歓喜の日
「んじゃそろそろ行きますか」
「もうかね? ここから会場までの移動時間を含めても開演まで三時間以上あるが……」
「何言ってんすか。ライブってのは物販も込みでしょ」
「それでも早過ぎな気もするが……」
「んなこたぁないっすよ」
人気アーティストのライブなら物販は五、六時間前からってのもざらにある。
数量の少ないグッズとかもあるからな。並ぶ奴らはかなり居る。
物販開始一時間前に並んだって手遅れってことも多々あろうさ。
俺がそう言うとそこまでなのかと二人は軽く引いていた。
「らぶパンも人気っすからねえ」
物販開始時刻とその後に出来る行列。
そこらを加味するとそろそろ出といた方が良いだろう。
「落ち着いて買い物すんならこれぐらいの時間がベターだと思うんすけどね」
「……分かった。君の判断に従おう」
「我々は素人だからな」
「ああでもその前にお金は現金で用意してますか?」
「「当然」」
「万札は崩して小銭も大量に用意してます?」
「「勿論」」
これは別に絶対のルールってわけではなくちょっとした心遣いの話だ。
ライブとかの物販は基本、現金だし混み合うのは事前に予想出来るからな。
なるべく早く会計を済ませられるようにした方が良い。
そのために釣銭が出ないよう事前に準備して流れを円滑にする一助となろうってわけだ。
「結構。そいじゃ行きますかぁ」
家を出て駅まで行き電車に乗り込む。
このオッサン三人が今からアイドルのライブに行くとは誰も思わんだろうな。
俺単品ならそうでもないだろうが西城さんと東さんは見た目からして……だもん。
「「……佐藤くんの判断は正しかったな」」
幾つか電車を乗り継ぎ会場に辿り着くが、もうこの時点で結構混雑していた。
ポカンとしてる二人を促し、俺たちも列に並ぶ。
「そわそわしないの。別に誰も俺らのことなんざ気にしてませんって」
「う、うむ……いや頭では分かっているんだがな」
「ああ。客層を見れば私たちの年代の男も居るし我々が特別注目を集める理由などないことは分かっているんだ」
「ぐだぐだ言い訳せずドーン! と構えなさいドーン! と」
「「……はい」」
さてそれじゃあ大事な話に移ろうか。
もっと早くに聞いておくべきだったが、面倒見なきゃならんことが多過ぎてすっかり聞くのを忘れていたことがある。
「お二人はどの子が推しとかあるんです?」
「「選べと言うのか!? 何て惨いことを!!」」
何で俺が責められるんだ……。
「箱推しってことですね。そいじゃ応援系のグッズは俺ら三人、ばらけさせましょう」
うちわやそれぞれのイメージカラーのペンライトとかな。
「俺はルシファー担当するんで東さんはベルゼブブ、西城さんはルキフグスで」
「「了解した」」
三人揃ってらぶパンというグループを推すのならと二人も納得してくれた。
それからはだらだらと駄弁りながら順番を待って、買い物に臨んだのだが……。
(……売ってるグッズ、全種類買い込みそうな勢いだな)
散々、そわそわしてたがいざその時が来るとこれだ。
人目などまるで気にせずキラキラと目を輝かせながらグッズを買い漁っている。
あのオジサンたち可愛いね、なんて女子高生のファンが微笑ましそうに呟いてるのとか全然気付いてないんだろうな。
「初ライブ、初めての物販……感想は?」
「「控え目に言っても最高だな!!」」
「そりゃ重畳。そいじゃ嵩張るグッズを預けに行きましょうか」
会場付近のコインロッカーにグッズを預けそのまま近くのファミレスへ。
開演までまだ時間はあるから今の内に飯を食っておかんとな。
ライブは演者だけでなく観客も体力を使うのだ。
「とりあずミックスグリルとサーロインにライスの大かな。二人は何にします?」
「かなり食べるな……いやだがしっかり腹に入れておかないと体力がもたんか」
「ハンバーグセットに単品で唐揚げもつけておこうか。ふふ、何だか若い頃に戻った気分だ」
「……色々とサービスしてくれたあの食堂、今もやっているのだろうか?」
オッサン二人がセンチメンタルトークを交わしていると、
「あの、さっき物販会場に居ましたよね?」
通路を挟んで反対側の席に陣取った大学生ぐらいの女の子三人が俺たちに話しかけて来た。
西城さんと東さんが対応よろしくと俺にアイコンタクトを送る。
……別に女子大生とお喋りしてもええやろに。
「ああ居たね。こっちのオッサン二人がはしゃいでたから迷惑かけちゃった?」
「いえいえ! むしろこっちまで良い気分になりましたよ。ね?」
「そーそー。オジサンたち、すっごく楽しそうだったもん」
「ひょっとして初参戦ですか?」
「そうそう。俺はともかくこっちの二人はライブってもの自体が初体験なの」
「「「へえ!」」」
恥ずかしそうに俯く二人。童貞男子でもここまでシャイじゃねーわ。
折角だ。この子らにもフォローしてもらうか。
軽く自己紹介をしてから俺はこう切り出す。
「恥ずかしそうにしてるだろ? 自分たちみたいな年齢の男がアイドルのライブなんて、って気おくれしてんの」
「えー!? 全然良いじゃないですか!!」
「むしろそれぐらいのお歳になっても新しい喜びを見つけられるって素敵じゃありません?」
「良いこと言うねえ! 俺もそう言ってんだけど如何せん、照れ照れ坊主なのよこの人たち」
可愛い! とはしゃぐ女子大生たち。
まあそうなるわな。如何にも出来そうな男って見た目なのにさ。ギャップに弱いのよ、男も女も。
「でも佐藤さんはそちらのお二人と違って慣れた感じですよね」
「ああ。らぶパンのライブは初めてだがフェスとかは学生ん頃からちょくちょく参戦してるからね」
「じゃあお二人のガイドって感じですか?」
「そ。つってもらぶパン自体は普通に好きだからね。良い機会かなって喜んで引き受けさせてもらったよ」
「そうなんだ。ところで三人の関係って」
「上司と部下だね」
「か、かなりフランクですね」
「プライベートだからね」
まあプライベートでも序列を気にするタイプならまた違う対応してたがね。
そういうタイプとプライベートで絡むのは面倒だから内心嫌々だったろうなあ。
「東さんと西城さんの推しとか聞いても良いですか?」
「あ、いや……私たちはその……なあ?」
「う、うむ。どれか一人に絞るのは難しくて」
モジモジしないの。ホンマ、あざといオッサンたちやでえ……。
「じゃあ箱推しなんだ。全然OKだと思いますよ!!」
「勿論単推しがダメってわけじゃないけどね」
しかし何だね。
(期せずして可愛い女子大生と絡むことになるとは……役得だな)
や、別にイヤらしい意味ではなくてね?




