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【書籍化】主人公になり損ねたオジサン【12/10発売】  作者: カブキマン
本編

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おかえりと言ってくれる人

(やっぱ納得いかねえ……)


 一日経って会社終わり。

 電車に揺られながら俺は未だ昨日のことを引き摺っていた。


(要望通りの仕事こなしただけじゃん!)


 ……個人的な楽しさがなかったかと言われれば嘘になるよ?

 うん、俺も高橋も鈴木もめっちゃ楽しんでた。

 デカイ集団に少数で喧嘩を売るってのはやっぱり面白いよ。

 こっちが不利だからって言い訳して理性を溶かしてくのがまた……まあそこは置いておくとしてだ。


(望まれた通りに振舞ってその結果、ちゃんと成果出したのにさぁ)


 酷くない? 冷えっ冷えだったわ空気。コイツらマジか……みたいな視線が刺さる刺さる。

 だけど負けない佐藤くん。佐藤くんはマッチ売りの少女並に健気と言われるほどだからな。

 無理解に耐え、何でもないように振る舞いますとも。


(あ、そういやトイレットペーパー切れそうなんだっけ)


 駅を降りてそのまま家までの道を歩き出そうとして気付く。

 少し遠回りになるがドラッグストアに寄ってから帰ることにした。


(……ついでにお菓子も買うか)


 ドラッグストアって魔性の店だよな。

 必要な物だけを買うつもりでも、気付けば普通のスーパーで買うより安いお菓子とかカップ麺買っちゃう。

 買い物を済ませ今度こそ寄り道はせず自宅へ。


「ただいま」


 少しして、


「おかえりなさい英雄おじさん」


 エプロン姿の朔ちゃんが来て俺を迎えてくれた。

 朔ちゃんが家に来て今日で三日目だが……やっぱ良いなぁ。


「……あの、もういい加減スルー出来ないから聞くけど何で毎回涙ぐんでるの……?」


 俺の上着を受け取った朔ちゃんが得たいの知れないものを見るような目で言った。


「家に帰ったら誰かが居て、おかえりなさいを言ってくれる……それはとっても素晴らしいことなんだよ」

「えぇ……?」

「朔ちゃんはまだ子供だから分からんのよ。独身のまま三十半ばを迎えたら俺の気持ちが分かるから」


 リビングに向かいドカッとソファに座り込む。

 すると上着をハンガーにかけた朔ちゃんが冷蔵庫からビールを取り出して俺の前に置いてくれた。

 何だよ、気遣い抜群の嫁かよ……一々女子力(男から見た)高くてビビるわ。


「ご飯の用意は出来てるけど、どうする? 先にお風呂にする?」

「いや……飯で頼む」

「ん。じゃあ温め直すからちょっと待ってて」


 これが男子高校生とのやり取りだと誰が思うよ……。


「あ、そうだ。レポートまとめ終わったから採点よろしく~」


 言われてテーブルを見るとファイルが置かれていた。

 レポートと言うのは昨日の地獄攻めにいついてだ。

 会議の場でそこそこ詳しく解説したが全部ってわけじゃない。些細な点は省いた。

 そういうのも含め俺たちの戦いを見て気付いたことなどをレポートにして提出するように言っておいたのだ。


「……でも昨日の今日でか」


 個人個人ではなくチームでレポートをまとめるようにしたから一日あれば出来なくはない。

 全員で意見を出し合って、それを朔ちゃんとサーナちゃんがまとめて文章にすればそれなりの形にはなるだろう。

 でも俺としては一週間ぐらい待つつもりだったんだがな。


「鉄は熱い内にって言うでしょ? しっかり記憶に焼き付いてる内にやろうってことになったんだよ」


 キッチンで料理を温め直している朔ちゃんが俺の独り言に答えてくれた。

 真面目だねえ。まあでも子供らのパーティは四分の三が真面目タイプだからなぁ。


「どれどれ」


 ビールを片手にルーズリーフに目を通す。

 ……ほう? 俺が基本、初歩的な術や技ばかりを用いてたことに気付くかね。

 地獄攻めにあたって俺は高等技術の類は殆ど使用していない。

 変身魔術や暗示、認識阻害、強化などの基礎的なものを軸に立ち回っていた。

 まあ基礎的なものつってもクオリティは一流のそれだがな。

 あれだ、基礎的なものだけどその熟練度とかスキルレベルが高い感じ。


(ふむ……その理由についても全部じゃないがある程度は理解している、と)


