人選ミス
日々の仕事に更に張り合いが出た。週末に楽しみが待っているお陰だろう。
昔からそうだ。イベント前はワクワクでどんなつまらないことにもイベント前補正がかかって楽しくなってしまう。
我ながら単純な性格だと思うよ。もう三十五だぜ? しかし同時にお得だとも感じる。
だって少し先に楽しそうな予定置いとけばそれだけで毎日、楽しく過ごせるのだから。
まあそんなわけで今日も今日とて仕事を頑張り、無事終業まで務め終えたわけだが……。
「カワサキから?」
これから会えませんか? という連絡が来た。
盆休みにアホほど好感度稼いでしまったから誘われること自体はまあ不思議ではない。
しかし文面が誘いだけってのはちょっと引っ掛かる。
別に聞いても居ないのにべらべら長文垂れ流す系女子のカワサキが……何かあったのか?
少し心配になりつつ待ち合わせ場所に指定された喫茶店に向かった。
「あ、佐藤さん。こんばんは~」
奥のテーブルでつまらなそうに頬杖を突いていたカワサキが俺を見てへにゃりと笑う。
俺は驚いた。他を省みず我が道を突き進む女、それがカワサキだ。
そんなカワサキがつまらなそうな顔をしているというのは……何だ、本当に何があったんだ?
「おお、こんばんは。お前、大丈夫か?」
「? 何がです」
「いや、何か」
対面に座りお冷を……うん? グラスが三つ?
俺が来るの分かっているんだから二つあるのは不思議じゃないが三つってのはどういうことだ。
見ればカワサキの隣には地味だがお高そうなフォーマルバッグが置いてある。
着物にも合うデザインだが……着物の上から白衣着るような女が合う合わないを気にするとは思えない。
「誰か他に居るのか?」
「ああはい。実は」
どこか投げやり気味な態度で何か言いかけるが、
「――――まあ、もうお着きになられたのですね」
楚々とした女の子が口元に手を当てこちらを見ている。
年齢はカワサキと同じぐらいか? カワサキとはまた違うタイプの和風美人だ。
姫カットロングのカワサキに対してあちらはおかっぱボブ。
同じように着物も着ているがあちらは上に白衣を羽織るなんてとんちきな装いはしていない正統派。
(何もかも真逆だな)
色物大和撫子のカワサキとは全然違う王道大和撫子を見れたことで俺のご機嫌ゲージが上昇する。
「あ、ごめんなさい。自己紹介が先ですね。私は」
「こちらは一条さんです」
女性が口を開くよりも先にオレンジジュースに刺さっていたストローを咥えたままカワサキが言った。
おめえ……大人の女なんだからもうちょっとお行儀良くなさいよ。
家で飯食ってた時は箸の使い方とかめっちゃ綺麗だったじゃん。
不機嫌だったり白けたりすると途端に子供っぽくなるのはどうかと……いやこれはこれで可愛いな。
などと考えていたのだが、
「京都から佐藤さんを篭絡するために派遣されたハニトラ要員です」
とんでもねえ発言で全部ぶっ飛んだ。
「ちょ、ちょちょちょっとォ!? あなた何を……!!」
「だって~私が頼まれたのは佐藤さんに会わせることだけですし~? 口止めもされませんでしたから~」
そりゃ言わんだろ。言われんでもそこは分かるだろ。
いや俺からすればありがたいことだけどさ。
それはそれとしてカワサキの態度の理由にも納得がいった。くだらないことに時間を使わされたからだろう。
「あ、あの……えっと……」
「まあ、座れや。いや逃げても良いがね」
少し圧を込めて促すと女、一条は青い顔で席に着いた。
とりあえず千年の都が風俗都市になることは避けられたようだ。
幾ら俺でも裏だけとは言えモラルを最底辺に落とすのは躊躇いがあるからな。
「しかしカワサキよ。お前がこんな話を受けるとかどういう風の吹きまわしだ?」
いや責めてるわけじゃないんだ。何ならちょっと感動してる。
多分何かしがらみあってのことで断れずってとこなんだろうけどさ。
