線引き
「佐藤英雄一等兵! 恥ずかしながら帰って参りました!!」
玄関を開け、涙を堪えながら敬礼。
佐藤英雄、実に半日ぶりの帰宅であった。
「何で英雄おじさんは思い出したように変化球を入れて来るのか……おかえり」
「あはは、おかえりなさい」
「およ?」
朔ちゃんと一緒にリビングから出て来た顔を見て小首を傾げる。何だって光くんが家に?
いや今日一緒に依頼受けるとは聞いてたけどさ。
ハロウィンの討伐イベントに参加するため最近頑張ってるらしいね……ってのはともかくだ。
「いやね、光くんちょっと悩み事があるみたいでさ。内容的に英雄おじさんなら力になれるんじゃないかって」
それで帰りに誘ったとのことだ。
……ふむ。俺に直接話が来なかったところを見るに裏関係ではなさそうだな。
「よかばってん。力になれるってんなら話を聞こうじゃないの」
「すいません」
「良いの良いの」
朔ちゃんに上着を預けリビングに。
「あ、勉強中だった?」
「朔夜さんが折角だからって宿題を見てくれたんです」
「人に教えることで自分の復習にもなるからね。WIN-WINだよ」
……参ったな。
光くんと朔ちゃんで佐藤家のアライメントが秩序・善に傾きまくってる。
昨日、カワサキとの秘密の遊びで自分の屑さを再確認させられたばかりだってのによ。
「んで光くん、悩み事ってのは?」
「……実は最近、押し売りやら宗教勧誘が頻繁に来るようになりまして」
「ほう? 押し売りに宗教勧誘か。久しく聞いてない話題だ」
「そう言えばうち、全然そういうの来ないよね。ステッカーとか貼ってるわけでもないのに」
「多分、俺の名前がブラックリストに載ってんだろうぜ」
その言葉に二人はギョっとした。
「つっても二十年近く経つのにまーだほとぼり冷めてねえんだなあ」
「ぶ、ブラックリストって……佐藤さん、一体何を……?」
「知っての通り高校時代の俺は少しばかりやんちゃだったんだ」
「「少し、ばかり……?」」
「裏はともかく表でやらかしたら問題だろうが」
言っておくが前科とかはねえからな。
「んでやんちゃな俺やダチにとっちゃその手の輩は良い玩具だったのよ」
沢山遊んでもらっちゃったんだぜ。
「って俺の話はどうでも良いんだ。光くんの話を聞かせてくれよ」
「あ、はい。そういう勧誘なんですが前もなくはなかったんですよ。でも最近はやたらと。しかもしつこい」
何でまた急にこんなことになったのか……と光くんは頭を抱える。
話を聞いて俺は直ぐにピンと来たわ。
「いやぁ、原因は明白だろう」
「え?」
「金の匂いを嗅ぎ付けられたんだよ」
光くんは裏で依頼をこなすようになって家にお金を入れ始めたからな。
暁家の性格上、大々的に贅沢をするってことはないだろう。
かと言って全額貯金に回してるわけでもないはずだ。
これまで我慢させてた分、双子ちゃんらに服買ってあげたりしてるだろう。
光くんの性格からして百合さんにもプレゼントとかしてそうだな。
「金回りが良くなったとなればそりゃあ目をつけるさ」
押し売りもそうだが宗教勧誘の方。
……言いたかないがそいつらにとっちゃ母子家庭ってのは狙い目だからな。
貧しくてもカモなのに金もあるとなればカモにネギを追加したようなもんだ。
「な、何で……ひょっとして裏の……!?」
「違う違う。表に出てる分だけでも分かるもんなんだよ」
さっき言った服とかは顕著だな。
これまで同じようなのを使いまわしてたりしたのにそうじゃなくなったら……なあ?
「何っつーかなぁ、そういう連中の情報網ってのは浅く広いんだわ」
多分暁家の財政状況もちょっとした世間話から推察したんじゃねえかな?
