視線交わり
「英雄おじさん、勝手に入って大丈夫なの……?」
転移で飛んだ先は山中にある古びた学校。
その屋上に飛んだのだが、周囲の状況を把握するや朔ちゃんがキョドり出した。
他三人はそうでもないらしく「幽霊が出そうだね」とか笑ってる。
「大丈夫大丈夫。互助会所有の土地だからな」
ちょっとした曰くつきの土地と建造物なのだここは。
表に流すには危険で、かと言ってその曰くを解消するのにもちょっと問題がある。
それゆえ互助会が所有し、管理をしているのだ。
転移のポータルも設置してあるし“アイツ”とやり合うには丁度良いからここを選んだ。
「む……誰か来ましたね」
「待ち人来るだ」
下駄箱のあたりに人の気配が突然、出現した。
ポータルがある場所なので間違いなく奴だろう。ゆっくりと階段を昇り始めたのが分かる。
「「「「……」」」」
今度はサーナちゃんだけでなく全員の顔が強張った。
そりゃそうだ。自分の力を隠そうともせず堂々と垂れ流しにしながらのっしのっし歩いて来るんだもん。
威圧感を覚えて当然だ。むしろここで無反応だった方が俺ぁ心配だよ。
そうこうしていると少しばかり乱暴に屋上の扉が開かれた。
「「「「うぇ!?」」」」
「よォ」
軽く片手を挙げ挨拶をすると奴は相も変わらず“漢臭い”笑みで答えてくれた。
「待たせたのう英雄! そこのがお前らが面倒みとるっちゅージャリかいな?」
「おう。将来有望な子たちばかりさ」
俺の後ろで四人が呆然としている気配を感じる。
そりゃそうだ。初見でコイツを見て呆気にとられん奴はそうは居ないだろう。
(ビシッ! とキメたリーゼントに長ラン、高下駄……今どき不良漫画でもいねーよこんなん)
しかも着てるのがどこからどう見てもオッサンっつーね。
「紹介するぜ。コイツは山田 花緒。年齢は俺の七つ上で厄年だ」
「なーにが厄年じゃい。むしろ箔がつくっちゅーもんよ」
「お前らしい」
絶対厄落としとか行かんタイプだよなお前は。
小さく笑って四人に自己紹介を促す。
「あ、すいません……暁光です」
「西園寺梨華です」
「サーナ・ディアドコスと申します」
「綾瀬朔夜と申します。今日は勉強させて頂きます」
「おうおう、コイツが十代の頃は無礼の極みみてえなもんじゃっちゅーに礼儀正しいのう」
うるせえ。
「花緒は“花の番長”の異名を持つ強者でな……」
「「「「その異名は何となく予想出来た」」」」
腰を折らないの。
「本人の気質のせいで知名度は低いが実力は確かだ。
人間に限定した日本における裏の番付がありゃ確実に二十番台に食い込むだろうぜ」
何百年と生きてる魔人と呼ぶべき奴らの中に割って入るのは尋常じゃない。
かつては柳と鬼咲も上位に居たが今はな。ブランクもあるから三、四十番台ってところか。
「日本どころか世界中のありとあらゆる存在を含めた番付で不動の一番獲っとる奴に言われてものう」
「そう言うなって。褒めてんだからさ」
「それより、さっさと始めんか? ジャリどもをあんま遅くまで付き合わせたら不味いやろ」
相変わらずそういうところはしっかりしてるよねお前。
でも言ってることは正しい。
「そうだな。ちょいと準備するから待ってくれや」
力を巡らせティーン佐藤(じゅうななちゃい)に若返り服も変える。
高校時代に着てたブレザーだ。しかし、キッチリ着込んだ状態じゃ片手落ちだ。
ブレザーの前をガン開きにしてネクタイを緩める。
そしてシャツの裾を出し第三ボタンまでと一番下を外す。ズボンは当然、腰穿きだ。
最後の仕上げにワックスを取り出し髪をかき上げ……調子こいてる時の佐藤くん(じゅうななちゃい)の完成だ!!
「「「「うわ! 柄悪ッ!?」」」」
「んじゃ、しっかり見てなよ?」
屋上の中央で花緒と睨み合う。
キスが出来そうなぐらいの距離……目で促す、かかって来いやと。
「っじゃワレァ!?」
花緒が凄まじいメンチを切るや俺の顔面に衝撃が走り吹っ飛ばされる。
屋上の柵ギリギリまで追いやられてしまった……流石は花緒。しかし今度は俺の番だ。
「っだゴルァ!?」
下からえぐり込むようにメンチを切ると花緒の顎がかち上げられた。
「ッ~~効くのう!!」
「テメェのもな!!」
ゲラゲラと笑い合う俺たち。
「「「「――――え? 目で戦うってそういう!?」」」」
そういうことです。
まあうん、シュールな光景であることは否めないと思う。
しかし“眼力”という意味で花緒は間違いなくトップクラスの使い手だろう。
最初から特殊な目を持っていたわけではない。それどころか元は一般人だ。
だが自らの“意思”を出力する目を使った戦いにおいてコイツほど真っ直ぐ相手を射貫く漢は居ない。
「やるんか!?」
「やったらぁ!!」
俺と花緒、双方の瞳からメンチビームが発射され中央で鬩ぎ合う。
夜闇を切り裂き火花が散るその光景は幻想的ですらある……俺たちが居なければ。
「やっぱええのう英雄! おどれは最高じゃ! 燃えるでぇええええええええええええええ!!!」
瞬間、屋上が業火に包まれた。
「クハ……!? すまし顔しよってからに……痺れるのう……!!」
今度は雷が降り注いだ。
「……まさか」
呆然としたようなサーナちゃんの声が聞こえた。
(流石に察しが良い。そう、そのまさかだよ)
花緒はその時々の心の在り様を目を通してそのまま現実に反映させられる。
理論上は大概のことが出来てしまう……つっても、実際にゃ無理だがな。
花緒の生き方、スタイルに沿わないような事象はまず起こせない。
例えば女の子を魅了してうっへっへ……みたいなんだな。そういうのは不可能である。
あくまで魂の奥底から沸き出すような想いでなければいけないのだ。
極まった眼力はここまでのことが出来るのだと、俺は子供たちにそれを伝えたかったのだ。
(とは言えだコイツのそれはあまりにも、異質)
そのせいで良からぬ輩に狙われることも多々あった。
しかしその度に気合と根性で全て返り討ちにしてのけたのがこの男だ。
無骨で不器用で、なのに不思議とその振る舞いには華がある。ゆえに“花の番長”。
華ではなく花なのは名前にあやかってだな。良い異名じゃないの。
俺につけられてるクソみてえな異名の数々とは比べ物にならん。
「……ふぅ。ここらでええじゃろ。名残惜しくはあるがのう」
眼力バトルを始めて三十分ほど経ったところで花緒が切り出した。
確かに良い時間だ。子供らを家に帰さないとな。
「そうだな。今日はありがとよ」
「今度は拳骨でやりてえのう」
「ま、機会があれば付き合うさ」
グっと拳を突き出すと花緒も同じように拳を突き出しごっつんこ。
「「ふっ」」
これまた男臭い笑みを浮かべ花緒は背を向け去って行った。
「「「「え、何このノリ?」」」」
漢の世界じゃけえのう……。




