長い夜の始まり
「わ! サっちゃん魔女!? 良いじゃん良いじゃん!」
「とてもお美しいです」
「わぁ……朔夜さん、似合ってるなあ」
「はは、ありがと。皆の仮装も素敵だよ」
午後六時。子供らは普段から利用している互助会の施設に集まっていた。
何時もより混んでいて尚且つ、皆仮装しているものだからとても裏の施設とは思えない光景が広がっている。
「……しっかし、これなら俺も自前で何か用意した方が良かったかも」
ぽつりと光が呟く。
彼の仮装は吸血鬼なのだが黒いマントにつけ八重歯だけ。
一応それっぽく見えるような私服の上に着ているが朔夜のそれに比べるとどうしても手抜き感が拭えない。
「メンズの手抜き感半端ないよね。下心でしか仕事してないの? ってレベルだわ」
「ま、まあ性能自体は遜色ないようですし……」
「性能もダメならそれこそ救いようがないでしょ」
御尤もなツッコミである。
「私はちょっと浮かれてたから用意したけど……荒事で服が汚れたり破れたりするかもだし」
「んー……それもそうか」
倹約家の光はあっさりと納得した。
「あ、受付が始まるみたいですよ」
「並ばなきゃね!」
ハロウィン討伐イベントの依頼受注の受付が始まり子供たちも列に並ぶ。
稼ぎ時とあって皆、ギラギラした目をしていて子供らもそれに触発されメラメラとやる気を燃やしていた。
「皆さん、スマホの充電は大丈夫ですか?」
「バッチリ!」
「携帯充電器も持って来てるよ」
「俺は予備のバッテリーを」
事前に参加申請をした際、互助会からハロウィン限定のアプリをダウンロードしておくよう言われていた。
そのアプリで次々に発生する異形の現在位置と危険度、報酬などを把握し異形を討伐するのだ。
「ってかこれさ競争になっちゃわない? 現地行って先に討伐されましたとか嫌なんだけど」
「受諾した時点でリストから消えるようになってるみたいだよ」
「横取りも無理みたいだね。勝手に倒しちゃったら依頼を受けた人に報酬がいくようになるんだってさ」
「梨華さん。説明はちゃんと読みましょうよ……」
「私はほら、家電とかもフィーリングで使っちゃう派だから」
そんな言い訳にもなっていない言い訳をしていると子供らの順番がやって来る。
事前申請をしていたので手続きはスムーズに進んだのだが、
「何このバッジ?」
受付嬢からジャックオーランタンを模したバッジを渡される。
こんなものを渡されるとか言ってたっけ? と梨華が三人を見ると彼らも首を横に振った。
「何かしらの術式が刻まれているようですがこれは一体……?」
「今回の大規模討伐依頼の参加資格、のようなものです。大切な物ですので紛失しないよう気を付けてくださいね?」
腑に落ちないものを感じるがどうやらこれ以上の説明はないらしい。
後ろがつかえているので子供らはそそくさと列を離れた。
「これ、どうしようか?」
「テキトーなとこつけとけば良いんじゃない?」
「……」
「朔夜さん? どうかされましたか?」
「あ、いや……出がけに英雄おじさんが何か不穏な空気をちらつかせてたのを思い出して」
「「「……」」」
少しの沈黙。
「考えてもしょうがないからこの件に関してはスルーってことで」
「梨華ちゃんのそういう切り替えの早いとこ俺、凄いと思うよ」
「まあでも実際梨華さんの言う通りですし今は目の前の依頼に集中しましょう」
「そ、そうだね……ごめん、変なこと言っちゃって」
そうこうしていると遂に時間がやって来た。
時計の針が七時を示すと同時にポツポツとスマホに依頼が入り始める。
魔性の大量発生が予想される日にのみ各地で展開する魔を抑圧する結界が緩み始めたのだ。
「これなんかどうかな?」
「遠いけど……今日は何だっけあのー……」
「互助会が設置している転移用のポータルを無料開放してるので大丈夫ですよ」
「そうそれ!」
「じゃあ私が転移の魔術を使うよ」
最初の依頼は形成されたばかりの小規模な異界の切除。
女王級が標的になるわけだが併記されていた危険度からして大丈夫だろうと判断したのだ。
「……楽しそうだな」
「ええ。この空気を守るためにもさっさと片付けましょう」
転移で向かった先の街もハロウィンで浮かれた空気が漂っていた。
仮装している人間もちらほら居るので不自然に思われることもなく四人は発生地点まで向かい異界へ突入。
異界に侵入するや異形が襲い掛かって来るが慣れたもの。
光は高周波ブレードを抜き放ち瞬く間に切り捨ててのけた。
「先は長いし、なるべく力は温存していこう」
「「「了解」」」
襲って来る雑魚を蹴散らしながら異界の最奥を目指す。
発生したばかりだからか完全に広がり切ってはおらず、十分ほどで辿り着けた。
異界の主は巨大な蜘蛛だった。光たちを認識するや大蜘蛛は餌を捕らえんと糸を大量に吐き出す。
しかしこの程度でおたつくことはない。朔夜と梨華が炎で糸を焼き払う。
「私の即死は……ストレートには通りそうにないですね」
チャキ、とサーナが大鎌を構えると光が頷く。
「朔夜さんは補助をお願いします。俺たちがアタッカーになりますんで」
「了解」
「かなり硬そうだけど……外殻を纏ってるタイプだから継ぎ目を狙えばいけそうだね」
梨華が右手に風の刃を纏わせ呟く。
「来るぞ!!」
弱らせねば捕らえられない。
そう判断した蜘蛛が襲い掛かるのと後方に退いた朔夜が全員に強化魔術を施すのはほぼ同時だった。
突っ込んで来た巨体をひらりと回避し、三人はバラけたまま攻撃を開始する。
バラけたのは的を絞らせないためだ。
「再生能力!?」
斬り付けた箇所の肉が膨れ上がり傷が瞬く間に修復される。
「サーナちゃん!!」
攻撃を防ぎ、光が叫ぶとサーナはコクリと頷き大鎌の切っ先に死の権能を纏わせた。
佐藤から教わった父ハデスが使っていた技だ。
「やぁ!!」
権能を纏い肉を切り裂く。
先ほどと同じように肉が膨れ上がるもパン、と乾いた音を立てて肉は爆ぜてしまった。
殺された傷口をどうにか出来るほどの力はないようだ。
「それなら私も!」
梨華は星の巫女と呼ばれる存在だ。
地球の力を吸収して生まれた星の巫女は自然との親和性が尋常ではなく高い。
ゆえに自然を操る術に長けているのだが……自然とは何も風や炎だけではない。
自然界に存在する毒もまた巫女が操る力の一つなのだ。
風の刃に数多の毒を纏わせ切り裂く。再生能力を完全に奪うほどではないが明らかに再生が遅れている。
傷だけではなく毒素の排出にもリソースを割いているからだろう。
「手を緩めず、一気呵成に叩き潰すよ!!」
そうして十分ほどで大蜘蛛は倒れた。
子供らは大した手傷も負わず、体力の消耗もそこまでではない。完勝と言って良いだろう。
「ふぅ……少し休憩して次に行こう」
「「「了解」」」
夜はまだ始まったばかりだ。




