学者だから……知的好奇心だから……
「高橋アリスだ」
「鈴木みおだよ」
「うむ。高橋に鈴木だな? 私は森本節子。好きに呼んでくれて構わない」
……反応なし。高橋と鈴木は節子ちゃんのラインには入らなかったようだ。
同性もいけるってわけじゃないが、ほら男でもあるだろ? 男をカッコ良いって思う時がさ。
俳優とかアイドルとか見てイケメンだなーって。節子ちゃんの場合もそれと同じだ。
(……まあ良い反応される側からすれば何とも言えんことだが)
整った容姿ではないって思われてるわけだからな。
しかし、そこにある下心含む好意は嘘でもないからややこしいんだよな。
好かれる側は整った容姿に価値を見出しているが節子ちゃんはそうじゃない。
価値観の相違から来る齟齬ってのは一方的に責められるもんじゃねえからなあ。
「しかし……本当に耳が長いんだな、エルフってのは」
「ふふ、私からすれば耳が短い方が衝撃的だがな」
「何て言うか、外見はホント私たちがイメージするエルフまんまだよね。弓とかも使えるの?」
高橋と鈴木は節子ちゃんの中身については知っている。
前、個人キャバやってくれた時に俺が教えたからな。
それでもやっぱり生エルフに会えて少しばかり感動しているようだ。
「得意だとも。しかし不思議なものだな。
文化も生態も何もかもが異なる世界でありながらエルフに対してそうズレてはいない認識を抱いているのだから」
学者としてはやっぱり気になるらしいが生憎と今日は勘弁して欲しい。
わざわざ表の仕事を早上がりして依頼を受けに来たんだからな。
「お、丁度返事が来たな」
「?」
「高校のダチが不動産屋の社長でな。結構評判良いんだわ」
それで節子ちゃんが希望するような物件ねえか探してくれと頼んでおいたのだ。
何件かピックアップしてくれたようなので今から向かうと返信しておいた。
「これから一件目の最寄り駅で落ち合うことになるが……俺のダチは表の人間だ」
「分かった。裏の話を出さないよう気を付けるが、もしまずそうならフォローを頼む」
「「「勿論」」」
転移で行っても良いが表の生活を知ってもらうため電車を乗り継いで行くことに。
ネットで色々調べてはいたが、やはり生の体験は大きかったのだろう。
目を輝かせながら「あれは何だ?」「これは?」と次々に質問をして来る節子ちゃんはとても可愛かった。
年齢的には俺らより遥かに上なのだが、
『この世界において私は赤子のようなものだ。変に気を遣う必要はない』
と事前に言われていたのでそのように接している。
「佐藤! こっちこっち!!」
「日浦! わざわざすまねえな」
「水臭えこと言うなって。俺らの仲だろうが」
三茶の改札を出たところで友人の日浦が出迎えてくれた。
前に会ったのは五月かそこらだったかな? 元気そうで何よりだ。
「それよりテメェも隅に置けねえなぁ。キレイどころを三人も侍らせやがってからに」
「んなんじゃねえよ。しかし社長が直々に案内してくれるたぁな。暇なんか?」
「社長つっても親父がまだまだ現役だからなぁ。二代目は肩身が狭いのよ」
「そんなこと気にするタマでもなかろうに。それよか紹介するよ。コイツらは俺のダチの高橋と鈴木、んでもう一人が……」
軽く駄弁りつつ三人を紹介し、早速物件へ。
北側エリアのごちゃごちゃとした裏路地にあるアパートが一つ目の物件らしい。
「トイレはあるが風呂はねえ。つっても……」
「近くに銭湯あるからさして問題ねえな」
「そういうこと。日本文化をって希望にゃ沿ってると思うんだが」
外国で暮らしてた遠縁のハーフの子が日本に住むことになった。
しかしその子はちょいと変な方向に日本文化を拗らせてて、漫画とかにあるような四畳半の物件に住みたいと言っている。
なのでそれっぽい物件を紹介してくれないだろうか? って日浦に頼んだのだ。
日浦は大丈夫なのかと心配していたが節子ちゃんは大学のフィールドワークで野宿とかもやってたから大丈夫だと押し切った。
「素晴らしい! 建物の雰囲気もそうだが周辺の風情も私の理想通りだ!!」
「気に入ってくれたなら何よりだ。空室は一階、二階どっちにもあるが」
「二階で頼む」
「あいよ。しかしお嬢ちゃん、日本語上手だねえ」
「アニメ、漫画などのカルチャーを通して勉強させてもらった」
日浦の先導で部屋の中に向かう。
間取りは希望の四畳半よりゃ広いが、それでも俺らからすれば狭く感じてしまう。
「見ての通りベッドなんか入れりゃあっという間に部屋が埋まっちまうから煎餅布団になるが……」
「問題ない!!」
……そうね。君の欲望を叶えるならベッドより煎餅布団のが雰囲気出るものね。
「佐藤、私はこの部屋に決めようと思うのだが」
「まだ一件目だぜ?」
「フィーリングだよ。私はここに運命を感じた。この部屋が最初に選ばれ、そして見事に私の心を射抜いた」
これを運命と言わずして何と言う?
節子ちゃんの言葉を受け俺は日浦に視線をやる。
「……いや、単に会社から一番近かっただけでそれ以外の理由はないんだが」
「ならばそれが天の采配だろう」
無敵かよ。まあでも本人がここにしたいってんだから外野がこれ以上何か言うのはな。
「日浦、頼むわ」
「マジか……いやまあ、本人が納得してんなら別に良いけどさ」
それでも一応、注意事項をと日浦はここに住むことであるかもしれない問題を説明してくれる。
とは言えそれはどれも異能を使える者からすれば問題とも呼べぬもの。
壁が薄かったり古い建物だからネズミが入り込むとか幾らでも対処出来る。
節子ちゃんもそう思ったのか問題なし! と全て飲み込んだ。
「んじゃ、会社に行って諸々の手続きしようか」
そういうことになった。
会社に到着すると親父さんが迎えてくれて、思い出話に花を咲かせつつ手続きを終わらせた。
電気やガスの手続きもあるので即日入居は不可能である。
とは言え俺の知り合いってことでちょっぱやで済ませてくれるらしいから三日後には入れるとのことだ。
節子ちゃんにはそれまで人間社会に慣れるためってことでビジホに泊まってもらう。
「さて、そいじゃあどこから手をつけるか」
「家具は備え付けのがあるし家電ぐらいじゃね?」
「家電もあのスペースなら最低限だし……冷蔵庫とオーブン兼用のレンジぐらいかな?」
「洗濯機は共用だっけか」
まあ家電に関しては異能を使えば収納は出来るし必要な時にコンセント繋げるタイプのなら買っても……。
ああいや、まだあんまり慣れてないしいきなり色々買うのは止めておいた方が無難かな。
「あ、でもその前に衣類が必要かな?」
「言われてみれば……節子ちゃん、服とかは?」
「今着ているものだけだな」
だったらそっちが先だな。
家電は何なら入居した後でも良いが服は今日から使うわけだし。
「そういうことならまずは下着を選びたいのだが」
「「「下着?」」」
「ああ、この世界にはとてもエ……独創的なものがあるようだからな。文化的なね? 文化的な意味でね。そういったものに触れてみるのも悪くはないかなと」
……徹頭徹尾下半身だなコイツ。
 