百合さんも光くんも善良で、しかも強気なタイプじゃない。
となればガンガン行けってなるのは当然の帰結だろう。
「直接調べてるのか、そういう情報で小金稼いでる奴から買ったのかは分からんが……」
「ど、どうすれば」
「ある程度の情報が出回るのは正直、避けられんな」
それこそ怪しい奴らを皆殺しにするぐらいじゃないと。
ただそれでも根本的な解決にはならない。
「解決を目指すなら連中にコイツらはダメだ、と思わせないといけん」
コイツらに時間かけても金にはならない。
そう思わせられたら勝ちだ。実際俺はそうなってるからな。
「具体的にはどうすれば?」
「光くんも百合さんも優しいからな。迷惑な連中にも中々強く出られんだろう。だからまずすべきは線引きだ」
「線引き?」
「そう。頭の中でスイッチを切り替えるのさ。コイツは敵だ、ってな」
敵かそうでないかを判断する基準を自分の中に設けるんだ。
んで敵認定したなら強く出ると意識すれば良い。
自分の中にルールを定めて動くならある程度は強く出られるだろう。
「敵って大袈裟な気も……」
「それぐらいの認識にしないといずれ押し切られちゃうぜ?」
何度も何度も足を運んでくれてるんだし少しぐらいは話を、とか思ったらもうダメだ。
冷静に考えれば相手がこっちの迷惑も考えずしつこく付き纏ってるだけなんだがな。
しかし光くんや百合さんはそこまでドライに割り切れんだろう。
「相手にも生活があるし、とか純粋に良いと思って誘ってくれてるとか……そんな考えが少しでも頭をよぎらないか?」
「う゛」
「そうなったら思うつぼさ。何せ相手は金を使わせるプロなんだ。そこらも計算ずくよ」
しかもその手の連中は事によっちゃグレーゾーンにも平気で突っ込んで来るからな。
「だから心を鬼にしてラインを越えたら敵って意識せんと」
「……そのラインはどうすれば良いんでしょう?」
「簡単だ。今時間ないんで、って言葉を返して向こうの出方を窺えば良い」
そこで引き下がるなら迷惑だが敵ではないと一先ずは見逃せば良い。
「引き下がらず“お時間は取らせないんで”みてえなこと言ったら敵」
そしたら頭の中でこう叫んでスイッチを入れるのだ。
「今正に時間取っとるやろがい!! ってな。実際に言葉に出してキレるのもありだぞ」
押しに弱い善良な人間……カモと見られているのを逆手に取るんだ。
大人しい奴がいきなりキレたら相手はビビるからな。
「英雄おじさん、それだけで敵なの……?」
「そりゃそうよ」
時間を取らせないと言いつつ今正に時間を奪ってるんだ。
その時点でそいつはこっちに迷惑をかけることを何とも思っていない。自分の都合だけを優先してるわけだからな。
「自分の都合のみを優先して他人の貴重な時間を奪う悪い奴を敵と呼ばず何と呼ぶ?」
「う゛……何か詐欺師に騙されてるような……」
「宗教の勧誘の方ならこう言ってやれ。おたくの神様は他人に迷惑をかけることを良しとしてんのかってな」
しつこいのはそこで反論するだろうが「今俺は正に迷惑してる」で押し通せば良い。
「迷惑をかけられてるかどうかは主観の問題だ。
少なくともこっちはそう思ってるのにグチャグチャ反論するってことはだ。
そいつは他人の心境を慮ることをしませんって喧伝してるようなもんだろ?」
さあ、引け目を感じる理由はなくなった。
法に触れない限りは何やっても良いってことだ。
「「う、うぅ……何か言葉巧みに誘導されているような……」」
「自分の中で折り合いつけられんなら別の理屈でも良いさ」
重要なのは強く出られるよう引け目を失くす言い訳を自分の中に作れってことだからな。
「と、とりあえずスイッチは入れられてもキレるのは難しそうなんで何か穏当な手を……」
「相手の所属と名前を聞き出せ。名刺とかあるんならそれを要求しな」
ない場合は名前と所属を紙か何かに書かせるんだ。
その上でそいつを見ながら目の前でスマホを弄ってやるのさ。
「スマホを? 何のために?」
「いきなりそんなことをし始めたら何をしてるか聞いて来るだろ?」
何してんの? って質問が来ない場合はそれとなく独り言っぽく匂わせる。
「そりゃまあ」
「友達の親父さんが生安の刑事で迷惑な押し売りとかが近所で多発してるって聞いたのでとりあえず情報送っとこうかなって」
そう答えてやるのだ。真っ当な奴ならそこで手を引く。
グレーなことやってる奴も自覚があるからこれ以上は面倒だと思って素直に引くだろう。
中には一時撤退するだけってのも居るだろうがそん時はそん時だ。
次何かした時はその場で110番してやりゃ良い。
「大人だと動いてくれるかは微妙だが光くんは高校生だからな」
悪質な勧誘や押し売りにテンパってかけた体でやりゃ高確率でサツも動いてくれる。
何で助けてくれないんですか!? 助けて! とか大声で叫んでやると更に効果的。
「な、なるほど……知り合いに警察官が居るって言うのはありかもしれませんね」
「だろ? そこで断られた時は俺に連絡を入れれば良い」
「さ、佐藤さんにですか? いやそれは流石に……」
「単なる善意ってわけじゃないさ」
話聞いてて楽しい時間の思い出が呼び起こされたんだろうなぁ。
久しぶりにそういう連中と遊びたくなってしまったのだ。
「ブラックリストに載ってる男は今も健在なんだって思い知らせてやりてえ……!!」
今の俺には社会的な立場がある。
ゆえに高校の時ほど自由にはやれない。どうしたって縛りプレイになっちまうが、
「逆に燃えるぜ!!」
「「……」」
ワッハッハッハ!!




