めしがうまい!
佐藤くんと共に会場へ。
招待状を受付で渡す際、受付の女の子が佐藤くんと私を見て意味深に笑っていたのは……。
(まあ、そういう関係だって思われたんだろうな)
夫人がパーティを開く際、受付は身内の若い子がやっている。
アルバイトと称してお小遣いをあげるためだったかな。
それで受付の子ともそれなりに顔を合わせていたものだから……ねえ?
毎回毎回女友達連れてる私が男を連れて来たのだ。そりゃ勘違いしちゃうだろう。
(ふふ、悪くない気分だ)
外堀、というにはそこまで縁のある相手ではないがそれはそれ。
第三者から恋人同士に見られるというのは普通に嬉しい。
「お」
「どうしたの?」
「知り合いが居たからちょっと挨拶したいんだが」
「分かった。着いてくよ」
始まるまでまだ少し時間がある。
なのでゆっくりお喋りでもと思ったが知り合いを発見したらしい。
まあこんなパーティをそこそこの頻度で開催するようなお金持ちだからね。人脈も相応に広い。
その中に佐藤くん、というより佐藤くんの会社と付き合いのある人間が居ても不思議ではないだろう。
「おや? 佐藤さん! お久しぶりですねえ」
「ええ。お元気そうで何よりです」
恰幅の良い五十半ばほどの男性と握手を交わす佐藤くん。
……何度か見たことはあるけど話したことはないな。誰だろう?
「前回お会いしたのはモルック大会でしたかな?」
「はい。いやぁ、あの時の白熱した競り合い……思い出すだけで血沸き肉踊りますよ」
モルック? モルックってどういうこと?
いやモルックは知ってる。あの……何か木の棒を投げる遊び? だよね?
「ところで今日は」
「ええ、友人の付き添いで」
すっ、と佐藤くんが横に一歩ずれたので頷き前に出る。
「鈴木と申します。何度かご一緒していますがこうしてお話するのは初めてですね」
「これはご丁寧に」
軽い自己紹介と共に名刺を差し出される。
石川さん……へえ、出版社の編集長なのか。知らなかった。
「石川さんとはうちの社長の趣味友を通して知り合ってな」
「ボウリング大会でしたかな? いやはや、あれも盛り上がりましたねえ」
「社長が足を引っ張らなければ優勝狙えてたんですがねえ」
「ははは! そちらのコンビには手を焼きましたよ本当に」
などと話をしていると石川さんの知り合いがやって来る。
これまた見たことのある顔だ。多分、石川さんへの挨拶と……私が気になったんだろう。
パーティに来てもホストと最初から面識のある人以外とは話さないからな。
ガツガツした人間ならこういう場を飛躍の機会にしようと思うんだろうけど私はそういう欲はないし。
佐藤くんとも面識はないようだが、
(ものの五分ぐらいで打ち解けちゃったよ……)
何て言うのかな。会話の流れを掴むのが抜群に上手い。
興味を引きそうな話題、的確なリアクション、それらを駆使してするりと相手の懐に飛び込んで行った。
佐藤くんが社交的なのは知っていたけど、間近で見知らぬ人間と仲良くなる様を見せられると……。
(やっぱ半端ないな)
そしてこういう場で盛り上がっていると更に人が寄って来るのが常だ。
佐藤くんは新規参戦した人らもあっさりと交友の輪に取り込んでしまった。
広がる人の輪。上手いと思ったのは佐藤くんの話の運び方だ。
常に自分が中心に居るようにしていれば目立ちたがりと反感を買うからだろう。
佐藤くんは話の中心に居る人間を次々と変えていくよう立ち回っている。
(フォローが神懸かり的だなぁ)
場の空気が少しでもおかしくなりそうなら即座にフォローを入れて何もなかったかのように空気を修正している。
正直、かなり面倒なことをしていると思う。
何のため? 気に入られて人脈を広げるため? 違う。
これが会社員としての立場ならそういった打算も込みでやっていただろうが今はプライベート。
佐藤くんはただ皆が楽しく話せるようにと下心なく面倒な役割を担っているのだ。
「しかしまあ、憧れますよね。何十年経っても夫婦でラブラブだなんて」
「そういう佐藤さんには良い人は居ないんです?」
「そうそう。例えば……ねえ? お隣に居る素敵な女性とか」
「さて。そこは明言を控えておきます」
そして輪の中に居る人らにもそれは伝わっている。
こういう場に招かれるのだ。イヤらしい話をするなら社会的に成功を収めている人間と言える。
そしてそういう人間は人を見る目も養われている。気付いて当然だろう。
計算し尽された振る舞い。その根底にあるのは真心。
(そりゃあ……気に入っちゃうよねえ)
よっぽどひねくれた人間でもない限り好きにならない理由がないもの。
そうこうしていると主役のご登場だ。
(相変わらず綺麗だなぁ)
夫人も結構、お歳を召されている。
しかし立ち振る舞いに品があるから老いよりも美しさを感じてしまう。
挨拶が終わり、会場から拍手が湧き起こる。隣の佐藤くんも晴れ晴れとした笑顔でめいっぱいの祝福を送っていた。
社交辞令的なそれではなく心からの祝福だ。
面識はないが、それでもここまで寄り添って歩いて来られたその事実が素晴らしいと思ったから。
……やっぱり佐藤くんを連れて来て正解だったね。お陰で私も何の気負いもなく夫人を祝うことが出来る。
「……うっま」
「だろう? このホテルの料理人に私の同期も居るんだ」
「ほう?」
「学生時代から腕が良くてねえ」
「お前とどっちが上なんだ?」
「さてどうかな。学生時代は一応、座学でも実技でも私が一番だったけど」
追い抜かれそうと思ったのは一度や二度じゃない。
食にうるさい相手と今も第一線でやり合っている彼女の方が今は上だと思う。
そうこうしていると、他への挨拶回りを終えた夫人がこちらにやって来た。
「みおさん! 今日は来てくださって本当にありがとう。とても嬉しいわ」
「いえ、こちらこそお招き頂き大変嬉しく思います」
「ところで、そちらの殿方は?」
好奇心を隠し切れていないよ……。
「私の友人で」
今度は私が促し、佐藤くんが丁寧な自己紹介をする。
……始まる前の様子もコッソリ見ていたんだろうね。
夫人は嬉々として佐藤くんとお喋りを始めた。
「まあ、高校時代からの付き合いなのね?」
「ええ。互いが信ずるものの違いと……若さゆえ距離が遠退いていましたが」
「みおさんには前々から陰を感じていたけど……そう。でも今は素敵なお顔をしているわ」
仲直り出来て本当に良かったと笑う夫人に私は母を思い出した。
……両親とは真世界に加入した際に縁を切ってそのままだが、元気にしているだろうか?
「それじゃあ私は失礼させてもらうわ。存分に楽しんでいってくださいな」
そして夫人は去り際、こっそり私に耳打ちをして来た。
「……素敵な方ね。逃がしちゃダメよ?」
「……はい」
夫人は小さく笑い今度こそ去って行った。
しかし、まあ、何だい? 自分の惚れた男が色んな人に評価されるっていうのは……。
(控え目に言っても最高の気分だね)
ご飯が美味しくてしょうがない。




