目
仕事帰り、飲みの誘いを断って俺は互助会で子供らを待っていた。
今日は非戦闘系の依頼で確か妖怪関係の手伝いをしてるんだったかな?
裏の人間の仕事つっても年がら年中ドンパチやっているわけではない。
非戦闘系の依頼も討伐や捕縛に比べれば少なくはあるが一定数、互助会に入って来る。
(俺も昔は結構やったっけな)
神仏のような者らを除いても人外の中には人間に友好的なのも数多く存在する。
互助会に仕事を依頼する人外は主にそういった者らだ。
仕事の内容は多岐に渡るが多いのは人間との仲立ちだな。
長く人間社会に住みついている者らでさえ時に、人との意識の差に悩まされる。
であれば人間と関わり始めたばかりの者らは余計にだ。
(人間の友達との仲直りの手伝い、ご近所付き合いのサポート……)
合コンのセッティングとかもやったっけか。
雪女とか化け狐とか異類婚姻譚の定番種族は人間にも友好的で人間と良い仲になりたいってのは多いのだ。
人外とくっついても問題ないのかって? あると言えばあるし、ないと言えばない。
昔と違って今は裏の技術も進歩してるからな。生まれて来る子を人間にするのは容易だ。
しかしその生まれた子は人外の力を持っていることが多く裏に関わると高確率でそいつが目覚めてしまう。
そこらのリスクはあるので問題っちゃ問題だが裏と関わらず一生を終える者も居るのでそこまで問題視はされてない。
……イヤらしい話をすると互助会には得しかないからな。
人間との縁を取り持てば人外の方は互助会の味方になってくれるしその子供も同じ。
力に目覚めた場合、親は確実に互助会に入れるだろう。
何せ互助会は規模も大きいし日本政府とも密接な関係にあるからな。
人の社会で暮らす人外にとって互助会の会員になるのは安定という意味で良い話なのだ。
「お、戻って来たな」
入口に視線をやると子供らが和気藹々とお喋りをしながら中に入って来た。
「あ、オジサン。待たせちゃった?」
「んにゃ。それよか先に終了の報告入れといで」
ひらひらと手を振り子供らを受け付けに行かせる。
「パイセン、お疲れさんです」
「いやいや、皆良い子だから手間はかかってないさ」
「それでも……ほら、サーナちゃんに続いてうちの朔ちゃんまでお世話させちゃってますし」
「サーナちゃんに関しては私が発見者の一人でもあるからね」
朔夜くんについては、とパイセンは少し声を潜める。
「……イヤらしい話、互助会からすると君の好感度を稼ぐチャンスだからね」
そう言って人差し指と親指でわっかを作り、
「上から追加でかなり貰ってるからさ。子供も生まれたばかりだし助かってるよ」
「そうですか。それなら良いんですが」
「今でも貯金はそれなりにあるんだけど、稼げるだけ稼いでおきたいじゃない?」
「ですねえ。子供は何不自由なく暮らせても孫やその先までってついつい考えちゃうのは分かります」
俺は独身だけどな。
「そうそうキリがないってのは分かってるんだけどねえ」
「まあそこはしょうがないでしょう」
オッサン二人で駄弁っていると子供らが戻って来る。
「それじゃ私はこれで」
「ええ」
パイセンと別れ改めて子供らに向き直る。
「何か今日は会わせたい人が居るんだっけ?」
「確かその人との戦いを見て欲しいとか」
「ああ。君らも良い感じに慣れて来たからな。一段上の領域ってもんを体験してもらおうかと思ってさ」
そのためにも前提とした知識をまずは叩き込もう。
子供らに着席を促す。そこそこ長い話になるからな。
「お題は“これ”だ」
そう言って俺は自分の顔のある部分を指で示す。
「……目?」
「そう“目”だ。目ってのは何をする器官?」
「何ってそれは……見る、ですよね?」
光くんの言葉に頷く。サーナちゃん以外はピンと来ていないようだ。
まあサーナちゃんは読書家で暇な時とかジャンル問わず読み漁ってるからな。
オカルト関係の書物も読んでるから何となく察したのだろう。
とは言え目についてどの話をするかまでは分かっていないようだが。
「オカルトにおける“見る”という行為について講釈垂れさせてもらうぜ」
こほんと咳払いをして俺は語り始める。
「見るってのは、ある種の相手を支配する行為なんだよ」
お、サーナちゃんは察したようだな。
「支配って大袈裟な……ただ見るだけでしょ?」
「そうでもないんだな。分かり易い例を挙げようか。見ることについての慣用句を思い浮かべて御覧」
「あ」
「サっちゃん、どういうこと?」
慣用句とまで言えば朔ちゃんは察するわな。
今気づいたことを言ってみと促すと朔ちゃんは自信なさげに口を開く。
「分かり易いところで言えば“見下す”、“見守る”……“見張る”なんかもそうかな?」
「それが何?」
「梨華さん、今挙げた言葉はどれも“見る”という行為を通して自身を上位に置いてある言葉なんですよ」
見下すはまんまだな。
見守るはその対象より自身の位置づけが上でなきゃ成立はしない。
見張るもそう。囚人と看守、どっちが上かって話よ。
目とそれを使って行う見るという行為には力が宿るのだ。
「サーナちゃん、目に由来する力でギリシャで有名な奴が居るよね?」
「メドゥーサ、或いはメデューサですね。伝承によると彼女の目に睨まれると石になってしまうとか」
そしてアテナ被害者の会の一人でもある。
伝説じゃぶっ殺されたが世の移り変わりと共に情けをかけられ復活したんだったかな?
この手の神話で既に殺されているような怪物やらも現代で蘇ってたりする。
人の価値観に合わせて神も認識をある程度アップデートせにゃやってけんからな。
その調整の一環として情状酌量の余地があったり悪と見做され理不尽にぶっ殺されたのを蘇らせたりするんだ。
まあ中には完全消滅してるのも居るがそういうのを除いてな。
蘇ったのが悪いことをしたら? それは蘇らせた側の責任になる。
やらかすってことは見誤った……つまり価値観のすり合わせも相手を見る目もダメってことだからな。
(グラビアで見たけど美人だったよなメドゥーサ……)
乳も尻もでっけえんだ。うへへ。
「……英雄さん、イヤらしい顔です」
「おっと失礼。他に有名どころで言えば吸血鬼だな。吸血鬼の魅了もそう」
あれも目に由来する力だ。
「邪眼、魔眼、浄眼……特殊な目ってのは色々ある」
だがどれも見るという行為を通して力=ルールを押し付けるところは共通している。
「そしてルールを押し付けるってのは……」
「支配しているということでも、ある……ですか?」
「その通り」
何か特殊な目を持たずとも上位の力を持つ者はただ見るだけで色々なことが出来てしまう。
そのことを知ってもらうというのが今回の目的だ。
「これから会いに行くのは“目”で行う戦いという分野において俺が一目置いてる男だ」
目、だけにな! わははは!
あ? 一目は囲碁の方? 親父ギャグってそんなもんだろ。




