俺は笑わない
「で、めっちゃ好評なんです。コメントでもまたシュガー部長出て欲しいって」
「うーん……」
「だから今度は別ので俺らと遊びましょうよ!」
「じゃあ大人の玩具のレビューとかどう?」
「はっ倒すぞ」
「そ、そない怒らんでも」
昼休み。飯を食い終わった俺は屋上で堂本くんと駄弁っていた。
十月に入って気温が下がったお陰で屋外でも過ごしやすくなったなぁ。
「あ、居た居た。部長、ちょっとよろしいでしょうか?」
「あん?」
部下が小走りで駆け寄って来て耳打ちをする。
「分かった。直ぐ行くよ」
「どうしたんです?」
「いやちょっと人に呼ばれてな」
軽く身なりを整えてから指定された会議室へ向かう。
ノックをして入室の許可が出たので中に入ると俺を呼び出した東さん、西城さん、二人の代表取締役が俺を迎えてくれた。
「昼休みだというのにすまないな」
「かけてくれ」
促され着席する。
(……珍しいな、この二人だけってのは)
というのもだ。この二人は俺が部長になる切っ掛けの一つになった男たちだからだ。
そう、うちの会社における二大派閥の長なんだよ東さんと西城さんは。
派閥争いっつーとイメージ悪いかもだが、この二人のそれは健全なものだ。
互いを憎み合っているわけでも、私腹を肥やしているわけでもない。
経営方針で対立してはいてもそれはあくまで自分の考えの方が会社のためになると思ってるからだしな。
とは言え派閥の長であることは事実。下への手前、二人だけってことはあまりない。
俺を呼び出すにしても何時もならもう一人、誰か無関係の奴を入れていただろう。
「して、俺に何の御用で?」
以前も述べたが俺はどこの派閥にも属していない。
強いて言うなら社長派ってことになるがそれ言うならこの二人もそうだしな。
取って代わろうなんて野心を抱いてるなら別だが特にそういうのもないし。
まあともかくだ。どこにも属しちゃいないがどことも上手いこと付き合ってるもんだから……なあ?
バランサーとしてちょこちょこ間に入ったりもするから今回もそれだろうか?
「まず断っておくが……その、君を呼び出したのは……まあ、何だ」
「う、うむ……私用なのだよ」
プライベート? 目を丸くする俺に二人は苦笑する。
仕事でさえ立場上、誰か間に入れて関わっているのだ。
プライベートでの付き合いも皆無だと思っていた。
「何を考えているか大体、察しはつくが……まあそうだな」
「私も東もプライベートで絡むことはまずないよ」
ゴホン、と咳払いをし二人はこう切り出した。
「時に佐藤くん、君……お盆休みに社長と遊んでいたというのは本当かね?」
「ああ。咎めるつもりはない。今更君の能力や人柄を疑うつもりはない」
社長のお気に入り。そう陰口を叩かれていた時代もあった。
んでこの二人からは直接、注意をされた。
はねっかえりな俺は「社長が私情で人事に口を出すと思ってるんですね」と返してやったっけ。
最初は懐疑的な目で俺を見ていたが、それも段々薄れていった。
そして今では部長職に俺を推薦するぐらいには信を受けている。
どちらの派閥からも出せないなら他に信頼出来る相手をってことで頼まれた時はちょっと嬉しかったな。
「で、質問に応えてくれるかな?」
「社長から聞いたところによると……その、何だ? 玩具で遊んだとか」
「遊びましたよ」
それがどうしたと言うのか。
「…………良い歳をした大人が、とは思わないのかね?」
「こりゃまた了見の狭いことを仰る」
私的な用件ということなので俺も多少、言葉を崩す。
「誰に迷惑をかけるわけでもないなら“好き”は自由でしょう?」
「……そうか、そういう男だよな君は」
「東」
「ああ。やはり彼しか居ないようだ」
何? 何なの? 男同士で通じ合ってるんじゃないわよイヤらしいわね!(言いがかり)。
「……佐藤くん、君は純愛★万魔殿を知っているかね?」
ごめん、ちょっと笑いそうになった。
クソ真面目な顔でそういうワード出されると面白いから次からは事前に言って欲しい。
表情筋に鞭を入れつつ俺は右目の傍で横ピースをして告げる。
「『カミサマにだって、とめらんない』――――でしょ?」
連中のキャッチコピーだ。
真実知ってりゃ割と笑えない……いや逆に笑えるフレーズだよな。
「やはり知っていたか。流石、我が社一の遊び人だ」
「うむ。アンテナバリバリだな」
いやそんな情報通レベルの話じゃねえよ。
音楽番組とか見てたら普通に……ああ、この二人はそんなん観ねえわ。
「んでそのらぶパンがどうしたんです?」
暗殺依頼? なわけねえか。俺の正体知らんし。
「その、何だね。私と東はらぶパンのファンというか」
「正確には良いなって気になってるっていうか」
……堅物のオッサン二人がもじもじしてる光景ってわりとキツイな。
うちの人間がこんなの見せられたら絶対、三度見はするだろう。社長だってキョドるレベルだ。
「なるほど」
「……笑わんのかね? 良い歳をしたオッサンがと」
「さっきあんなこと言った俺が否定したらとんだダブスタ野郎じゃないっすか」
俺がダブスタかますのは敵だけだ。
そんなこと言いましたっけ? うふふは俺の常套句よ。
「まあ面白くはありますがね。へえ、そんなん楽しむ感性あったんだーって」
「……うむ、そこらは私たちも自覚してる」
「しかしそうか。実は同好の士だったんですねお二人」
「気付いたのは最近だがな」
用を足している時のことらしい。
西城さんは人が居ないと思ってついCMで流れてた歌を口ずさんだら個室から東さんが出て来たのだと言う。
……気まずいってレベルじゃねえな。
「それでまあ、何だね……良いよなってなって……」
「う、うむ……あ、勘違いしないで欲しいんだが我々は決して彼女らをイヤらしい目で見ているわけではないぞ」
「私も東も妻一筋だ」
「別にアイドル好きな奴が全員、そのアイドルに劣情抱いてるわけじゃないでしょ」
とんだ偏見だぜ。
「娘のような気持ちで応援してたり、単に頑張ってる姿に惹かれてとか理由は人それぞれですよ」
「そ、そうか……そうだな。うむ、これは私たちの認識に問題があったと言わざるを得ん」
「やはり佐藤くんに打ち明けて正解だったな」
……良い歳こいたオッサンではあるけどこのオッサンらも昔は少年だったわけでしょ?
「学生の頃とかに好きだったアイドルとか居ないんです?」
「私も西城もそういうものとは無縁でな。勉学と部活に打ち込んで来たものだから」
「学校で芸能人の話題などが出ていても正直、分からんかった」
「辛うじて分かるのはサッカー選手ぐらいか」
「私は野球選手だな」
ああ、そういやサッカー部と野球部でしたっけ。
ってオッサン二人の部活はどうでも良いんだ。
「それで結局、何で俺を呼んだんです?」
アイドルが好き。カミングアウトされたところで「そっすか」としか言えんのだが。
俺が質問すると二人はしばしの逡巡の末、こう答えた。
「さっきも言ったが我々はファンというレベルではないのだ」
「彼女らのことについて何も知らない」
「いやそれどころかアイドルという文化を楽しむこともよく分かっていない」
えーっと、それはつまり……。
「……俺に諸々教授して欲しい、と?」
「「よろしく頼む」」
よろしく頼まれても……。




