心臓が鼓動を続ける限り
「すいません、お仕事で疲れているのに付き合ってもらっちゃって」
「気にすんなって。話を受けたのはあたしなんだから」
仕事終わり、互助会に顔を出すと開口一番光くんに謝られた。
ホント、真面目な子だ。この子を見ていると高校の頃の自分たちを思い出してとても恥ずかしくなる。
「いやでも仕事でもプライベートでも子供の面倒見させるのは申し訳ないなーって」
「ご迷惑をおかけします」
そう言ったのは梨華ちゃんとサーナちゃんだ。
……容姿は昔の西園寺と瓜二つなのに中身全然違うから未だにちょっと戸惑う。
サーナちゃんの方も未だに慣れない。暴力じゃん。こんなん発育の暴力でしょ。
顔合わせる度に拝みたくなる。同性でさえ圧倒されるわ。
「やっぱり保育士さんって大変なんですか?」
「あー……今日のあたしが疲れてんのは仕事じゃなく別口だから気にすんな」
こちらを気遣うような視線を向ける朔夜くんにひらひらと手を振る。
こっちはこっちで佐藤の親戚なのに良い子過ぎてビビるわぁ……。
マジに佐藤と同じ血が流れてんのかと疑うよな。
「それよか訓練場に……」
行こう、と言いかけたところでJC二人が待ったをかける。
「どうした?」
「折角、高橋さんが来てくれたからちょっと別にお願いしたいことあってさ」
「お願い?」
「実は秋頃に職業体験がありまして」
「それ関連で身近な大人にどうしてその職に就いたかを聞いて来るという課題が出たんだよね」
「あー……はいはい」
学生の頃、そんなんさせられた記憶あるわ。
「それで聞きたいんだけど高橋さんは何で保育士になろうと思ったの?」
「よろしければお話を聞かせて頂けないでしょうか?」
見れば男子二人も興味があるっぽい。
真面目くん二人だからな。将来を考える上での一助にしようと思ってんだろう。
「良いよ。まあ、大した話でもないがな」
あたしが椅子に腰を下ろすと女子組はノートとペンを取り出した。
……何かそこまで構えられると、ちょっと緊張するじゃねえか。
「高校の頃、あたしは手前の命を投げ打ってでも叶えたいと思う夢を追っていた」
「命を、懸けてでも……」
「ああ。でもそれは多くの人間にとっちゃ迷惑なもんでよ。結局、佐藤にシバキ回されて夢は潰えちまった」
「その時、高橋さんと鈴木さんはオジサンに女にされちゃったんだよね?」
その言葉にギョッとしたのは朔夜くんだ。
ああうん、これだけ聞けば佐藤が女に乱暴を働いたと受け取れなくもないからな。
「朔夜くん。別に変な意味じゃねえぞ? 文字通り男から女に性転換されたんだよ」
「いやそれだけでも十分おかしな事態では?」
サーナちゃんのツッコミが厳しいぜ……。
「せい、てんかん?」
「おう。しかもただ身体を女にするだけじゃねえ。思考回路も女のそれになっちまった」
生きていればどれだけみっともなかろうと何度でも夢を追った。
だが女の考え方に変わったもんだから……夢に辿り着けなくなった。
妄執の域にまで達していた夢が自分のものとは思えなくなったのだ。
「生きてはいても自分の夢が自分のものとは思えなくなってな」
……胸に穴が開くって言葉の意味を真に理解させられたよ。
まあそれはそれとして朔夜くん、ごめん。
親戚のオッサンが親友を女にするとか、変な意味でなくてもやべえよな。感覚麻痺してたわ。
「英雄おじさん……そんなことも……というか性転換なんて技術も裏じゃ当然のようにあるんだ……」
「変身魔術とかもあるんだしそう不思議なことではなくないかな」
「ああいや光くん。そうでもないんだよ。完全な性転換なんて出来んのは佐藤の野郎ぐらいさ」
「そうなんですか?」
「ああ。一時的ならともかく永続的に肉体をってなると不具合が出ちまう」
魂と肉体は密接な関係にあるからな。
前者の状態で後者に影響が出るように逆もまた然り。
「男の魂に女の身体。不具合が出て精神に変調をきたしちまう」
「……なら性同一性障害の場合はどうなるんでしょう?」
朔夜くんが鋭い疑問を投げて来た。随分な社会派じゃねえか。
ってか興味津々だな。メモまで取り出しちゃって。
「それは最初から噛み合ってないだろ? その状態がスタンダードだからそこから手を加えない限りは大丈夫」
問題は後天的に魂と肉体をずらすことだ。
表の技術で性適合手術なんてのもあるがアレは問題ない。
完全な男性体、女性体になるわけじゃないからだと思う。佐藤のは子宮も卵巣も完備だからな。
「だから完璧な性転換をやろうってんなら魂にも手を入れなきゃいけねんだが」
これが難しいなんてものじゃない。
魂を弄る技術も存在するが根本から作り直すレベルだからな。
スパコンを部品製造から組み立てまでマニュアルなしの手作業オンリーで作れって要求されるようなもんだ。
「だからそういう諸々を踏み倒して完全に性別を変えちまうアイツの技はイカレてるんだよ」
TS神拳。字面はアホ極まるがバグみてえな技なんだよなあ。
とりあえず思うのはあれだ。あたしと鈴木、んでアホな死神連中以外に被害者居なくて良かったねっていう。
「高橋さん高橋さん。話、ずれてる」
「おっとすまねえ」
「あ、私もごめん」
さてどこまで話したか。そうそう胸に穴が開いたってとこまでだな。
「胸にデッケエ穴は開いたが、あたしはまだ生きてる。
鈴木の奴はそこから無気力になって引き篭もっちまったらしいがあたしは逆だった」
その欠落があまりにも耐え難くて何かしていないと頭がおかしくなりそうだったのだ。
だから夢は潰えても人生は続くと無理矢理自分を奮い立たせて行動に出た。
「生きるためには仕事しなきゃなんねえ。でも何をやろうか? んであたしは思ったのさ」
これまでの自分と訣別する意味で自分とは真逆、まったく関わりのないようなことをしようってな。
「それで保育士に?」
「直ぐ保育士になったわけじゃないさ。最初は確か……花屋のバイトだったかな?」
そんで次はファンシーショップの店員。メイドカフェとかで働いたこともあったな。
「そうやって職を転々として、次何やろうかって時に保育士が選択肢に入ったのよ」
子供向けのイベントショーのお姉さんのバイトもやってたし本格的に子供と関わるのもありかなって。
んで専門学校行って勉強して資格を取得し就職。
「存外、水が合ってたらしくてそのまま今に至るってわけさ」
「「はー……」」
女子二人は感心したように何度も頷いている。
どういう感情なんだそれは。最初に言った通りそう大した話でもなかったろ。
「夢破れてそれでも歩みを止めずに歩き続けて良い場所に辿り着けたというのは素晴らしいことでは?」
「持ち上げ過ぎだよ」
それより、だ。
「話はこれで仕舞いだ。さっさと訓練場行くぞ。ビシバシやるから覚悟しな」
≪はい!!≫
さて……佐藤にはどんな埋め合わせしてもらおうかな?




