レイドバトル
『……これは、精神を削る戦いだ』
上位層に食い込めるほどの素養はなくとも、実力者から一定の評価を受けている会員の一人中条が言った。
第一ステージ。墓穴から沸き出す骸骨の軍勢の本質を僅か数分で看破したがゆえだ。
彼は拡声の術を使い全員に声が届くようにしてから説明を始める。
『若い子にも通じるような説明をするなら……大量の雑魚を蹴散らすアクションゲームあるだろう?』
群がる髑髏を蹴散らしながら語るその顔は実に苦々しい。
『大味な作りだが一定の成功は約束されているジャンルのゲームだ。
あの手のゲームの肝は爽快感。ボス以外はストレスなく蹴散らせなきゃいけない。
そこを分かっていないと爆死する。今私たちが置かれている現状が正にそれだ』
髑髏はハッキリ言ってしまえば雑魚だ。
しかし、絶妙に鬱陶しい立ち回りをして来る。
一撃一殺は不可能というレベルなら意識の切り替えも出来たが、
『そうじゃない。一撃一殺が成功するようにもしてある。割合で言えば六割弱』
そのせいでどうにもペースが狂う。
単に上手くやれないだけだとギアが上がり切らない。
『些細な面倒臭さ。しかしそれも積もり積もれば苛立ちに変わり冷静さを奪ってしまう』
この雑魚はそういう思想の下に設計されている。
佐藤はここで参加者を脱落させるつもりは毛頭ない。これは一の矢だ。
精神への負荷という見えないデバフを蓄積させることで二の矢、三の矢の効果を増強しようとしていると彼は言う。
『じゃあ何だ? 大火力で吹っ飛ばすのが正解って?』
『それもどうだか。そうすることで肉体の消耗を強いるのも狙いかもしれない』
この先のステージで何が待ち受けているか分からない。
精神の消耗を取るか、肉体の消耗を取るか。どちらが正解とは言えない。
『おい!』
『そうやって迷わせるのが魔王様の狙いなんだ』
だから今この場における正解は一つ。
『多数決だ! ちまちま潰すか一気に潰すか多数決で決める!!』
どちらの消耗が正解か分からないなら自分の意思で片方を切り捨てる。
選ばされたのではなく選んだのだという意識があれば傷は最小限に抑えられるだろう。
どちらに決まろうと決まった時点で文句は言わない受け入れる。
その約束を皆に呑ませ、彼の主導の下多数決が始まり……一気に潰す方が選ばれた。
『どうやら正解だったらしい』
『貢献度か』
『なるほど単なる獲得金額のバロメーターってわけじゃないってことだ』
髑髏の群れを片付けたところで貢献度を確認。
中条は気付いた後、意図的に討伐数を減らしていた。
それはここを切り抜けた後の貢献度を確認するためだ。
削った数はそこまでではないのに一番貢献度が増えている。
『提案、主導、不正解でも協調の一助になったのなら加算はされるだろうが』
『上がり幅ね?』
『ああ。他と比較しての上がり幅を見るに少なくともあちら側が考えてる正解を選べたらしい』
そんなベテランたちの会話を聞いていた子供らは、
『……すごいな』
『……うん』
『ベテランゆえの貫禄というやつですか』
『何て言うか、オジサンとはまた違う頼もしさがあるよね』
佐藤にその手の貫禄がないわけではない。
洞察力、決断力、心理的な駆け引きにも長けている……というよりむしろ本領はそちらだ。
規格外になる前の佐藤を知っている者は皆、その厄介さを理解している。
しかし子供らはどうしたって圧倒的な力の方に目が行きがちだ。
それゆえに才はなくとも優れた戦士という存在はとても新鮮で、大いなる刺激になっていた。
『勉強させてもらおう。この機会に』
……なんて綺麗な決意はしたもののその後も底意地の悪いステージは続く。
『何だコイツ!? 服だけ溶かして来やがる!!』