 基礎的なものばかりを使用していたのには幾つか理由がある。

 その内の一つがコストだ。

 なるべく長く嫌がらせを行うためにリソースを節約したかったのだ。

 徹頭徹尾嫌がらせを行っていた。会議の中で俺はちゃんと明言していた。

 だからこの理由に気付けたのはしっかりと話を聞いていた証拠だ。

 そしてもう一つ、最低限理解しておいて欲しいことは伝わってるらしい。


 基礎的な技術を使用した理由その2。

 習得難易度の高さが必ずしも優劣を決めるわけではないと伝えるためだ。

 確かに高等技術の類は習得出来れば大きな武器になる。

 じゃあそれ以下の難易度の技術は劣るのか? 否、そんなことはない。

 火球を放つという初歩的な魔術を鍛えて裏の上位層に食い込んだ奴だって居るのだから。


(……まあ、その手の奴は大概変人なんだが)


 手札を増やさず、ただ一つを磨き続ける。言うのは簡単だがやるのは難しい。

 何せ元が初歩的な技術だからな。ゲームで言うとレベルが上がってもステはイマイチって感じになる。

 大器晩成。日の目を見るまでが兎に角遠い。

 それなら別のことに目を向けた方がよっぽど良いと途上で諦めてしまう者は多い。

 根性がない? いや極々自然な結論だろう。人間ってのはそういうもんだ。

 そんな当然の流れに逆らって泳ぎ続けるんだ。頭がおかしいに決まってる。


「どうかな?」

「ざっと目を通したが……及第点、かな」

「それは甘めに見て? 厳しく見て?」

「厳しく見積もってだ。佐藤先生は辛口が売りなんでな……それより飯だ飯。オジサンもうお腹ペコペコ」


 テーブルの上に置かれた丼。

 昨日の夜、お家で牛丼食べたいな~とこぼしたんだが見事応えてくれやがったぜ。


「七味かけすぎじゃない?」

「へへ、七味はやり過ぎだろってかけるのがオジサン流なのさ」


 牛丼って甘いだろ? だからこそピリリ! っとした辛さが合うのよ。

 甘辛いって個人的にかなりランクの高い味だと思うの。


「いただきます」

「召し上がれ」


 勢い良くかっこむ。牛丼にお行儀の良さは要らないのだ。

 あぁ……うんまぁ……肉に味が染みてやがる……。

 しとしと玉ねぎと糸コンも良いね。異なる食感で楽しませてくれる。


「明日から学校だけど大丈夫かい?」

「緊張してないかって言えば嘘になるけど……うん、ここしばらく色々あったからね」


 それに比べれば何てことはないと朔ちゃんは笑う。

 まあそうね。移動型の異界に巻き込まれて化け物とやり合ったり、ディープな裏の世界を知らされたんだもん。

 感覚が麻痺して転校ぐらいはどうとも、と思っちゃうのはしょうがない。


「そうか。でも困ったことがあったら遠慮なくオジサンに頼るんだぞ。こう見えて人間関係の悩みには強い方だから」

「うん。その時はよろしくね?」

「おう、任せとけ」


 色々あった八月も終わり明日から新たな暦。


(心機一転、また頑張っていこう)

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主人公になり損ねたオジサン 12月10日発売

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― 新着の感想 ―
[一言]  たまーにですけどね。二分に一回くらい朔ちゃんって女の子だっけ? ってなります。
[一言] まさかヒロインレースに朔ちゃん参戦?
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