コイツにそんな社会性が備わっていたなんて……あ、ちょっと泣く♥
「私だって嫌だったんですけどぉ、この人ってーかこの人の知り合いが西に居た頃の私のお得意様でして」
「大体理解した」
金か。
充実したロボットライフを送るにゃ金が必要不可欠だもんな。
多分、そのお得意様とやらは今でもちょこちょこ仕事を回してるんだろう。
そうすることでカワサキという有能な人間とのパイプが途切れないようにしているんだと思う。
「流石は佐藤さん。私の唯一にして無二のマブ!!」
「はいはい、どうもね。ちなみに聞くが他に何か持ちかけられた話とかあるん?」
「ありますねえ」
「ちょ!?」
「黙れ」
指を鳴らすと一条の口が縫い合わされた。
痛みはない。俺は紳士だからな。ハニトラかけようとして来た相手でも女は女だもん。
まあ一線を超えれば性別とかどうでも良くなるんだがな、ぶへへ。
「京都に戻って来てくれないかって言われました」
「何でだい?」
「さあ? 詳細は知りませんが何か東に仕掛けるんじゃないですかね」
「ほう?」
そういや京都の連中は復権を狙ってるとか言ってたな。
それ絡みでカワサキという戦力を取り込みたかったのだろう。
まあ、分かる……分かるけど……どうしても一つ、解せない点がある。
俺は一条の口を元に戻してやり、問いを投げる。
「お前ら……何でよりにもよってカワサキを使おうと思ったわけ?」
人選ミスとかそういうレベルじゃねえだろ……。
俺が組織の長ならカワサキなんて絶対使わねえよ。
使おうとか進言した奴居るなら即、首を刎ねるよ(リストラ的な意味で)。
だってどう考えても向いてないもん。好んで要らん爆弾を抱えるとかアホじゃんよ。
「だ、だって……か、川崎さん……あなた、どうしたの? 東京で一体何が……」
もう色々とキャパをオーバーしてしまったのだろう。
一条は青褪めた顔でおろおろとカワサキの心配を始めてしまった。
(……猫を被ってた?)
いやちげえな。コイツにそんな器用な真似は出来ねえ。
男が上っ面だけ趣味合わせてるとか愚痴ってたからロボ好き自体は隠してなかったっぽいしな。
となると、
「……カワサキ、お前向こうに居た頃、夢の話とかしてなかったの?」
「? してませんよそりゃ。サプライズパーティの計画を驚かせる側に話す人は居ないでしょ」
キョトンとするカワサキを見て俺は理解した。
ああ、不幸な行き違いを抱えていたんだな……。
確かに言われてみればロボを絡ませないと普通にお上品なお嬢様だもんなコイツ。
だから勘違いしちゃったわけだ。カワサキがまともな人間だって。
コイツがロボで大暴れしようとしたのも俺が未然に防いだからな。
互助会には報告入れたが本人や良からぬことを考えてる連中を刺激せんために会長は話を広めなかったし。
気付く機会がまるでなかったのなら、カワサキを使おうってのも納得だ。
「いや待てよ? ちょっと聞きたいんだが何で西の連中は俺とお前が親しくしてるのを知ってたんだ?」
「それについてはごめんなさい。仕事終わった後の世間話でついつい理解者を得たことを話してしまって」
佐藤さんっていう私に良くしてくれてる人が居て~とかそんな感じか。
そこでもカワサキのイカレ具合が露呈しなかったからこんなことに……。
ある意味ファインプレーだな。面倒な企ての芽、全部カワサキが潰してんじゃん。
「あの……どういう……?」
「一条だっけ? お前は知らないと思うがコイツな。巨大ロボに乗って新宿のど真ん中で大暴れしようとしてたんだよ」
「――――」
「ふふん」
ドヤるカワサキに信じられない馬鹿を見る目を向ける一条。
「あ、あの……それは……」
「当然、隔離とかそういう措置は一切なかった。偶々居合わせて出現に気付いた俺が隔離したよ」
そう答えると一条は机に突っ伏し頭を抱え始めた。
「こ、こんな……こんなの、何て報告すれば……!!」
泣けるぜ。




