運命を感じる
「悪い朔ちゃん、待たせちゃったな」
「ううん。気にしないで。お仕事お疲れ様」
仕事終わり、待ち合わせ場所に向かい朔ちゃんと合流。これから二人で外食なのだ。
新しい学校での生活がスタートを切ったからそのお祝い……ではないな、激励がてらな。
ホントは昨日にするつもりで前から店に予約を入れていたのだが、店側の都合で急遽一日ずれてしまったのだ。
別のとこでも良かったんだが話をした時、朔ちゃんも楽しみにしてくれていたみたいだからな。
「ところで朔ちゃん。今日で二日目だがどうだい?」
初日は緊張の方が大きいだろうが二日目ともなれば少しは視界も広くなる。
何となく程度には空気を掴めたのではないかと思うが……。
「そうだね……まだ見えてないこともあるだろうけど良い人が多いから上手くやってけると思うよ」
「そうか。勉強の方は?」
「前のとこと近いレベルの学校にしてくれたお陰で殆ど誤差だね。少し、向こうのが早いかな? ってぐらい」
そうか。勉強のことはよく分からんから分かる奴に頼んだんだが問題なさそうで何よりだ。
裏に足を踏み入れちまったとは言えメインは表だからな。
表で生きていくために力をつけるんだから表の生活に支障が出るとか本末転倒だもん。
……まあ勉強と訓練の二足の草鞋はしんどいだろうが、頑張って欲しいものだ。
「っと、ここここ」
「……雰囲気あるね。緊張して来た」
「大丈夫大丈夫。大将は気さくな人だから」
けらけらと笑い入店すると威勢の良い声が俺たちを迎えてくれた。
「やあ、すまんねヒデさん。折角予約入れてくれてたのに」
「良いよ良いよ。師匠が急に倒れたんだ。急いで駆け付けるのは当然だよ」
「まあその師匠には店ほっぽって何してやがんだって殴られたがね」
「はは、頑固爺って感じだなぁ。一日だけその師匠さんの代理で包丁握ったんだっけ?」
確か大事なお客さんが来るとか言ってたな。
「ああ。店開けられるレベルの弟弟子も居るには居るんだが丁度、新婚旅行で休んでる最中でな」
「そりゃしょうがない。店の方は?」
「弟弟子が今日、帰国したから明日からは通常営業だよ」
そりゃ重畳。
「ま、兎に角だ! 迷惑かけちまった分、たっぷりサービスさせてもらうからよ!」
「ああ、期待しとく」
「おうとも! ……それはそうとそちらさん、ホントにヒデさんの親戚かい? えらく利発そうな印象を受けるんだが」
「最近料理を習い始めた未熟な腕で三枚におろされてえのか」
「あはは、お二人は仲が良いんですね」
出された茶を啜りながら朔ちゃんが笑う。
「まあヒデさんとはかれこれ……どんぐらいだっけ?」
「二十歳ん時だから十五年近くだな」
「そうか。もうそんなに経つのか」
「昔話も良いが腹減ってんだ。テキトーにおススメ頼むよ」
「あいよ――――ああそうだ、坊ちゃん。食べられないものとかはあるかい?」
「いえ! 大丈夫です! 好き嫌いもアレルギーもないので!」
「そうかいそうかい。そりゃ良かった」
朔ちゃんも気になってるようだし支度を始めた大将に昔語りを引き継ぐかね。
「俺がこのオッサンと出会ったのはさっきも言った通り二十歳の頃だ」
「まだまだぴかぴかの新社会人だね」
「おう、弾けるフレッシュさでぶいぶい言わせてたよ」
その日、俺は夜中まで飲んでべろんべろんに酔っていた。
流石にお開きにしようってことで解散したんだがな。
あんまりにも気分が良いもんで家に直帰するのも馬鹿らしく夜の散歩と洒落込んでいたのだ。
「んで催して来たもんで近くに公園があったからふらふらと入ったのよ。したらベンチにこのオッサンが居たわけ」
「……結構な時間だったんだよね?」
「ああ。ワンカップ片手に項垂れてた」
今の溌剌とした姿からは想像出来ないぐらいしみったれてた。
「弟子入りして三年目。怒鳴られるばっかで褒められたことは一度もなくてねえ」
「見込みはないんじゃねえか、諦めて別の職に就いた方が良いんじゃねえかって不貞腐れてたのよ」
そこに酔っぱらった俺が絡んで行って付き合いが始まったのだ。
