ぼくごちゃい!
「ママ~」
「あらあら、どうしたのヒデ太くん?」
「世のすべてを思い通りに出来る秘密道具くれ」
「――――舐めるな三十五歳」
吐き捨てるようにママは言った。
「だが待って欲しい。三十五歳から三と十をどかせば……?」
「勝手にどかすんじゃないわよ」
五歳児作戦失敗か。
まあ成功したらしたで五歳児がオカマバーなんぞに来てんじゃねえって話だが。
「部長って甘えられる人にはグイグイ行きますよね」
「そりゃな」
余裕ある人間にしか甘えらんねーよ。
余裕のない人間にもたれかかっても共倒れになるだけなんだし。
「とりあえずビールちょーだい」
「結構余裕あるんで高いのでも大丈夫っすよ?」
「バッカおめー。俺の一杯はビールからって紀元前から決まってんだよ」
ビールが好きなんだよ。愛してるんだ。どうしようもないぐらいに。
高い酒は高い酒で美味いし、それなりに嗜むけどホッとしたい時はビール以外にはあり得ない。
「あらあら、今日は井上くんの奢りなの?」
「っす。宝くじ当たってあぶく銭が出来たんでお世話んなってる部長に還元しようかなって」
「そう。ふふ、本当に仲よしさんねえ」
「駆け出しん頃からの付き合いなんで」
立派になったもんだよホント。
「「きゃんぱ~い♪」」
グラスを打ち合わせ乾杯。半ばほどまで流し込む。
麦の風味と舌に刺さる苦味が全身の細胞を活性化させているような錯覚を覚える。
仕事終わりの一杯でしか味わえない感覚だ。
「っはぁー……ッッ!!」
ビールって無敵だよな。
単品でも無敵なのに夏という季節が更に強力なバフかけるんだもん。
「ところでヒデちゃん、ちょっとお疲れ?」
「あらら、分かる?」
「分かるわよそりゃあ。長い付き合いだもの。何かあったの?」
「あー……部長、今日二件も恋愛相談受けちゃって」
「それも両方別れ話っつーな」
勘弁してくれよ……。
「今日だけじゃなく、定期的に部下から恋愛相談受けるのよ俺」
しかも営業部だけじゃなく他所の子からもな。
「何で俺にそういう話持ち込むかなぁ」
割り切った付き合いばっかで真っ当な男女交際の経験ねーつってんのによ?
それでも相談が絶えないのだ。他の男女交際経験してる同僚とか先輩のが良いアドバイスくれるってマジ。
「何だかんだ的確なアドバイスしてるからじゃないっすか?」
「ああ、居るわよね。自分の恋愛は全然なのに他人の恋愛事情には強い人」
うるせえ。
「的確なアドバイスっつーけどさぁ」
俺は打ち出の小槌じゃねえんだぞ。
振れば簡単に出るってわけじゃないの。必死こいて考えて一番、合ってそうなのを伝えてるだけ。
「ぶっちゃけプレッシャーなんだよ。ひと様の恋愛事情に関わるとかさぁ」
俺のせいで話が拗れたらどうしよう……とか毎回思ってるからね。
だって縁が合って交際することになったわけじゃん?
それはとても素晴らしいことだと思うの。だからこそ無責任な第三者が何か言って良いものかって……。
「些細なことで人間関係ってのはあっさり変わっちゃうもんだし……」
「相談する側、そこまで重く捉えてると思ってないですよ」
「妙なとこでピュアよねえ、ヒデちゃん」
「というかそれなら恋愛以外の対人関係はどうなんです?」
「そっちはほら、それなりに経験積んでっからさ。ある程度、自信持って言えるっつーか」
出会った人間全てとパーフェクトコミュニケーションかまして良い関係を築いたわけではない。
当然、失敗もあるさ。でも成功のが多いし、現実問題俺は今楽しくやれてるわけだろ?
しっかりした背骨があるから友人関係とかについては気負わずに居られるんだよ。
「でも恋愛はなぁ」
ホント、ダメ。昔も今もダメ。
千佳さんの好意に流れに身を任せるって選択してる時点でもうダメ男だもん俺。
んで分かってて結局、他に良い案思い浮かばないあたりどうしようもない。
「めんどくさい男だわねぇ……でも、そうやって真剣に考えてくれるから皆、ヒデちゃんに頼るんじゃない?」
「そう、なのかなぁ?」
「だと思いますよ? テキトーに話聞かれるより自分のことみたいにマジで悩んでくれるのって地味に嬉しいですもん」
「そうかぁ……それは、ありがたいことだが……」
理由は分かったけど困ることには変わりねーっていうか……。
「あ、そういや部長。ちょっと前から親戚の子を下宿させてるみたいですね」
「ん? ああ」
朔ちゃんのこと隠してるわけではないが公言しているわけでもない。
社長を含む子持ち何人かに相談持ちかけたから、そのどれかから漏れたんだろう。
「ひょっとして遅くまで付き合えないってのは」
「親戚のおじさんが夜中、べろんべろんで帰って来たら嫌だろ?」
時間帯によっては寝てるとこを起こされたりするかもしれない。
それは流石にな……俺が高校の頃は夜更かしが基本だったからアレだが朔ちゃんは優等生だし。
「あらまあ、初耳だわよ私? 水臭いわねえ」
「ごめんごめん」
「親戚のお子さんはお幾つ?」
「高校二年生」
「まあ。なら恋愛相談が苦手なんて言ってる場合じゃないんじゃない?」
「そうそう。男子高校生とか思春期っつーかほぼ発情期みたいなもんですし」
…………否定は出来ねえなあ。
俺も、周りに居る奴らもそんな感じだった。気取ってる高橋や鈴木は別だがな。
「まあでも朔ちゃん……ああ、親戚の子ね? あの子はドがつく真面目だからなぁ」
ぶっちゃけた話、男女の付き合いとかの悩みはなさそう。
今の時代に不純異性交遊とか言い出しそうなぐらいには生真面目だし。
「……その子、本当に部長と同じ血が流れてるんです?」
「失礼な……親御さんの教育だよ」
「それ逆に自分のご両親をディスってない?」
「ディスってはねえよ。親父とお袋は仕事の都合で海外に居て高校時代は一人暮らしだったんだぞ俺?」
なのに道を踏み外さなかったってことはそれまでの教育の賜物だろ。
多少馬鹿になる程度で済んでるんだからな。
子供一人残してったことは……まあ俺なら大丈夫って信頼もあったんだと思う。
「子育てに絶対の正解なんざねえんだから俺も朔ちゃんも真っ当に生きてるならそれで良いんだよ」
皆違って皆良い。誰の言葉か知らんが金言だねホント。
「それよりさ。高校時代の話で思い出したんだけど」
それから二時間ばかり楽しく飲んで帰宅。
まだ十時を少し過ぎたぐらいなので朔ちゃんもまだ起きていて俺を迎えてくれた。
「夕飯はどうする?」
「ん、まだ良いかな。食べる時は自分で温めるよ」
「りょーかい」
「時に朔ちゃん」
「なに?」
「朔ちゃんって……恋愛とか、その……どうなん?」
あの時はああ言ったが、ちょっと気になったので聞いてみることにした。
「オジサン、なるたけ朔ちゃんの力になってあげたいとは思うけどさぁ……正直そっち方面は苦手なのよね」
「あはは! 大丈夫大丈夫。興味がないとは言わないけど……まあ、その前にやることがあるでしょって感じ」
「そう? それなら良かった……とは違うか」
「ふふ、英雄おじさんってば変なとこで真面目だなぁ」
ちょっと安心した。




