少年ハート
(さてはて、光くんの相談とは何じゃろな)
今日は訓練の日。
会社終わりに子供らを鍛えていたんだが小休憩中、
『……終わった後、少しお時間頂けますか? ちょっと相談したいことがありまして』
と耳打ちされたのだ。
真剣ではあったが深刻そうな感じはなかったが……何なんだろな。
施設の屋上でコーヒーを啜りながら待っていると、
「すいません、お待たせして」
「良いよ良いよ。ほい、コーヒー」
微糖を投げ渡す。
……俺の大好きなゲロ甘、子供らにも基本ウケが悪いんだよなぁ。
サーナちゃんは美味しそうにゴクゴク飲んでるんだが。
「「……」」
少しの沈黙。焦らず、俺は黙って言葉を待つ。
「ゴールデンウィークに裏の世界に巻き込まれて……そこそこ経ったじゃないですか」
「そうだねえ」
「慣れた、と言うとおこがましいかもしれませんが。当初の張り詰めた気持ちもなくなって今は良い感じにやれてます」
そこは別に慣れたで良いと思うけどな。
油断はよろしくないが、気を付けたところで天井知らずの世界なんだし。
「順調に強くなってるし、妹たちの学費やら貯金も順調……だもんで結構、余裕が出て来たんです」
「それは良いことだ」
余裕のある人間とない人間。どちらが良いパフォーマンスを発揮出来るかなんて論ずるまでもない。
物的にも精神的にも余裕があるってのは本当に大事なことだよ。
「そのせいで、こう……特に益もない個人的な欲求がむくむくと顔を出して来まして……」
「ほう?」
おいおい、楽しい風向きになって来たじゃねえか。
控え目で自分を後回しにする光くんが自分の欲を、なんてさ。
野次馬根性もあるが、一人の大人としても嬉しい限りだ。
「……佐藤さんは薄々気付いてるかもしれませんが俺、カッコ良いものが好きなんです」
「だろうね」
ってか梨華ちゃんやサーナちゃんも気付いてると思う。
まだ付き合いの浅い朔ちゃんは気付いてないかもだがその内、気付くだろう。
「暁光と丑三もカッコ良いけど、やっぱり物足りなくて」
暁光というのは光線剣。丑三というのは漆黒の高周波ブレードのことだ。
自分でオリジナルネームつけちゃうあたり光くんも男の子だなって。
というかそんなことしてて俺以外に気付かれてないと思ってるのはどうなのか……。
「もっと色々なカッコ良いを手に入れたくて」
「なるほど。よ~く分かった。ああ、俺も男だ。その気持ちは痛いほど分かるぜ」
「佐藤さん……!」
「良いぜ。とことん付き合おうじゃないの。光くんのカッコ良い探しによォ!!」
俺も何か興奮して来たぜ!
