星を見た
(アイドルを楽しむ文化って)
そもそもそんな大仰に構えるもんでもなくね?
語源の偶像ってとこまで遡れば真面目な話になるかもだが違うじゃん。
いや、らぶパンの連中は語源の偶像とも深く関わってるっちゃ関わってるけど。でも表向きは普通のアイドルだし?
「普通にCDなり配信なりで曲購入してそれ聴いたり出てる番組チェックしたりするだけでしょ」
確かアイツら公式チャンネル開設してたしそれチェックするのもありね。
後は普通にライブ行ってグッズ買って……アイドルを推すってそういうことだろ?
わざわざ教えるまでもないっつーか。
「「そこだよ!!」」
どこだよ!?
「君が言う当たり前のことすら……我々にはハードルが高いのだ」
「何で? 好きになったってことはテレビか何かで見たんでしょ?」
「……ああ、偶然流れていた音楽番組でな」
「……私はバラエティだ」
曰く、それで強く興味を持ったものの……調べたり曲を買ったりするのは恥ずかしいとのことだ。
えぇ? 何でぇ? ってのが正直な感想である。
「妻も居るところでアイドルが出てる番組に夢中になるとか……は、恥ずかしいだろう?」
「私室で見れば良いでしょ。テレビなくてもスマホなりPCなりでテレビは見れるんだし」
「いやだが、もし妻が部屋に入って来たらどうする?」
「スマホもそうだ。社用のスマホはロックをかけているが私用の方はな」
「うむ。ロックはかけているが疚しいところはないと妻にはパスワードを教えてあるし」
「万が一、覗かれでもしたら事だぞ」
「親に隠れてAV見てる思春期男子かよ……」
ちょっと待って。このオッサン二人、ここまでシャイだったの?
おかしいだろ。俺、二人と個別で綺麗なチャンネーの居る店とか行ったことあんぞ。
「それは仕事が絡んでいるだろう。君とは……まあ私事に近いが」
「それでも部下との関係を良好なものにするというのは仕事にも関わることだ」
「しかし今回は違う。完全な私事だ。仕事は一切絡んでいない」
「……そうなると途端に後ろめたくてな」
とんだ仕事人間じゃねえか……。
「そんな調子じゃずっと俺が手伝わないといけないじゃないですか」
「そこまで迷惑をかけるつもりはない」
「……一歩、最初の一歩が難しいのだ」
「だから君に手を引いてもらいたい」
「欲を言えば我々が独り立ち出来る程度にまで付き合って欲しい」
頼む、と机に手を突き頭を下げる二人。
……ここまでされて応えないのは男じゃねえわな。
「分かりました。お二人が気兼ねなく推しカツ出来るよう微力を尽くしましょう」
「「佐藤くん……!!」」
「まあでも、タダってのも何ですからケジメとしてかかる費用とかはそっち持ちってことで」
「「勿論だとも! すまん、本当に助かった!!」」
「大袈裟ですって。とりあえずお二方、今夜何か予定は?」
「「特にはないな」」
「んじゃ、俺ん家来てくださいよ。そこで動画見たり曲聞いたり色々しましょうや」
まず取り掛かるべきは心理的抵抗の除去だ。
他人の目を過剰に気にしてしまうのは自分自身の認識に問題があるからだろう。
そこを取り払ってやれば普通に推しカツに励むことが出来ると思う。そのためにも色々と慣れさせてやらんとな。
「分かった。しかし、君の家には親戚のお子さんが居るのではなかったか?」
「大丈夫ですよ。俺の部屋でやりますし防音もしっかりしてますからね」
勉強をしている朔ちゃんの邪魔にはならんだろう。
「分かった。そういうことならお言葉に甘えさせてもらうよ」
「世話になる」
そういうことになった。
それから昼休みが終わるまで二人の話に付き合い俺は仕事に戻った。
「では行きましょうか」
「「うむ」」
そして仕事終わり。会社から離れた駅で二人と落ち合い電車に乗った。
別に堂々と三人で会社を出れば良いものを……筋金入りである。
自宅近くの駅で降り、弁当屋で夕飯を購入し佐藤くんのお家へ。
俺だけ朔ちゃんの飯食べるのもアレだからな事前に連絡は入れておいた。
二人の分も作ってもらうことは出来ただろうが朔ちゃんは気にせずとも二人が気にするからな。
「おかえりなさい。英雄おじさん、そちらが?」
「ああ。西城さんと東さんだ」
「綾瀬朔夜と申します」
おじさんが何時もお世話にと頭を下げると二人は信じられないものを見るような目で俺を見た。
「……何すか」
「「いや、その……君の親戚だと聞いていたから……」」
そういうリアクションはもう飽きましてよ?
