが?」」
千佳は愛想笑いを返した。