『エロモンスターじゃねえか!!』
明らかに私欲が混ざっているとしか思えないモンスター。
『クッソ、普通に強い! 散々変化球投げて来てここでストレート!!』
『……すまないな。ボスの指示には逆らえないのだ』
『佐藤ちゃんってばホント、他人の心を面白半分にかき乱すのが病的に上手いわよねえ』
普通に強い敵。
『『私は高橋でも鈴木でもない。高木だ!!』』
『合体したァ!?』
『しかもアシュ●男爵みてえな感じで!』
『普通こういう場合の見た目は両方の良いとこどりとかじゃねえの!?』
普通に強い上に動揺を誘うギミックが仕込まれている敵。
数々の試練を乗り越え、勇者たちは遂に魔王の下に辿り着いた。
「よくぞここまで辿り着いた。下等生物にしてはよくやったと褒めてやろう」
玉座に腰掛けた佐藤が尊大な態度で拍手をする。
≪……≫
「おい、何か言えや」
「ああいや……次はそういうギミックなんだなって」
「どうせ一定量HP削ったら若返るんでしょ?」
佐藤は佐藤だがその姿は老人のそれだった。
まあ老人と言っても偶に見かける「コイツ中々死にそうにねえな」ってタイプのふてぶてしい老人だが。
「魔王が普段見せているそれは偽りの姿という噂があるわ」
「要らねえよそのアドバイス! 見りゃわかんだろ!?」
「このお助けキャラ絶妙に役立たず!!」
「魔王には攻撃が通じないらしいわ。不可視の障壁で全て防がれてしまうとか」
「それも察しがつくわ! 四天王から露骨にそれっぽいアイテムドロップしてたもん!」
「それ以前に四天王との戦いを避けられるギミックになってたしな!」
「あれどう考えてもスルーしたら後で痛い目に遭うヤツじゃん!」
そんなリアクションを見て遊び心のない奴らだと肩を竦めムカつく顔をする佐藤だが、
「お? もう始めんのか? そいつで無敵バリア取っ払ったら戦闘開始だぜ?」
集団のリーダーになった中条がアイテムを取り出したところで目を丸くする。
「……つくづくイヤらしい人だ。使わなければ戦闘は始まらない、休むことが出来る」
そうして“休ませようとしてくる”と中条は言う。
「確かに消耗はある。だが精神状態は良い感じに“アガ”ってる。
ここで休めば間違いなくそれが切れてしまう。狙いはそれだろう?
ついでに言うならお助けキャラの西園寺さん。彼女もギミックの一つなんじゃないか?」
佐藤はニタリと口元を歪ませた。
「お助けキャラ。誰にとってのお助けキャラかは言ってないだろう?
西園寺さんの助言は無価値ではなかったよ。ああ、役に立つ場面もあった。
でも比率で言えば四、五割ぐらいはゲームのNPCみたいな現実でやられても……みたいなものだった」
誰もが思っただろう。
最低限、戦いになるようアドバイスをしてくれるが基本は佐藤のおふざけで用意された役なのだと。
「そういうキャラだと道中で刷り込ませてからのさっきの発言だ。
いきなり偽りの姿だ何だの言われてもこれまでのおふざけにしか思えない。
場の空気を弛緩させる流れを作って自然と休ませようとする提案をするための仕込みだったんじゃないか?」
中条の推理に他の会員たちにどよめきが広がる。
道化た振る舞いですら計算に入れた策を張り巡らせていたのかと。
「見事だ名探偵。仰る通り。だがイヤらしさって意味じゃそっちも負けず劣らずだろ?
休ませたら気持ちが切れるってんならこの推理タイムは何だって話よ。
気持ちを切らせないよう緊張感のある語り口で俺の意図を説明しつつ出来る限りの休息を取らせたんだ」
読み読まれ。これが駆け引きというものの妙味だろう。
これ以上語ることは何もない。佐藤と中条は同時に宣言した。
「「さあ、ラストバトルの始まりだ!!」」




