ダメな男に入れ込む女
(まいったな……)
親友であり懸想している男が公衆の面前で淡々とオタ芸を披露している。
私のあまり高いとは言えない対人能力では対処が思いつかない。
というか動きがキレッキレなのが何かムカつく。
「む、鈴木じゃねえか。そんなとこで何してんだ。来たんなら早く顔見せろや」
私に気づいた佐藤くんがオタ芸を中断しこちらへやって来る。
「いやだって、街中で妙なことやってるんだもん……近づき難いよ」
「うっせーな。俺にも事情があるんだよ事情が」
どんな事情があれば街中でオタ芸を披露することになるんだ。
気になって理由を問い質そうとするが、
「それよか早く行こうぜ。飯ぃ食わせてくれんだろ? 俺もう腹ペコだよ」
「ああうん、そうだね」
今夜、誘いをかけたのは私だ。
以前高橋くんが自分の家に招いたと聞いたので私も……というだけではない。
対抗心もあるが頼み事があるので家に招き腕を振るって持て成そうと考えたのだ。
「何食べたい?」
「フッ、ダメな男はここで「何でも良いよ」なんて言うんだろうが出来る男佐藤くんは違う」
だからって遠慮なくあれ食べたいこれ食べたいと手間を考えずに頼むのもどうかと思うけどね。
「ずばり中華。刺激たっぷりの辛いのを中心に頼むぜ!!」
「中華ね。分かったよ」
それでも美味しいご飯を食べさせてくれると信じて疑ってもいない様子を見せられると、ね?
料理人としても女としても嬉しくなってしまう。
とは言え素直に喜びを表現するのも少しばかり照れ臭いので何でもないように答える。
「じゃ、買い物に行こうか」
「おう! 金と荷物持ちは任せろや」
二人肩を並べて大型スーパーへ。
辛い中華と言えば四川だろう。専門店に行けば珍しいものも作ってあげられるけど、
(今回は日本人にも馴染み深いもので揃えようか)
本場のそれではなく日本人向けにアレンジされた定番ね。
珍しい系は材料もそうだがちょっと二の足踏むタイプもあるからね。
佐藤くんなら平気だろうけどそういうのを出すなら事前に予告しておいた方が心の準備も出来る。
だったら今夜は麻婆豆腐、回鍋肉、辣子鶏、青椒肉絲あたりの定番メニューの方が良いだろう。
どれもこれも白いご飯に合うし、白飯大好きな佐藤くんなら喜んでくれるはずだ。
「デザートはどうする? 何か作る? 既製品にする?」
「既製品。お前の作るのもうめえんだろうが俺は今、食べたいアイスがあるんでな」
単に既製品、とだけ答えずさらっと私が作れば美味しいなんて付け加えるの卑怯だよね。
昔からそうなんだこの人は。何気ないところで小さく好感度を積み重ねてくるんだよ。
こういうのを計算じゃなく自然にやれるあたり営業マンというのは天職なんだろうな。
「……む」
「どうした?」
「いや新しい味出てるなって」
贔屓にしているアイスの新商品。これは買わざるを得ない。
アイス舌ではなかったのにこんなのを見つけちゃったら……なっちゃうじゃないかアイス舌に。
「美味そうだな。俺もそれ買おう。あ、鈴木あれも美味そうじゃね?」
「確かに」
佐藤くんと一緒だとついつい箍が外れてあれもこれもと買い込んでしまうな。
でも後悔はない。佐藤くんのお金だから。
本命の食材以外にも大量に買い込み、スーパーを後にする。
ここから家まで距離はあるけど転移なので一瞬だ。
「ここが鈴木ん家か~へ~?」
再会した時に行くかって話になったけど結局あの日は佐藤くん家でその後も来る機会なかったからね。
物珍しそうに室内を見渡す佐藤くんを座らせ私は私の戦場へ。
アイスと直ぐ使わない食材を冷蔵庫に仕舞って手を洗う。
「佐藤くん。手伝いが必要になったら呼ぶからよろしくね」
「あいあい」
手伝いっていうのは主に時間操作だ。
しっかり味を染み込ませたりする時、佐藤くんの限定的な時間操作は本当に便利だ。
「ところでさ、結局オタ芸やってた理由って何だったの?」
「ん? いや実はな。うちの取締役二人が最近、アイドルにハマってなぁ」
「…………仕事上の付き合いってこと?」
上司のアイドル趣味に付き合わされるってそれパワハラじゃない?
私の考えていることを察したのか違う違うと苦笑する佐藤くん。
「どっちもそんなタイプじゃねえよ。付き合ってんのは俺の意思さ」
そう言って詳しい話をしてくれたのだが……何ともまあ、佐藤くんらしいことだと思った。
仕事の面でも評価はされてるんだろうけど佐藤くんの真骨頂はプライベートだろう。
上からも下からもプライベートな相談を多々持ち掛けられているあたり本当に信頼されてるんだねえ。
(ちょっと――ううん、かなり誇らしいや)
私の彼って凄いでしょ? ふふん! みたいな感じだ。
いや別にまだ付き合ってないけどさ。
でもそれはそれとして、
「らぶパンってやっぱり人外だったんだ。テレビで見た時、何か引っ掛かるなって思ってたけど」
「お前がらぶパン知ってることに軽く驚きだ」
「まあ昔はね。お堅いニュースとかばかりだったけど今はそれ以外も観るよ」
けどまさか本物のルシファー、ベルゼブブ、ルキフグスだったとは……。
いやはや、世の中何が起こるか本当に分からないものだ。
「アイドル趣味に付き合ってるのは分かったけどオタ芸は何で?」
「十月の下旬に連中のライブがあってな。そこを独立の最終試験にしようと思ってるのよ」
下旬……ハロウィンライブってとこかな?
とは言え当日ではないだろう。魔の者にとってハロウィン当日は忙しいし。
「どれだけはっちゃけられるかが肝だからな。
俺が率先してオタ芸やってりゃ西城さんも東さんも場の空気と相まってはしゃいでくれるだろうし」
なるほど、そのために練習を。
いやでも街中でやるなよ。認識阻害展開してるからって裏の人間が見れば分かるんだからさ。
京都の暗躍に対して盛大にやらかした男が街中でオタ芸やってるとか意味分からなさ過ぎて怖いもん。
私がそう苦言を呈すると、
「今更だろ。過去のあれこれが若い世代にも知られちゃったし」
「まあうん、それはね……」
柳の仕掛けで出ることになった裏の週刊誌は私も読んだ。
佐藤くんの特集は……酷いとしか言いようがない。
真世界関連のとこでは過去の古傷が盛大に疼いたもん。
「俺からすりゃそれも別にそこまでビビるほどではないだろうって思うが」
裏の民度も昔より良くなったからなーと呑気な佐藤くん。
いや当時でもマジビビりしてた奴ら多数だよ。
「それよかさ。ちょっと頼みがあるんだけど」
「朔夜くんへのお土産でしょ? 大丈夫。ちゃんと多めに作ってあるから」
冷めたら味が落ちるけど佐藤くんならその心配も要らないしね。
時間停止使えば出来立てのまま幾らでも保存出来るし。
「さっすが鈴木さーん、話が分かるー! お前はホント良い女だなァ!!」
「はいはい」
まったくもう……調子良いんだから。




