決意の朝に
「あれ? 英雄おじさん起きたの?」
目を擦りながらリビングに入るとキッチンでは朔ちゃんが朝食の支度をしていた。
何時も通りの顔合わせなのに彼が不思議そうな顔をしているのは、
「折角のお休みなんだし寝てて良いのに」
今日は有休を取っているからだ。何のためって? ライブだよライブ。らぶパンのライブが今日だからだ。
朔ちゃんにも目的は伝えていないが昨日、光くんが帰った後に言っておいた。
「どうも目が覚めちまってな」
当然、嘘だ。
ライブは夜からでぶっちゃけ有休を取らなくても行ける。
だってのにわざわざ有休を取得したのはシャイシャイボーイなオッサン二人のためだ。
『いやわざわざ有休を取らんでも良いだろう』
『うむ。ライブは夜からなのだし仕事が長引きそうなら申し訳ないが先に上がらせてもらうが』
チケット取る前はそんなこと言ってたが俺が無理に押し切って三人分の有休を申請した。
そしてその判断は正しかった。昨日の時点でもうオッサン二人、そわそわしっぱなしだもん。
こんなんじゃ当日は仕事も手につかない……ってことはないだろう。何だかんだ有能だからな。
しかし心の準備が出来ないままライブに臨む羽目になるのは目に見えている。
ゆえに一日休みを取って朝から徐々にテンションを慣らしていくことにしたわけだな。
今日はこの後、オッサン二人がうちに来る予定なので存分に緊張を解してやるつもりだ。
「普段のお休みはそうでもないのに、やっぱり有給だと同じお休みでも感じ方が違うのかな?」
「そうだな。頭じゃ分かってるんだが有給だとどうもねえ」
などとお喋りをしつつ朝食を待つ俺。
キッチンから漂って来る味噌汁やら何やらの匂いは空きっ腹には猛毒だぜ。
そわそわしながら待つことしばし、朝食が運ばれて来た。
「おぉぅ……今日も美味そうだぁ」
「ふふ、ありがと」
ほっかほかの白飯。味付けのり。豆腐の味噌汁にだし巻き。小鉢にはほうれん草の和え物。
そしてメイン。ぶりの照り焼きだ。前日から漬けてたのは知ってたがこりゃ堪らんぜ。
「「いただきます!」」
箸で照り焼きをほぐして白飯の上に乗せ一緒にかっこむ。
タレの甘さ、滲みだす脂、単品ではくどいがコイツは米と一緒に食べるためのものだ。
くどさを包み込む白米の包容力よ……美味い、ただただ美味い。
よく噛んで飲み込み、余韻を味噌汁で流す。黄金パターンだ。
「そういや中間の結果はもう?」
「んー、まだだね。多分来週あたりから返って来るんじゃないかなぁ」
「そうか。まあ環境変わってゴタゴタしてた中でのテストだ。思ってたより出来が良くなくても気にすんなよ?」
「大丈夫だよ。テストの結果で一喜一憂するほどヤワじゃないもん」
出来る限りを尽くしての結果。
それが良いものでないのなら次、今回以上に努力して挽回すれば良い。
何の気負いもなくそう言ってのける朔ちゃんは素直に凄いと思う。
「それより英雄おじさん、お昼は本当に良いの?」
「ああ。出前か家にあるもんでもテキトーに作るさ」
お喋りをしつつ朝の団欒を終える。
洗い物は当然、俺だ。休みだし暇だからな。
「それじゃあ、いってきます」
「あいよ。恋に遊びに勉学に余すことなく青春を満喫しておいで」
朔ちゃんを送り出し一息……吐く間もなく次の家事に取り掛かる。
掃除、洗濯、鼻歌交じりに家事をこなし、終わる頃には丁度良い時間になっていた。
「お、来たか」
インターホンが鳴り玄関に行くと予想通り西城さんと東の姿が。
流石に今日はスーツじゃないが私服もパリッとしてんなあ。
「おはよう。今日は世話になるよ」
「これ、つまらないものだが」
