誓って前科はない
(……可愛いなぁ)
十月三十一日。ハロウィン当日だからだろう。
校内にはどこか浮かれた空気が漂っていて光もまた少しばかり浮ついていた。
もっとも、彼の場合は些か理由は異なるのだが。
スマホの画面に映し出されているのはハロウィンの仮装に身を包んだ妹たちの写真。
光にとってはハロウィンを満喫している妹たちがメインでその行事自体はぶっちゃけどうでも良いのだ。
(小学生でこれだもんな。我が妹たちながら末恐ろしいや)
普段は甘やかしてはいけないと厳しく接しているがその本質はシスコン。
うちの妹たちマジ可愛い、こんな格好で出歩いたら男どもがほっとかねえよと本気で思っている。
「暁、教室で堂々とエロ活するのはどうなのよ?」
「してねえよ」
「いやだって相当、だらしない顔してたべや」
「妹たちの写真見てただけだよ」
「妹さんの? おぉぅ、こりゃまためんこいわねえ」
「だろ?」
「……つか妹の写真であの顔って……前々から思ってたがお前相当なシスコンだよな」
「失敬な。俺は兄貴であると同時に父親代わりでもあるんだ」
父と兄で愛情も二倍になるのは当然だろうと光は断言する。
「いやそのりくつはおかしい……が、まあ良いや。ハロウィンのコスプレだよなこれ?」
「ああ。今年は母さんが休み取れたからね。三人で渋谷に遊びに行くんだって」
「お前は?」
「ちょっと先約があってさ。悪いけどそっち優先させてもらった」
「シスコンのわりにそういうとこ律儀だな~」
「だからシスコンじゃねえって言ってんだろアホ」
ぺしん、と友人を軽く叩く。
光は年上、年下の前ではしっかりしなければと意識して背筋を正している。
しかし同年代相手に年齢相応の砕け方をする。
こういう姿を見たことがない佐藤や梨華などがこの光景を見れば目を丸くすること間違いなしだろう。
「そっちはどうなんさ?」
「もち彼女と一緒よ」
「おお、あっついあっつい」
「茶化すなよ~」
昼休み終了まで友人とじゃれ合い午後の授業が始まると即意識を切り替える。
五時間目、六時間目の授業を真面目に聞き、キッチリと掃除を済ませた光は一直線に帰宅。
「ただいま……藍と翠は?」
「もう遊びに行ったわ」
「そうか。まあ好都合かな」
何せこれから夜に向けての準備をするからだ。
事情を知らない妹たちの前であれこれするわけにはいかない。
「ところで母さん、昨日渡したのちゃんと持ってるよね?」
母が用意してくれた早めの夕食に手をつけながら光が問う。
百合は大丈夫と頷き、軽く胸元を開く。そこには真新しいロザリオがあった。
「OKOK。昨日も説明したけどちっちゃい宝石みたいな突起を押し潰したら効果を発揮するから忘れないようにね」
ロザリオは昨日、光が闇市で購入したタリスマンの一種だ。
強い異形を遠ざけるほどの力はないが弱い異形や、表の厄介ごと程度なら退けられる代物である。
と言っても効果は発動してから一日ぐらいしか持続しないのだが……まあそこはしょうがない。
光の実力では長く強い効果を発揮する類の物には手が届かないのだ。
「私たちの心配をしてくれるのは嬉しいけど……そっちは大丈夫なの?」
百合は軽くだが事情は聞いている。
ハロウィン当日は異形が活性化する日で、その関係で今日は夜通し化け物を狩るのだと。
「絶対に大丈夫とは言えないよ。こんな世界だからね。でも死ぬつもりなんてさらさらないよ」
「……」
そう告げた我が子を複雑そうに見つめる百合。
光も母の不安は分かっているのだが……これが自分の選んだ道なのだと敢えて何も言わなかった。
(世界は笑っちゃうぐらい危険に満ち溢れている。だから強くならなきゃいけないんだ)
知ってしまった。当たり前のように踏みしめていた日常が薄氷のそれであると。