「へいお待ち!」
「わ、美味しそう……じゃあ早速、頂きます」
お行儀良く手を合わせ箸を伸ばす朔ちゃん。
最初はイカか。美味しいよねイカ。俺も好きだわ。
「うっま!?」
「はっはっは! そりゃ良かった!!」
「大将さん、若い頃に諦めなくて正解でしたね!」
素人の私が偉そうに言うのもあれですけどこれだけ美味しいお寿司が握れるんですもん! とベタ褒め。
素人とは言うがあのクオリティのお節が作れるんだ。確かな舌を持ってるだろうしこれぐらいは言っても良いと思う。
「そりゃヒデさんのお陰さね」
「英雄おじさんの?」
「知ってると思うが、ほらこの人病的なまでに口が達者だろう?」
「ええ、それはよく知ってます。年末に帰省して来た時とかやり手の司会者かってぐらいトーク回してますし」
「それで俺のことも上手いこと乗せてくれちゃってねえ。今じゃこの通りってわけよ」
そうは言うが大将の実力ありきだから俺のお陰なんてことはないだろう。
ちょっと凹んでただけで、俺が居なくても問題なかったんじゃねえかな。
「謙遜しなさんな。ヒデさんは俺の恩人だよ」
「んなこと言われてもなぁ……大将、名前からしてもう寿司職人になるために生まれて来たようなもんじゃない」
「どんな名前なんですか? マグロとかですか?」
「「大平将梧」」
「え、あ、じゃ大将ってそういう!?」
うん。俺が大将って呼んでるのはあだ名である。
「大将なんてあだ名をつけられそうな奴が寿司職人志してるとかもう運命じゃん」
「えぇー……」
まあ大将ってのは別に寿司職人限定ってわけじゃないけどさ。
でもそんなあだ名をつけられそうなのが寿司屋で修行してるのには感じるだろ運命。
実際、今では独り立ちして立派に店を切り盛りしてるんだから俺の感じた運命は間違ってなかったわけじゃん?
「動機はともかくだ。凹んでる時に気持ちを上向けてくれたり試食に付き合ってもらったりと本当お世話になったのさ」
「う、うーん……動機聞かなかったら素直に感動出来てたんだけど……まあでも英雄おじさんらしいや」
「だろ? 初対面の人間でも世話焼いちまうんだよこのお節介さんは」
はいよ、と俺の分も届く。
「うぇ!?」
朔ちゃんが俺の寿司下駄を見てギョッとする。
「え……さ、サラダ巻き? それに……」
「ローストビーフだね」
「朔ちゃんの言いたいことは分かる。回転寿司ならともかくこういうお高そうなとこでも出してるとは思わんかったんだろ?」
「坊ちゃん、サラダ巻きは嫌いかい?」
「いや好きですけど……美味しいですし」
「だよな! 俺も大好きさね。コンビニで飯買う時は必ず選ぶし回転寿司行っても最低五皿は頼む」
「お寿司屋さんが回転寿司行くんですか!?」
良いリアクションだぁ。
「そりゃあ行くさ。美味い、楽しい、無敵のジャンルだもの回転寿司」
「何なら大将、家庭用の回転寿司マシーン持ってるからね」
誕生日とか記念日に自分で握って皿に乗せて回してる。
俺も誕生日にお呼ばれされたことあるんだがすげえ楽しかった。
「……話を聞くに大将のお師匠さんって結構昔気質な人ですよね? 怒られませんか?」
「仕事の質にゃうるさいが、あくまで寿司を食うのは客ってスタンスだからねえ」
変えるべきではないと思った部分は梃子でも変えないがそれ以外は柔軟だと大将は笑う。
「というかサラダ巻きぐらいは回らない寿司でも出してるとこはそれなりにあるよ?」
「そ、そうなんですね……」
「まあでも朔ちゃんの言うことも分かるよ。やっぱイメージが先行しちゃうよな」
だからこそ俺はここに連れて来たのだ。
回らない寿司って言うとどうしても肩に力入っちゃうからな。
その点、ここは回らない寿司で職人の腕も確かだが軽いのもバンバン出してるから自然と肩の力が抜ける。
「……じゃ、じゃあ次はそういうのお願いしても良いですか?」
「任せておくんな!!」
期待を込めた朔ちゃんの視線にドンと胸を叩く大将。
(ふふふ、連れて来て正解だったな)




