極致
(異世界の勇者と魔王、ですか)
そんな存在が居たことも驚きだが、その戦いが見られるとは思っていなかった。
というか……これ、英雄さんの力の一端が見られるのでは?
正直な話、私の中ではもうどうでも良いものに成り下がってしまったが当初の目的の一つがそれだもの。
まず間違いなく有馬兄弟はタナトスらより強い。圧倒的に。
ハデスが手ずから造り上げた私ですら死の権能抜きでは勝てはしないだろう。
そんな相手とやり合うのだから英雄さんも私たちを相手にしている時のようにはいかないはずだ。
(……何と、不憫な)
誰が? タナトスたちがだ。
私がここに居るのはタナトスたちが理由ではあるのだが……あの一件がなくても進展がなければこうしてた気もするし……。
ということは完全に呪われ損だろう。女にされ痴女ルックを強制させられても彼らは目的を果たせなかった。
何の代償も払わずここに居る自分に少しばかり罪悪感を抱いてしまいそうだ。
「さて、こんなもんで良いかな?」
鍛錬場の空間をだだっ広い荒野に変えた英雄さんが軽く肩を回す。
このまま始まるのかと思いきや私たちの下へ。
「何をしたの?」
ポンと私たちの頭に手を置いた英雄さんに梨華さんが首を傾げる。
「そのままじゃ俺らの戦いを視認出来ないだろうからな。
少しばかり強化させてもらった。まあ人体に影響ないレベルで留めたから全部は無理かもだがある程度は見れるだろ」
次いでパチンと指を鳴らすと荒野の真ん中に畳とちゃぶ台が出現。
結界が張られているところを見るに観戦スペースを用意してくれたようだ。
ちゃぶ台の上にはお茶とお菓子も置いてあるし……ホント、子供には気遣いの人だなぁ。
「……アイツらはかなり強い。楽しみつつも、しっかり勉強しな」
好戦的な笑みを浮かべ英雄さんは背を向けた。
血の気が多い方ではないと思っていたが……いや、純粋な比べ合いはそうでもないのかな。
「よォ兄弟、心の準備は出来たか?」
「「ったりめえだ。あん時のことは恨んじゃいねえがそれはそれ。リベンジかまさせてもらうぜ!!」」
「期待してる。あん時はバラバラだったからなお前ら」
最初に仕掛けたのは英雄さんだった。
その周囲に無数の黒い球体が出現。指揮者のように腕を振るうとその全てが有馬兄弟に向かって放たれた。
……あれは、以前見た小型ブラックホールだ。
(初っ端からこのレベルの攻撃を……!?)
しかしこれぐらいは小手調べでしかないのだろう。
重力崩壊を起こすよりも早く、有馬兄弟はあっさりと全て切り捨てた。
ただの攻撃ではない。爆ぜずに無力化したあたり何らかの技術が使われていると見て良い。
聖剣、魔剣の力? いやでもあの剣の力が励起した様子はなかったし……。
「ラスボスみてえな技使いやがってからに」
「俺より魔王らしいじゃねえかテメェ」
瞬く間に距離を潰した有馬兄弟が英雄さんに斬りかかる。
「よしてくれ。俺はこれでもガキの頃はヒーローに憧れてたんだぜ?」
あれは……金剛如意!?
対する英雄さんは嵐の如き斬撃に如意棒を取り出し対応。
残像が辛うじて追えるレベルの攻防。強化されていなかったら何が起こっているのかすらも分からなかっただろう。
(……押されている)
本職ではないが、分かる。
二人は異世界由来の特殊な力などではなく純粋な剣技で英雄さんを抑え込んでいる。
「ぬ、ぅ……ッッ!?」
勇者が放った右目への切り払い。
英雄さんは最小限の動きで回避した……ように見えたが眼球が切り裂かれた。
目測を誤った? いやこれは、
「見え過ぎるってのも考えもんだな~?」
技術だ。その狂った動体視力を逆手に取って何かしらの技を仕掛けたのだろう。
しかし英雄さんもタダではやられない。切り裂かれた眼球から信じられないほどの血液が噴出。
噴き出した血液は意思を持つかの如く無数に枝分かれし勇者と魔王に殺到。
鮮血の触手により手数が一気に増えたことで今度は勇者と魔王が防戦を強いられる。
「凄い……オジサンの悪者感半端ないよ……」
そこですか? いやまあ、気持ちは分かるけど。
そうこうしているとまた戦況が動いた。幾百、幾千の攻防を経て英雄さんらは互いに大きく距離を取った。
「準備運動はこれぐらいで良いだろ?」
「「ああ、こっからが本番だ」」
真っ先に大きな変化が見て取れたのは魔王だった。
纏っていた禍々しい鎧と魔剣が形を失い無形の闇に変わりその全身を包み込む。
頭上に浮かぶ黒い輪。肥大化する四肢。背中から突き出す枯れ枝のような翼。
魔王とはかくあらんと言うべき異形の姿に隣の梨華さんは悲鳴染みた歓声を上げている。