「これはこれは。ささ、中へ」
二人から手土産を受け取り中へ。
リビングに通し、茶を出す。茶を淹れるスキルはそこまで高くないが高いお茶葉なのでまずくはなかろう。
「……部下があくせく働いている中、のんびりするのは些か罪悪感が沸くな」
「有給は権利ですよ東さん」
「いや分かってはいるが、なあ?」
「部下が取得する分には好きにすれば良いと思うが自分でとなるとどうもな」
「西城さんも。自分に厳しくするのは悪いことじゃありませんけど行き過ぎると近くに居る人の息が詰まりますよ?」
暗に今正に俺が被害に遭ってると告げると二人は申し訳なさそうに頭を下げた。
「すまん。君に何もかも任せている立場で文句を言うのはお門違いだな」
「礼を失していた。申し訳ない」
「分かってくれたら良いんです。そいじゃあ、やりますか」
二人が頷いたのでテーブルに麻雀セットを置く。
ライブの時間まで何しようかって話になった時、麻雀を教えて欲しいと言って来たのだ。
人間ドックで弄した嘘のせいだろう。つくづく生真面目である。
「お二人って麻雀の経験は?」
「「皆無だな。何となく話を聞いたことがある程度だ」」
「でしょうね。そんじゃまあ基礎の基礎から」
牌の入った箱を中心に置き指で示しながら名称を教えていく。
「牌の種類は四つ。東とか南とか書かれてる字牌。
ちなみにこの何も書いてない真っ白のも字牌で白と言います。
緑色の竹っぽいのが索子、丸で数字が記されてるのが筒子、漢数字のが萬子でそれぞれ一から九まであります」
ふむふむと頷く二人。
教えてもらう以上はってことなんだろうが真剣な眼差しにちょっと気圧されちゃうぜ。
「アガリの基本形は四面子一雀頭と言いましてこんな形になります」
牌を並べて形を作る。
「雀頭というのは同じ牌が二つ並んだこれかな?」
「はい。頭は同じの二枚なら何でもOKです」
「面子というのは三枚の組みわせか? 順繰りの数字だけでなく同じ数字を三つ揃えるのでも良いのだな」
「そうですね。ちなみに面子ですが数字が連続してるのを順子、同じの三枚が刻子って言います」
「役、というのはどうなっているのかね?」
「役はそれなりに数がありましてね」
初心者にいきなりあれこれ説明しても分からんと思うのだ。
だから最初は数種類だけ理解していれば良い。
「真っ先に覚えるべき役が立直」
頭から一枚取って完成一歩手前の状態を作り出す。
「この完成一歩手前の状態をテンパイと言います。
相手から牌を貰ったりせず自分が引いた牌だけでテンパイまで行けたら立直と宣言します」
そこでアガることが出来れば立直という役が成立し点数が貰える。
「「ほう」」
「他に覚え易いのが七対子という役。この頭あるでしょう? これ対子とも言いましてね」
正確にゃアガった際の対子を雀頭と呼ぶんだがまあそこは置いとこう。
「対子を七セット揃えるのかな?」
「ご名答」
「そういうものがあるなら刻子を揃える役もあるのかね?」
「ありますね。自分で引いた牌のみで刻子を揃えたものを暗刻と呼ぶんですが三暗刻、四暗刻などがあります」
麻雀講義を続けることしばし。良い時間になったので中断し、昼食休憩を挟むことに。
今日のお昼はデリバリーピザ。良い歳の上司相手にピザってと思うかもだが問題ない。
二人は学生時代バリバリ運動してて社会人になってからもジムで身体鍛えてるからな。
俺と違って腹も出てねえし中々の健啖家なのだ。
「ビールありますけど……」
「「いや結構。万全の状態で臨みたいからな。アルコールは控えようと思う」」
「そ、そうですか……」
この人たちは一体、どこに行くつもりなんだろう……。