「良い子だろうとは思っていたが……なあ?」
「うむ。高校生だと聞いたから中身はともかく見た目はもっとこう、不良? みたいなものだとばかり」
「失礼だな。アンタら。朔ちゃんに謝りなさいよ」
「「あ、そうだな。失礼なことを言ったね。申し訳ない」
「いえ、お気になさらず。じゃ英雄おじさん、私は部屋に居るから。何かあれば連絡頂戴ね」
「すまんね」
そう言って朔ちゃんは自室へと引っ込んで行った。
「んじゃ俺の部屋行きましょうか」
「ああ。しかし何だね。こんな形で部下の家を訪れるのは初めての経験だよ」
「俺もこんな形で招くのは初めてですよ」
部屋に行くと朔ちゃんが用意してくれていたのだろう。
ちゃぶ台とお茶が部屋の中央に鎮座していた。頼んだわけじゃないのに……ホンマ、気の利く子やわぁ。
感心しつつPCを立ち上げ、らぶパンの公式サイトにアクセスする。
「何曲か無料で聴けるみたいなんでそれ聴きながら飯食いましょうか」
そう提案すると二人は少しそわそわしながらも受け入れてくれた。
「しかし君、三つも弁当を買ったが食べれるのかね?」
「どれも大盛りだし……」
「佐藤くんは成長期との噂ですから」
本日の夕食は牛焼肉弁当(大盛り)、豚の生姜焼き弁当(大盛り)、鶏の唐揚げ弁当(大盛り)だ。
三種の肉を揃えた無敵の布陣。満足度の高さは食べる前から保障されてるぜ。
ちなみに二人は高級幕の内に豚汁だ。らしいチョイスで笑うよね。
でも普通の味噌汁ではなく豚汁なあたり、はしゃいでいるのが窺える。
「「「いただきます」」」
三人揃って手を合わせ食事を始める。
俺は普通にうめえうめえと弁当をかきこんでいるんだが、
(こっちは心ここに在らずって感じだな)
曲が気になるのだろう。気もそぞろで箸の動きが遅い。
マジでハマってるんなぁ……。
「ちなみにお二人はらぶパンのどこが気に入ったんです?」
「「……」」
二人は顔を見合わせ、こくりと頷いた。
どうやら似たような理由っぽい。薄々思ってたが仕事が絡まないとめっちゃ気が合うんじゃねえのこの二人?
「星を、思い出したんだ」
「星……ですか?」
西城さんは少し照れ臭そうに幼い頃のことだと語り始めた。
「ある夜、父がいきなりドライブに行こうと言ってね。
子供の私はどこに行くかなど頭にもなく父と出かけられることにはしゃいでいたよ。
向かった先は家から二時間ぐらいのところにある高原でね。そこで、星を見たんだ」
父に促され空を見上げた幼い西城さんは満天の夜空に煌めく星々に目を奪われたという。
キラキラ輝くそれに、時間を忘れて見入った。
「東さんも?」
「ああ。私の場合は、一人で見た星空なんだがな」
こちらは塾の帰り。へとへとに疲れた身体を引きずりながら夜道を歩いている時にふと見上げた夜空だったそうな。
あんまりにも綺麗で、気付けば涙を流していたのだと言う。
「美しい思い出だろう? だがね、私も西城もそんなことはすっかり忘れていたのさ」
「テレビの向こうで一生懸命歌い踊る彼女らを見て思い出したんだよ」
あの時、見上げた星空を思い出すようなその輝きに心を奪われたのだと二人は照れ臭そうに笑う。
良い話だ……良い話じゃねえの……。
でも良い話なだけに、こう……なあ? 奴らの正体を知っている俺としては……。
(……何かすげえ、胸が痛い)