「勇者さーん! 勇者さんも当然何かあるよね!?」
梨華さんの言葉に勇者はニヤリと笑い無言でサムズアップ。
カッ! と見開かれた勇者の碧眼が黄金に染まり腰布と肌に貼り付くインナーを残し鎧と剣が光に変わる。
光は勇者の後ろで巨大な光輪となりその両サイドに無数の光剣が翼の如く展開された。
「「どうだい!?」」
「カッコ良いの盛り合わせかよ! 素敵! 最高!!」
「「はっはっは! そうだろそうだろ~!?」」
正直このノリはよく分からないが……まあ楽しそうで何よりだ。
「おうおう、JCにチヤホヤされてだらしない顔しやがってからに」
「「男の嫉妬は醜いぜ~?」」
「抜かせ。こっからは俺も少しばかり本気を出させてもらうぜ」
英雄さんは如意棒を仕舞うと代わりに大口径の拳銃と短刀を取り出した。
如意棒から一気にランクダウン? とんでもない。
拳銃も短刀も感じる力は段違いだ。まず間違いなく自らの手で強化したものだろう。
(そしてあの馴染み具合……恐らくはあれが英雄さんの本来の戦闘スタイル……)
左で逆手に握った短刀を前に突き出し右手の拳銃を身体で隠すような前傾姿勢。
誰かに習ったというよりは戦いの中で自然と身に着けたであろう構えだと思う。
勇者と魔王の顔も先ほどの緩み切ったそれから真剣なものに変わっている。
……戦う者としては私よりも彼らの方が圧倒的に上だ。恐らく私の見えないものも多く見えているのだろう。
数秒の沈黙を経て、再度衝突。
「え、あ、え……? な、何が起きて……」
梨華さんが混乱するのも無理はない。
単純に動きが速くなったのもそうだがそれ以上に異常なのは切り替えの速さだ。
短刀と拳銃での攻撃を軸にして目まぐるしく他の手札を切り続けているのだがその回転速度が尋常ではない。
勇者と魔王は先ほどより圧倒的に強くなっているはずなのに防戦一方だ。
(……なるほど。本気を出せば出すほどシンプルな構成になるわけですね)
最初にやったブラックホール形成などの高等技術は一切使用していない。
使っているのは強烈な光を弾けさせるだけの魔法や足元に泥濘を作る魔術などの初歩的なものばかり。
単体では何てことのない技術だ。しかし、カードを切るタイミングが神懸かっている。
相手が絶対に対応し切れないタイミングで使うから確実に一瞬、視界を奪える。確実に一瞬、バランスを崩せる。
勇者と魔王は視界がなくても戦えるだろう。バランスが崩れても戦えるだろう。
しかし、呼吸は確実に途切れる。それを秒単位……いやもっと速いペースで繰り返し相手の流れを小刻みに寸断し続け決してペースを握らせない。
(! 今のは回復……?)
あろうことか英雄さんは相手に回復をかけたのだ。
その意図が分からず戸惑うが……かけられた勇者を見て理解する。
(……感覚を狂わせるためですか)
傷付いた腕で振るう剣と無傷の腕で振るう剣。まったく同じになるだろうか?
否。そうはならない。達人ほどそうだろう。
負傷した状態のままでも最適なパフォーマンスを発揮するため絶妙な加減を加えるはずだ。
怪我をした状態で振るうという意識で居るところに不意打ちで回復をかけられたら僅かに……乱れる。
そして実力者同士の戦いにおいてその小さな乱れは大きなアドバンテージへと繋がる。
だから回復魔法を仕掛けたのだ。そして同時にこれは意趣返しでもあったのだろう。
見え過ぎるのも考えものだなと挑発した勇者への。
(英雄さんにとって膨大な手札はむしろ足枷でしかないんですね)
文字通り何でも出来るが、その幅の広さゆえ十全に活かし切れないことを弁えている。
だから本気になるとその殆どを封印し本気用に限定された手札のみで勝負をする。
その場その場で万や億の選択をするより事前に決めてある百の中から決めた方が早いに決まっているもの。
(全霊を尽くすなら恐らく初歩的なものから中級ぐらいのものを……百か二百ぐらい、でしょうか?)
もっと少ないかもしれない。
この戦い方に派手さはない。しかし、恐ろしく強い。
勇者と魔王が防戦を強いられ続けているのを見ればそれは明白だ。
敢えて希望的観測を述べるなら大多数は相手取れないかもしれないが……まあ、ないだろうな。
こんな器用な真似が出来るのだ。大軍相手でも上手いことやるだろう。
何なら地獄での立ち回りを見るに大軍相手の方が色々悪さが出来るから得意までありそうだ。
……この戦いを見ていて私は改めて痛感した。
(お父様、何だってこんな相手に喧嘩仕掛けちゃったんですか……)
無理でしょこんなん。




