きれいだわ、そら
(……ここが日本の冥府)
現世との境を超えた途端、懐かしい空気を肌で体感する。
国は違えど神話は違えど、あの世というのはどこも同じような空気らしい。
……改めて思うが父は、何てことをしでかしたのか。
(明文化してないから言い訳は出来たんでしょうが)
それでもそれは成功ありきだ。
英雄さんを討ち取った上でなければ生きて帰っても問題しか……いやそこも含めてか。
あの世に攻め入った咎で地位をはく奪された場合も想定して私が保険に……ホント勘弁して欲しい。
「ところで猫さん。見学ってどこでするの?」
「閻魔殿……大王様が裁判をされる場所で閻魔様も共に観戦致します」
私の淡い期待は一瞬で打ち砕かれた。
何でですか。そこ地獄の本丸でしょう。演習の対象区域でしょう。何でそこを観覧席にしちゃうんですか。
そんな私の疑問を察したのか火車は理由を説明してくれた。
何でも今回の演習は閻魔が不埒者の手で無力化されたことを想定してのものらしい。
だから閻魔と一緒に観戦することになったのか……。
「あのぅ、私たちのような生きている人間が行って大丈夫な場所なんでしょうか?」
綾瀬さん良いこと言った!
「はっはっは、血縁らしく綾瀬様も同じことを仰るのですね」
「ということは英雄おじさんも?」
「ええ。見学すると言っても閻魔と同じ場所はどうかと」
なら何だって閻魔殿に……。
「どうもあの御方はチャラついた態度に似合わず妙な部分で生真面目なところがあるようで」
死後、裁きを受ける以上互いのためにも不必要な接触はすべきでないと。
英雄さんはそう考えている節があると言う。私もその通りだと思う。
「しかしまあ、ぶっちゃけ考え過ぎなのですよそれは。
大王様は多少、私的な交流をしようとも情で判断を誤る方ではありませんし……前例もありますからね」
「「「「前例?」」」」
「小野篁という歴史上の人物を知っていますか?」
綾瀬さんがあ、と声を漏らす。
「サっちゃん知ってるの?」
「平安時代の有名な文人だね。色々と面白い逸話を持つ人だけどその中に地獄関連のものもあるんだ」
曰く、ある時井戸を覗き込んでいた篁はふとした拍子に井戸へ落ちてしまうのだがその井戸は地獄へ通じる道だったらしい。
地獄に迷い込んだ篁は紆余曲折を経て閻魔大王にその能力を評価され夜間のみ冥府へ赴き閻魔大王の補佐をすることになったのだと言う。
「私的な交流どころか職務に携わらせるぐらいには緩いのですよ」
「緩すぎじゃない?」
「大王様がその目で見定め問題ないと判断すればこそで御座います」
であればちょろっと一緒に観戦するぐらいなら何の問題もないと火車は笑う。
「ささ、そろそろ到着致しますゆえ準備をしてくださいまし」
少しして閻魔殿に到着する。
その荘厳な佇まいに暁くんと綾瀬さんは圧倒され、梨華さんは凄い凄いとはしゃいでいる。
「大王様。御客人をお連れ致しました」
「うむ、ご苦労」
「では皆さま、自己紹介をば」
火車に促され真っ先に名乗りを上げたのは梨華さんだった。
「西園寺梨華です! 今日はよろしくお願いしまーす!」
「うむ。元気があってよろしい」
「暁光です。よろしくお願いします」
「綾瀬朔夜と申します」
「……サーナ・ディアドコス、です」
「うむ――――うん?」
はいダメ速攻で引っ掛かったー!!
「あの閻魔様! サーナちゃんは確かにギリシャの死神の血を引いてますけど……」
「よい、分かっておる」
意味深にこっち見るのやめてくれます?
「確かにハデス殿は許されざる行いをした。
しかし、だからとて妻や子、企てに参加していない部下までも咎を負うのは違うだろう。
サーナ・ディアドコスだったかな? 彼女に対して含むところは一切ないとも」
…………マジ?
「だから言ったでしょう? 大王様は聡明で寛大な御方だと」
「うん……良かった。閻魔様が太っ腹で」
「はっはっは」
ふと、違和感を覚えた。これは……結界?
「ハデスの権能がペルセポネ殿に渡っておらぬとは聞いておったが」
……認識阻害か。
楽しそうに雑談をしている梨華さんたちを見るにこの会話は私と閻魔大王のものだけらしい。
「まさかそなたのような存在を創っておるとは」
「……その」
「よい。先ほども言うたが咎め立てするつもりはない」
「……よろしいのですか?」
「まだ多くを知る途上にある幼子に何の罪を問えと言うのか。第一親の罪は子の罪ではあるまいに」
「でも……」
最近は私もぶっちゃけどうでも良いと思ってはいるが建前上はハデスの遺志を継ぐ者でもあるし……。
「そなたは今の生活を気に入っておるのではないか?」
「それは……まあ、はい……楽しい、です」
「であれば今のそなたは友を愛し、穏やかな日々を謳歌するただの子供でしかなかろうが」
「……ただの子供、で良いんですかね?」
「うむ。それは私だけではなく英雄も同じであろうよ」
正体に気付いてもその本質を見てこれまで通りに接してくれるだろうと。
閻魔はそう言ってくれた。もし、そうなら……私も、嬉しい。
「あ、でも……」
「よいよい。それも分かっておる。そなたの正体は私の胸に秘めておくゆえ心配するな」
「……ありがとうございます」
「では結界を解除するぞ」
「はい」
何というか、寛大な神だと思う。
随分と心が軽くなった。これで心置きなくこの演習を楽しめそうだ。
「大王様。演習は何時頃、始まるのでしょう?」
「うむ。そなたらが到着し観戦の姿勢が整ったら……つまり、もう始まっておるよ」
そう言って閻魔は大きなスクリーンを笏で示した。
「そなたらは倶生神という存在を知っておるかな?」
「ぐしょーじん?」
「我々が裁く対象の人間に憑いておる妖精のようなものでな。その者の人生を記録する役割を担っておる」
……あぁ、確か閻魔や他の十王はその記録を元に裁判をするんだったか。
「今回はお役御免となっておった佐藤英雄の倶生神を通し、彼の者の動きを観覧する手筈となっておる」
英雄さんが行動を開始すると同時に倶生神が撮影している映像がスクリーンに映るとのこと。
尚、他の二人については別らしい。
「え、それは高橋さんと鈴木さんが女の人だから?」
「いや女人ゆえプライベートに配慮とかそういうわけではないぞ」
「梨華さん、それは多分演習だからですよ」
演習は学びの場だ。
ある程度、あちら側の動きが見えた方が捗りはするが全部明かされてしまえば考察の機会が失われてしまう。
なのでリーダーである英雄さんの動きだけは、ということなのだと思う。
「その通りよ……む、どうやら始まるようだ」
ざざ、と一瞬画面が乱れると見知らぬ男性が映し出された。
……いや見知らぬではない。見たことがある。あれはそう……朝のお天気お兄さん?
はてな? と首を傾げる梨華さんたち。しかし、何となく分かってしまった私と閻魔は盛大に顔を引き攣らせた。
≪本日の地獄のお天気は晴れ時々――――“極楽”≫
そう告げると同時に極楽の一部が剥離し地獄に降り注ぎ始めた。
あ●たつー!