「ありがとうございます!!」
「礼なんざ要らねえよ」
水臭え。
「さしあたっては……光くんの中にあるカッコ良いを言葉にすることからだな」
「言葉に、ですか?」
「ああ。自分が何に惹かれるのか、その傾向を洗い出してみるのさ」
カッコ良いと感じる事柄は幾つもあるだろう。
だからこそだ。全部言葉に出来なくてもある程度形にしてやれば好みも何となく分かる。
「とりあえずあれだ、カッコ良いと思うシチュとか技とかについて考えてみよう」
「はい! ……ああでも、いざ挙げるとなると難しいですね」
そうだな。男の中には星の数ほどカッコ良いが眠ってるもん。
「ならまずは俺から。指揮者の動きってカッケーと思わないか?」
「指揮者の動き、ですか?」
「ああ」
とん、と屋上の柵に飛び乗り夜の街を見渡す。
「眼下に広がる街が戦場だったとして……こんな風に」
幻術で架空の戦場を創り出し、ゆったりとした動きで指揮者のように腕を振るう。
「か、カリスマヴィランって感じでクールです!!」
「だろ? 戦場を操ってる闇のコンダクターって感じでカッケーよな」
だが指揮者ムーブはそれ以外にも転用出来る。
今度は炎を生み出す。夜の闇を切り裂き煌々と燃え盛る炎。
それは俺が腕を振るう度、まるで生き物のように駆け回り変幻自在に姿を変える。
「はわわわわ……!!」
「ふふふ、正しくハートに火が点いたようだ。何か思い浮かんだんじゃないか?」
「はい! あの悪役ってかダーク系なんですけど……影を操るって良いと思いません!?」
分かるマン。頷きつつ柵から飛び降り屋上に帰還する。
「佐藤さん、影を操る技術とかは……」
「当然、存在する」
固有能力が影を操るとか、ってのも多いが誰にでも習得出来る技術で影を操ることも出来る。
固有能力に比べると自由度や強さって意味では劣ることが多いけどな。
磨き抜いた技術なら差はないし、何なら固有能力を凌駕することも出来るけど……何のかんの生まれつきってのは強い。
「光くんが比較的簡単に覚えられそうなのだと……魔術による影の操作かな?」
物理現象という意味では影に影以上の意味はない。
しかし霊的、オカルト的な意味で言えば様々な解釈がある。
光によって浮彫になったもう一人の己。影を操ることはすなわち己を支配するということでもある……みたいに。
ドッペルゲンガーなんかも影という概念と結び付けて語られることが多いな。
「お……おぉおおおおおお!?」
月光に照らされ屋上に映し出された俺の影がとぷん、とぷんと波打つ。
うねうねと蠢きやがてそれは人の形を成す――――ダーク・佐藤の誕生である。
「魔術による影の操作で有名なのは収納だな」
ダーク佐藤を解除し、元の影に戻す。
そして蔵の中からこっそり影に転移させていた大太刀を影から引き抜く。
「影から武器を出す! ありです! ありありのありです!!」
「だろ?」
「しかも何か曰くつきっぽい感じの武器なとこがポイント高い!!」
分かってるじゃないか……。
「あと影そのものを攻撃に使うやり方も」
「形を変えて剣とかにしたりですか?」
「そういうのもあるが概念的な攻撃さ」
物や人に光が当たった結果、暗い領域が生まれる。
しかし見方を変えると影が光を塗り潰していると言えなくもない。
そういう考え方の上に術式を構築し影を用いて光の存在を塗り潰す=物質を破壊するのだ。
「俺もそういう技は幾つか編み出してて……日食み、月食みってのがある」
「日食、月食が名前の由来ですか? もうその時点でカッコ良い……で、どんな技なんです?」
「文字通りさ。日の光を喰らって破壊的な影を生み出すのが日食み、月の光を使うのが月食みだ」
月食みを発動。途端に屋上を照らしていた光が生き物のように俺に吸い込まれていく。
すっと手を掲げるとバレーボール大の光の球が浮かび上がる。
これが今、屋上を照らしていた月光だ。
全て奪い去り今も吸収し続けているので月が当たっているにも関わらず屋上に光はない。
「コイツを影に変換する」
光球影で形成された細身の長剣に変化させ軽く地面を斬り付ける。
軽く撫でただけだが切っ先が触れた部分が物の見事に抉り取られた。
「よーく見てな」
今度は切っ先を月に向かって掲げる。
「お、おぉ……力が、ドンドンと膨れ上がっていく……」
「術式の起動にコストは要るが一端発動しちまえば後は天井知らずだ」
日の光も月の光も無尽蔵だからな。お手軽に大火力が出せる。
「……やばい、どんどんインスピレーションが沸いて来る」
「我慢するこたぁない。全部ぶちまけな。トコトンまで付き合うって言ったろ?」
「ッ……はい!!」
結局、明け方近くまで熱く語らうことになったが俺たちに後悔はなかった。




