カッコ良い、存在理由はそれだけで十分
「次はどこ行くんです?」
「カッコ良いを作ってる奴のとこさ」
「カッコ良いを、作る?」
小首を傾げる光くん。まあこれだけじゃピンと来ないよな。
「俺も直接面識があるわけじゃないんだが……光くん、闇市行った時のこと覚えてるかい?」
「え? あ、はい」
「あたしらが西園寺と話し合ってた時か」
「あん時、変わったマジックアイテムを作ってるクリエイターと縁が出来てな」
「変わったマジックアイテム?」
「ああ。特に鈴木、お前が喜びそうなヤツだぜ」
そう言ってチャラ男くんが作った味覚強化のピアスを見せてやる。
「これは味覚を強化する術式が刻まれたピアスでな」
「味覚を強化って……そんなことが出来るんですか?」
「出来るよ。まあわざわざこんなん作るのは稀だが」
ともかくだ。QOLを上げるという道に商機を見出してるチャラ男くんとはあれからもちょこちょこ連絡を取っててな。
「世間話の中で面白いクリエイターの話が出たんだよ」
「それがその、カッコ良いを作るという……?」
「ああ」
さて、そろそろだと思うが……お、来た来た。
「さーせん、お待たせしちゃって」
「良いよ良いよ。悪いね、わざわざ」
「いえ。全然大丈夫っす。あ、ども皆さん。俺、鯵って言います。よろしくお願いしゃーす」
「鯵……」
「偽名だよ。この界隈じゃ珍しくもない」
チャラ男くんこと鯵に連れられ、都内某所の異界へ向かう。
俺も鯵から聞いて初めて知ったんだがクリエイター連中が根城にしてる異界があるらしいのだ。
創作活動以外で金を使いたくないから金のない連中はそこに住んであれこれやってるとのこと。
鯵も元はそこに住んでたらしいが俺からの資金援助を受け余裕が出来たので表にも拠点を作ったらしい。
「ここっす」
「「「九龍城かよ」」」
口を揃えてツッコミをかます俺たち大人組。
光くんはピンと来ないようで首を傾げている。や、俺たちも直撃世代ってわけじゃないんだけどね。
ガキの頃には大本は取り壊されてたし……待て、じゃあ何で俺らは知ってんだよ……?
こういうどこで知ったか分からない知識って冷静に考えるとちょっと不気味だわ。
「あ、来た来た」
違法建築マンションの近くにあるヤバい雰囲気の公園で待っているとそいつは姿を現した。
チャラ男の友人はチャラ男ということだろう。現れたのもピアスをじゃらじゃらつけたチャラそうな奴だった。
「わ、マジに佐藤さんだ。生佐藤さんだ。あの、写メ良いっすか?」
「しょうがねえなぁ」
「ざっす」
ゴクゴク自然に俺に身を寄せ腕を回すチャラ男2。
ツーショットかよ……別に良いけど。
「後でつれに自慢しよ……あ、自分鰯って言います。よろしくお願いしゃっす!」
何で魚類縛りなの?
「鰯~お前、ちゃんと持って来たんだろうな~?」
「ったりめえだろ。上手いこといきゃパトロンなってくれるかもしんねえんだから」
鯵に紹介を頼む際、出来次第では鯵のようにまとまった金を出してやることを伝えてもらった。
礼というわけではなく鯵のように見込みがありそうなら金を出しても良いと思ったからだ。
「まずはぁ……こんなんどうっすかね?」
「指輪か」
サプライズを楽しむため敢えて目の精度は落としてあるので見ても効果までは分からない。
「とりま、そこの……」
「暁光と申します」
「え、名前からして既にカッコ良いじゃん。それでも尚、貪欲にカッコ良さを求める姿勢……嫌いじゃないぜ!」
「ど、どうも」
光くんのことも事前に伝えていた。
カッコ良いを求めてるということで好感度は最初から高かったらしいが、更に上昇したようだ。
「あっくん、魔術とか使える?」
「簡単なものなら」
「じゃあこの指輪つけてファイアボールあたり出してみ」
「は、はあ」
言われるがまま指輪を嵌め、光くんは火球を放ったのだが……。
「こ、これは!?」
その炎は通常のそれではなく禍々しい漆黒に変わっていた。
しかも何か炎のうねり方までカッコ良い感じになってたぞ。
「次、サンダー系よろ」
「は、はい!!」
期待を隠しきれない様子の光くん。
直ぐに魔力を回し、今度は雷を放つ……これまた通常のそれではなかった。
漆黒と真紅が混ざり合った何とも言えない色で雷の軌跡もやたらとカッコ良い感じだった。
「次、強化魔法。軽くで良いからさ軽くで」
「……!!」
ぶんぶんと力強く頷いた。光くんの心はもう、完全に奪われてしまったようだ。
「「「おぉ……!」」」
指輪をつけた人差し指から鮮血のような紅いラインが葉脈のように腕を伝って顔まで伸びている。
目も白目と黒目が反転し、何ともまあ禍々しい具合に。
鰯はフッと笑い、光くんに手鏡を渡す。
「か、かかかかカッコ……えぇ!? ありですかこんなの!!」
改めて語るまでもないかもしれんが一応、説明しておくとだ。
見た目が変わっただけでそれ以外に特別な点は一切ない。
威力が跳ね上がっているとか強化の値が大きいとかそんなんは一切ない。マジで見た目だけだ。
しかし意味がないかと言われればそれは違う。あのキラキラした瞳を見れば分かるだろ?
「気に入ってくれたみたいね。それ、お近づきの印にあげるよ」
「いやいやいやいや! 貰えませんって! 払います! お金払います! 今は手持ちがないけど……」
「良いの良いの。確かに~マネーは重要よ? 何のかんの金がなきゃやってけねえし」
でも、と鰯は誇りに満ちた顔で笑う。
「そーゆー感動が欲しくて俺らはクリエイターやってんの。だから遠慮なく貰ってちょ」
「い、鰯さん……」
粋なことを言うじゃねえの。だがその心意気や良し。
「鰯、俺もテメェが気に入ったぜ」
心意気もそうだが実力もな。
職人の腕を見たいならシンプルな作品を見せてもらうのが一番だ。
シンプルなものだけに作り手の実力がダイレクトに伝わって来るからな。
そういう意味で最初に見せた指輪は……悪くねえ。
鯵の時、味覚強化のピアスで全部買うことを決めただろ? それと同じさ。
「! おい、鰯!」
「い、良いんすか!? マジで!?」
「ああ。投資するに足るもんは見えた」
つーか俺もその指輪欲しい。いや、自分の力で再現は出来るよ?
でもそれじゃ蒐集家としての欲が満たされないじゃん。
「とりあえず今ある作品、全部買い取るからよ。魅力が伝わるよう存分にダイマしてくれや」
「さ、佐藤さん……あざっす! 全力で宣伝させてもらいまっす!!」
次、どんな物が出て来るのか。俺たちは少年のように胸をトキめかせていた。