強くなりたい。せめて大切な人たちぐらいはこの手で守り抜けるように。
光が今も尚、裏に居続けている理由だ。
(……あと、お金のためにも)
ハロウィンの仮装なんて去年までは考えられなかった。
心苦しいが妹たちの将来を考えると、我慢を強いるしかなかったのだ。
だが裏で依頼をこなし金を稼ぐようになってから暮らしにも随分と余裕が出きた。
母と妹たちに苦労をかけさせないためにも頑張らねばとよりいっそう気合を入れる光だった。
「あ、そう言えば母さん。今日は一日家に居たわけだけど……」
「ああ、大丈夫よ。押し売りも宗教勧誘も来なかったわ」
……ホント、いきなり来なくなったわねえと苦笑する母に光もまた苦笑を浮かべる。
「佐藤さん、どんだけ悪名轟かせてるんだろ……」
佐藤から撃退法を教授されたその翌日だ。
家でのんびりしていたら早速、迷惑な連中がやって来た。
言われた通りまずは見極めから入ることにして「時間がないので」という問いを投げた。
そうしたら「時間は取らせませんので」と答えられたので言われた通り、スイッチを入れた。
そして名前と所属を聞き出そうとした際に……ふと思ったのだ。
『あの、佐藤英雄さんって知ってますか?』
完全な思いつきだった。しかし、効果は覿面だった。
最初は宗教勧誘。やって来たのは年配の女性と二十代ほどの若い女性の組み合わせだった。
前者ならひょっとして? と思い聞いてみたのだが一気に顔が青褪めた。
そして取り繕いもせず、相方の手を引き逃げて行ったのだ。
少ししてからやって来た押し売りもそう。五十代ぐらいの中年男性だったので聞いてみたら即座に逃走。
「一体何をやったのかしらねえ」
百合自身、若い頃はとても褒められた生活はしていなかった。
それなりの不良だったと言って良いだろう。
それだけに佐藤の若い頃の行状が気になってしまう。並大抵のことではそうはならんやろと。
「本人曰く前科はないってことだけど」
「その方がある意味、恐ろしいわね」
性質の悪い輩の間で恐れられてはいるが、じゃあそれで悪影響を被っているのかと言えばそうでもない。
名の通った大きい会社で若くして部長を務めるなど社会的には成功を収めていると言っても良い。
仮に過去をつっつかれても何一つとして問題はないのだろう。でなければあそこまで堂々とはしていまい。
「表でも裏でも規格外な人だなぁ」
「……私は裏の方はよく分からないんだけどそんなに凄いの?」
自業自得とは言えかなり苦労をして来た百合だ。それゆえ今では人を見る目も養われている。
だから佐藤が一廉の人物であろうことは何となく察しがついている。
だから息子を託せたのだが百合は如何せん表の人間だ。
裏の事情は知らないので正確にどれほど、というのは分からないのだ。
光自身もあまり裏のことは話さないから余計に。
「そうだね」
光は少し考えてからこんな例えを口にした。
「人間、獣、神様……この世のありとあらゆる存在を集めて一番強い奴を決める大会が開かれたなら」
「なら?」
「エントリーしてなくても優勝が決まるぐらいの規格外だよ」
「……」
「強いの基準が佐藤さんならその分類に入れるのは佐藤さんだけ。他は全て弱者に分類されるだろうね」
力という土俵では誰も敵いやしないのだ。
「……単純な暴力だけでも手がつけられないのにその上、悪知恵も働くって」
「うん、まあ、やばいとしか言いようがないよね」
悪質な勧誘を行っている輩には暴力を使っていないにも関わらずあの有様だ。
そこに暴力が加われば地獄という言葉も温く感じてしまうだろう。
「そう考えるとちょっと同情しちゃうわね」
「大義名分があれば面白半分でちょっかい出すからホント性質が悪いと思う」
佐藤を尊敬してはいるがそれはそれ。これはこれである。




