本番
「金・金・金ェエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!」
「口を開けば金のことばかり! 恥ずかしくないのか!? ありませぇえええええええええん!!」
午後十一時四十四分。
討伐イベントも終盤。金目当てに参加した者たちのボルテージは最高潮に達していた。
「はははは! 万札だ! 手足の生えた万札だぜぇええええええええええええええ!!」
「もうどれぐらい稼いだかしら!? わかんない! わかんないわ! でも幸せェ!!」
ハロウィンの仮装は魔性に正体を悟られぬためのものだ。
しかしこの光景を見ていると仮装要らなくない? 欲に狂った魔物じゃんねと言われてもしょうがないだろう。
とは言え誰も彼もが欲に駆られて我を忘れているわけではない。
「ふぅー……ここらで切り上げようか?」
廃墟に蔓延る異形の殲滅を終え、光が切り出すと三人も同意を示す。
「まだ余力はあるけど私たちはまだまだ未熟だからね。石橋を叩いて渡るぐらいが丁度良いと思う」
「化け物がまだまだ元気にあちこちで暴れてるだろうからちょっと気が引けはするけど……ま、そこはしゃあない!」
「身の丈に合わないことをして破滅するのはあまりにも馬鹿らしいですからね」
それに討伐に参加しているのは自分たちだけではないのだ。
他の人たちが頑張ってくれているだろうとサーナは続ける。
「そだね。ところでサーナちゃんやけに実感籠ってない?」
「気のせいですよ。それより疲れましたし少し休憩してから帰りません?」
「そうだね。場所が場所だから人目もないし」
廃墟の地べたに腰を下ろし、思い思いに寛ぎ始める。
「しかし結構倒したよねえ。報酬どれぐらいになってるんだろ?」
「……!」
空間を弄ったポーチからスポドリを取り出し蓋を開けようとしていた光の手が止まった。
突然、ぴしっと固まってしまった彼に三人は首を傾げる。
「どうしたんだい光くん」
「……い、いや……考えないようにしてたんだけど……お金、今日だけでどれだけ稼いだのか……」
梨華は言わずもがな社長令嬢。
朔夜は特別裕福というわけではないが両親共働きで余裕のある家庭の生まれ。
サーナも金銭面で不自由した経験など一切ない。
そんな三人と違い苦しい家庭で育った光にとって大金というのは嬉しくもあり恐ろしいものでもあるのだ。
「七時から今までだから……五時間ぐらい? それで、それで……限りなく低く見積もっても一人あたま五百万は……」
金銭感覚がおかしくなりそうだと身体を震わせる光に梨華は言った。
「光くん、良いことだけに目を向けよ? とりあえず沢山お金稼げたヤッター! で良いじゃん」
「いやでも……」
「おかしくなりそうならちゃんと叱ってくれる人も居るでしょ? だったら良いじゃん」
今考えるべきはそのお金をどう使うかだと梨華は続ける。
「貯金と裏での必要経費に大半は使うとしても、それだけ稼いだんだしさ。
好きなことに使おうよ。ほら、妹ちゃんやお母さんとちょっとお高い外食に行ったりさ!」
その言葉に乗っかるように今度は朔夜とサーナが口を開く。
「良いねそれ。私も英雄おじさんに日頃の感謝として何か贈ったりしようかな」
「私は……頑張った自分を労わるために使いましょうか。ああ、スイーツ巡りとか楽しそうです」
そこでようやく光も肩の力が抜けたらしい。
強張っていた表情が緩み、後ろに両手をつき天井を見上げ息を吐いた。
「俺は寿司が食べたいけど……藍と翠は洋食の方が良いって言うんだろうなあ」
「お兄ちゃんも偶にはワガママ言っても良いんじゃない?」
そのまま和気藹々とした雑談が始まる。
実に良い空気だ。しかし、それをぶち壊す“異常”が発生する。
零時まで後数分、といったところで急に支給されたバッジが点滅し始めたのだ。
「え、何これ光ってる? しかもすんごい不気味な感じに!!」
「クソ……! 外れない!? 何だこれ!?」
「……互助会が支給した以上、こちらに害を成すものではないと思いますが」
「! 光が溢れて――――!!」
零時を数えたその瞬間、視界が紅い光で埋め尽くされた。
少しして視界を取り戻したのだが……。
≪ここどこォ!?≫
視界に広がるのは枯れた木々と墓標が聳え立つ大地。
遠くに見えるのはやけに不気味な古城。空を見上げれば紅い月。
あまりにも不気味な光景に強制的に転移させられた者達が一切に叫んだ。
「……ここに居るのは討伐依頼受けた奴だけか?」
「でしょうね。転移前にバッジがやたら光輝いてたし」
「とりあえず命の危機はなさそうだし、皆落ち着けー!」
いち早く冷静さを取り戻した者らが周囲に声をかけつつ考察を始める。
光たちのような経験の浅い者も居るが、中には経験豊富なベテランも居るのだ。
そういった者らが積極的に声掛けをしたお陰で他の者も徐々に落ち着きを取り戻し始める。
「ってかさ。俺ら全員、転移でここに連れて来られたんだよな?」
「周囲にポータルはなさそうね」
「一応、転移にマジで抗ったんだけどダメだったわ」
「…………こんな出鱈目なことが出来る互助会関係者って一人しか居なくない?」
全員の脳裏に一人の顔が思い浮かんだところで雷鳴が轟く。
弾かれたように空を見上げると黒雲が蠢き邪悪なシルエットに変わっていく。
【我は人の心の闇より出で、人の心の闇に還る者……】
おどろおどろしい声が響き渡る。
【――――我が名はサトー……大魔王サトーなり!!】
≪やっぱ佐藤じゃねえか!!!!≫
思わず全員がツッコミをかます。
【あ゛? おいお前ら誰にタメ語聞いてんだ? あ゛ぁ゛?
俺よか年上の奴もいっけどよぉ、裏に年功序列はねえんだぜ? 力が全てよ力が。
で、その上で聞くがお前ら誰にタメ語聞いてんの? ねえ、おい、言ってみろや】
突然のチンピラ化。
物理的な圧を伴った言葉が理不尽に降りかかる。
【なーんてな! ジョークジョーク! それよか説明だな。
実はちょっと前に会長から依頼を受けてよぉ。
ハロウィン討伐イベントの締め括りってか延長戦やってくれねえかってさ。
近年、誰も彼もが巻き込まれるデケエ戦いとかなかったかじゃん? そこを心配してんのよ会長は】
身の丈に合った依頼をこなす。それは重要なことだ。
しかし時には勝算の見えない戦いに身を投じざるを得ないこともある。
大きな混乱が起きれば自然とそういう機会にも恵まれるのだがそれもなし。
世界規模の危機や混乱は全て佐藤が大火になる前に叩き潰してしまったからだ。
【つまりはまあ、何だ】
邪悪なシルエットが照れ臭そうに笑う。
【――――レイドバトルしようぜ! ボス俺な!!】




