何でもない日常の一ページ
「部長、今日はえらいスッキリした顔してますねえ」
昼休み部下の子らと食堂で昼飯を食っていると一緒に飯食ってる内の一人がそう切り出した。
自覚はなかったが……そうか、スッキリしてんのか俺。
「昨日の夜、久しぶりにスポーツで気持ち良い汗を流したからかねえ」
異世界の勇者&魔王と模擬戦やってたとは言えんからな。
まあでもスポーツってのも強ち間違いではない。俺も有馬兄弟も殺す気でやってなかったしな。
「最近、残業残業残業の残業輪廻に陥ってましたからね」
「あちこち出向いたりして身体を動かしてなかったわけじゃないんだがな」
でもそれは別物だろう。
仕事で身体を動かすのとプライベートで身体を動かすのは全然違う。
前者はただただ乾燥した疲労が溜まっていくだけで心地良さなんて皆無だし。
「遊びならクタクタになるまで動いても平気なんですけどねえ」
「ってか部長の話聞いてたら俺も身体動かしたくなって来た。久しぶりにジムでも行こうかな」
「そういや会員なんだっけ。ビジター利用とかじゃダメなん? あんま行ってねえなら会費勿体なくね?」
「金のかかる趣味とかやってないし年会費ぐらいは別に痛手ってほどでもねーよ」
ジムか……俺ぐらいの年齢だと健康面に危機感を覚えてジム通い始めたりするよな。
同級生の中にも結構そういう奴は居た。そして半分ぐらいが気付けば行かなくなってた。
「部長部長」
「どした堂本くん?」
「身体動かしてスッキリしたんなら今度はお部屋で楽しく遊ぶとかどうです?」
「何だい急に」
キョトンとする俺に堂本くんはふっふっふ、と笑いながら続ける。
「部長も知ってると思いますけど俺、動画配信やってるんですよ」
「知ってる知ってる。夏休みは世話になったね。お陰で社長も大喜びよ」
夏休みに社長と遊んだ際、玩具に詳しい部下が居ると言ったがそれはこの堂本くんだ。
購入する際には堂本くんにおススメホビーなど色々聞いたんだけど……これが大当たり。
おススメしてくれたのどれも楽しくて俺も社長も大はしゃぎで遊んだものさ。
「お力になれたようで何よりです……ってのはさておき、玩具以外にもインドア系の遊び色々やっててですね」
「みたいだね」
俺も全部、視聴したわけじゃないが幾つか見させてもらった。
気に入ったのが折り紙で色々作るやつ。何かすげえ懐かしい気分になったよ……。
特にカエルな。カエルは本当に懐かしくなった。そういや小学生の時作ってたなって。
誰のカエルが一番遠くまで跳べるか競ってた……俺のフロッグマン……すごかったんだぜ?
「それで今度TRPGやろうって話になりまして」
「TRPG……聞いたことあるな。あれだろ、サイコロ振るんだろ?」
「俺も知ってる。サイコロのやつだろ?」
「俺も俺も。サイコロ振るんだよね?」
「詳しくはないけどサイコロ振るのは知ってる」
「畳みかけるようなサイコロボケやめてくれる?」
ノリの良さが営業部の売りゆえ……。
でも実際、何かサイコロ振って色々するぐらいの認識しかねえんだよな。
「一口にTRPGつっても色々あるんですが、今回やるのはオーソドックスってか王道系。
剣と魔法のファンタジー世界を舞台に自分で作ったキャラを冒険させるやつなんです」
ふむふむ……。
「ただ俺も一緒にやる連中もTRPGは初体験でして。そこで部長のお力を借りられないかなーって」
「何で俺よ? 俺だってTRPGなんてやったことねえぞ」
普通のRPGならまあ、経験はあるけど別物じゃんよ。
「いやほら部長ってべしゃり力半端ないじゃないですか。
取引先との会話で俺らが不手際やらかしそうになっても咄嗟に上手いことフォローしてくれたり。
そういう会話における頭の回転の速さ? みたいなのってTRPGでは大きな武器になると思うんですよ」
言いたいことは分かった。
「ってかさ、わざわざ動画引き合いに出したってことはそれ配信するの?」
「生でやりたいなって」
「……全員未経験なのに生で?」
動画外で事前に何回かテストプレイしてから臨む方が良くね?
事前知識殆どないまま始めたら絶対、もたつくだろ。視聴者白けちゃうよ。
「そこはほら、生だからこそ生まれるドラマ性を優先しようかなって」
「そういう狙いも当たればデカイのは分かるけど」
いや趣味でやってることだからリスクヘッジとかは考えなくて良いのかもな。
「それに、白けそうになったらそこは部長のお力で……」
「無茶振りが過ぎない?」
喋りが上手いつっても目の前に人が居てこそじゃん。
画面の向こうの不特定多数の誰か相手とか初体験だよ。何なら堂本くんのが慣れてるだろ。
「ってか部長。面識ない堂本のダチと遊ぶことには文句ないんですね」
「そこはな」
動画とかで何となく人柄も分かってるし、実際に対面で話すんなら問題はない。
「生粋のコミュ強だなぁ」
「プライベートで気兼ねなく社長と遊べる人はやっぱちげーわ」
ヅラ剥ぎ取られても怒らない男だぞ社長。
怒りのハードルが高過ぎるから常識弁えてりゃ問題ねえっての。
立場がちらつくかもしれんが話してみれば普通に気の良いオッサンだものあの人。
「俺の配信者としての勘が言ってるんです! 部長は持ってる男だって!」
最近伸び悩んでるし、どうか! どうか! と頼み込む堂本くん。
ここまで言われると俺としても断わり難い。
あと普通にTRPGにも興味が沸いて来たしな。
「分かった分かった。でも、上手いこといかんでも俺のせいにするなよ?」
「はい、それはもう! 引き受けてくださりありがとうございます!!」
「ってか堂本くんのツレは知らないオッサンと遊ぶの大丈夫なんか?」
「ツレには部長の話もよくしてたんで大丈夫です。一回飲み行きたいとか言ってましたし」
「社交辞令じゃね?」
「やー、俺相手にそんなんする気遣いがあるとはとても。がさつな奴らなんで」
友達相手にひでえな。
「んで何時やんの?」
「幾つか予定確保してまして、その中から部長の都合が良い日を選んで頂ければ。直近だと今週土曜の夜ですね」
「OKOK。そこなら俺も今っとこ予定は入ってねえから付き合うけど……泊まり?」
「その予定です。あ、飯も寝床もこっちが用意しますんで!」
「ああそう。じゃあお言葉に甘えさせてもらおうかな」
よくよく考えたら部下のお家にお泊りとか初めての経験だ。
一緒に呑みに行ったり出張で同じホテルに泊まったりはあるが……ちょっとワクワクして来たぜ。
堂本くんは一体、どんな性癖を隠し持っているのか。PCの履歴とか漁っちゃうんだぜ。
「部長が悪い顔してる……」
「してねえよ。ただ堂本くんがどんな性癖してるのか暴いてやりたいなって」
「悪いことじゃないですか!?」
「皆はどう思う?」
≪素晴らしいことだと思いまーす!≫
共有待ってるぜと堂本くん以外の面子が笑う。
「ちょっとぉ!?」
どうでも良いけどこういう男子のノリ、好きだわぁ……落ち着くよね。




