画面の向こうの一番星
千佳さんとの再会の切っ掛けになったのが彼女の経営する会社への謝罪だ。
松本くんがやらかしたものの上手いこと挽回し今も取引がある。
直接の担当者は俺じゃないが、それでも大きな話となると俺が出張ることもあるわけだ。
……まあ、見られちゃったからね。チカちゃん、ヒロくん、言うてるところを。
触れないようにしてくれてるがあっちに出向いた時は女子社員から好奇の目で見られたりする。
(……営業に行ったのが俺じゃなくて良かったわ)
それで契約成立ってなったらどう考えても私情だろって陰口叩かれるもん。
やらかす前に殆ど話がまとまりかけてたってのは大きい。
……今も切れてないのはコネじゃないの? と言われんようWin-Winになるようホント気を遣う。
千佳さんもそこらは分かってると思うんだがあろうことか仕事の話が終わった後で相談があるの、などと誘われてしまった。
公私しっかりしてる千佳さんらしくないと思ったが、浮かない顔を見るに余裕がないのかもしれない。
(俺で大丈夫だろうか……)
今、社長室で二人テーブル越しに向き合ってるんだが千佳さんの顔は暗い。
マジで何なんだ。俺で力になれることだろうか?
「……うちって美容関係じゃない?」
「う、うん」
長い沈黙の後、千佳さんはそう切り出した。
え? 仕事の話? それなら話し合いの場でやれば良かったじゃんよ。
と思いつつも俺は内心、小首を傾げる。
さっきの話し合いは普通に上手いこと進んだ。何か問題があったようには思えないが……。
「だから広告もバンバン打ってるわけ」
そうね。美容関係で社長が美人って強いよなと常々思う。
千佳さんはあんま目立つのが好きじゃないのか自分をガンガン押し出しはしてないけど勿体ねえよ。
俺が千佳さんとこの部下ならこれでもかってぐらい利用してるね。勿論、しゃしゃり過ぎって言われないよう気を付けて。
「それで……その、美容関係だから当然女優とかアイドルとかモデルを広告塔にするでしょ?」
「するねえ」
「……ぶっちゃけ私って芸能関係はそこまで詳しくないから下に丸投げしてるわ」
しゃーない。適材適所だ。
社長だからって万能を求められても困るだろう。
「起用が決まりそうな段階で資料を提出してもらってどんな感じかを把握するってのがパターンなの」
「はあ」
「今回もそう。ここ数年で頭角を現して来た新進気鋭のアイドルグループをって話になって資料が来たんだけど……」
千佳さんは部下から送られたであろう資料をテーブルに置く。
開けても? と目で問うと頷かれたので中を検め――――理解した。
「これ、あの……堅気だと思う?」
ユニット名は純愛★万魔殿。
ルシファー星野、ベルゼブブ安田、ルキフグス斎藤からなる三人組のアイドルユニットだ。
「映像とか見てると、何かこう……引っ掛かるものがあって……ヒロくんの意見を聞かせてもらいたいの」
スマホを操作し動画を再生しようとする千佳さんを手で制し、俺は告げる。
「合ってるよ。つか本人だもんコイツら」
「……はい?」
「だからマジモンのルシファー、ベルゼブブ、ルキフグスなんだって」
千佳さんはフレーメン反応起こした猫みてえな顔で固まってしまった。
「千佳さんが裏に復帰してまだ半年も経ってねえからなぁ。知らなくてもしゃーないか」
コイツらが活動し始めた時、裏は大騒ぎだったよ。
何せ政府と互助会から正式に依頼が来たからね。連中が何を考えてるのか聞いて来てくれって。
アホらしいと思ったが、俺も気にならないわけではなかったので事務所に直接乗り込んだっけなぁ。
「な、何で魔界のビッグネームがそんな……」
「ざっくり言うと信仰を集めるためだな」
信仰ってのは何も神だけのものじゃない。
人外は大体、人から向けられる感情を力に変える機能が備わっている。
中でも日本人は良い“カモ”だったりするのだ。
クリスマス楽しんだ数日後にゃ寺行って除夜の鐘ついて、神社に初詣。
日本人の緩い宗教観を説明する上でよく使われる例えだが正にそれ。
熱心な信徒になり一途な信仰を捧げるって意味では不足だが、ちょっと噛み程度の信仰なら日本人を標的にするのが一番だ。
「いや、でも……何でアイドル……?」
「新規開拓だよ」
この国でルシファーつったらなあ? 中二病の代名詞の一つみたいなもんじゃん?
ルシファーカッケー! って信仰を男子ィ! からガンガン集めてるよアイツ。
「だから別方面でも日本人から信仰搾取したろってなったんよ」
「それで、アイドル?」
「うん」
ルシファー筆頭にビッグネームの悪魔を女体化する系の創作も結構存在する。
そしてそれらはオタクに受け入れられてるがまだ掘れる! と思ったらしい。
んで二次元だけでなく三次元でもと考えた結果がアイドルなんだってさ。
「……理由は分かったわ。いや理解は出来ないけど。でもそれ、大丈夫なの?」
悪者が力をつけることになるわけだからな。
人間からすれば確かによろしいことではないだろう。
「少なくともこの国では好きにして良いみたいだぜ?」
俺が乗り込んで来ることはあっちも織り込み済みだったのだろう。
説明を聞いた後で、日本政府とのパイプになって欲しいと頼まれた。
パイプつっても話し合いの場を設ける程度だがな。
「……何らかの密約を交わした、と?」
「多分な」
他所の神話の神やら化け物がちょこちょこ日本で暴れてるけど自分らはやらないよって契約とかだろ多分。
ただやらないのはルシファーを含む三人で悪魔全体ってわけではないはずだ。
悪魔側としては許容出来ないし政府としても悪魔とずぶずぶの関係だと糾弾されかねないから合意の上だろう。
「……裏の人間は納得してるの?」
裏の人間全てが政府や互助会の犬ってわけじゃない。
当然、勝手に魔王どもを受け入れたことに対する不満は出たさ。
出たんだけど……。
「けど?」
「アイツらやり口が巧妙なんだよ」
あのー、何だろ。ハリウッドスターが日本食好きアピールとかすると途端に好感度上がっちゃうだろ?
あれの超上位互換みたいなもんだと思ってくれ。
ルシファーたちは不満を持つ層に巧妙極まる日本好きアピールをかまして不満を抑え込んだのだ。
……いや抑え込むどころの話じゃねえな。
「身命を投げ打ってでも追い出すって意気込んでた奴が今じゃ立派なドルオタになってたりするし」
「何てこと……」
頭を抱える千佳さん。真面目な彼女にとっては頭が痛い問題だろう。
「とりあえず、だ。起用は間違ってないと思うよ。出来る奴らではあるし」
「そりゃ……そうでしょうけど……」
まあうん、頑張れ社長。




