何でもない優しい夜
「あ、おかえり英雄おじさん」
「……おう、ただいまー」
家に帰ると朔ちゃんが俺を迎えてくれた。
風呂上りなのだろう。ジャージ姿の朔ちゃんの肌はほんのり赤くなっている。
昼に迎えに行った時に泊まってくって言ってたが……うん、馴染めてるようで何よりだ。
俺は他所の家でも平気で寛げるタイプだが朔ちゃんは繊細だからな。
親戚の家とは言え緊張するかもと思ってたが要らん心配だったらしい。
「……何か、お疲れ?」
自然とスーツの上着を受け取ってくれた朔ちゃんが心配そうに聞いて来る。
何でもないよと言うのは簡単だが……この子にとっても糧になる話だし、打ち明けるか。
「ああ。謝罪行脚であちこち回って来たからね」
「謝罪行脚……それは、そのぅ……会社で不祥事がってこと?」
「うん」
昼休みのことだ。
朔ちゃんを送り届けてから会社に戻るや凶報が飛び込んで来た。
「コンプライアンス違反。朔ちゃんならニュースとかでも聞いたことあるんじゃない?」
「うん。ハラスメントとかSNSの不適切利用……芸能人なら不倫とかもそうだっけ?」
「そうそう。よく勉強してるね。うちでもそれが起きたのよ」
やらかしたのは支社の社員だが、じゃあ俺らには無関係かっつったら当然そんなことはない。
「しかも何がひでえって一つじゃなく複数。タイミング良く同時に爆発しやがったんだわ」
同じ奴が複数やらかしたわけじゃなく別の人間が個別に、だ。
不幸中の幸いはうちの社長がそこらのバランス感覚に秀でていたことだろう。
即座に方針を定めて火消しのために動くことが出来た。
『外に出てない事案もあるけど、下手に内側で処理するとバレた時厄介だ』
既に外に出ているものだけではなく今判明している件も含めて取引先に謝罪と今後の対策を説明するよう指示が出た。
俺もそれには賛成だったので直ぐに今回の件に対する謝罪と対応のテンプレを作成。
謝罪行脚に出向くチーム土下座(俺命名)に共有してそれを元に謝罪に出向いた。
「明日も謝罪行脚だし、急遽開かれることになった研修のために業務調整しなきゃだし……もう大変」
「お、お疲れ様です」
「まあこれも仕事だからね。それより、だ」
ここまでは前提。
「今回やらかした社員の中には若いのが居てね。調べてみると結構、評判の良い子だったんだよ」
そいつがやらかしたのはSNSの不適切利用。
軽い気持ちで、本人もこんなことになるとは思ってもみなかっただろう。
「耳に痛いかもしれないけど若い子の失敗談はタメになると思うんだよね」
「……うん、私もそう思う。詳しく聞かせてくれるかな?」
「流石朔ちゃんだ」
それから三十分ほどその社員を教材に色々と語って聞かせた。
社会に出るのはまだ先のことだが無駄にはなるまい。
「ところでさ。それだけ忙しかったんだから夕飯とかは……」
「まだだね」
「じゃあ私、何か作ろうか? 近くに遅くまでやってるスーパーとかあったよね?」
今の時刻は十時を少し過ぎたところ。
普通のスーパーならとっくに閉店時間だが近所にあるスーパーは十二時ぐらいまでやってるんだよな。
朔ちゃんの気遣いはありがたいが、
「大丈夫。まだ食ってねえけど夕飯の手配は済んでるから」
「出前でも頼んだの?」
「出前っつーか……お、丁度だ」
スマホに着信が入った。
「朔ちゃん、今から客が二人ほど来るけど大丈夫かな?」
「う、うん……大丈夫だけど……こんな時間に?」
「元々別件で会う約束してたんだわ」
言って俺は高橋と鈴木を転移で呼び寄せる。
「お、君が噂の朔ちゃんか」
「佐藤くんの親戚とは思えないぐらいの良い子な感じが雰囲気からでも伝わって来るね」
「英雄おじさん? こちらの方達は……」
「俺のダチで、裏で一緒にチーム組んでる奴らでもある。おら、自己紹介しろ自己紹介」
「テメェは何様だ。……あたしは高橋アリス。コイツとは昔からの腐れ縁さ」
「鈴木みおだよ。よろしくね?」
「綾瀬朔夜です」
よし、これで顔合わせはOKだな。
こっちでやってくならコイツらとのこの先、ちょこちょこ絡むだろうし面通しはさっさと済ませとかんとな。
「ってか朔夜くん居るならあっちの家に行った方が良くねえか?」
「飲みありならうるさくなるだろうけど今日は酒抜きだしな」
騒がしくなりそうなら河岸を変えりゃ良いだろ。
「あ、私のことはどうぞお構いなく。今日は特に勉強とかしてるわけでもありませんし」
「そうかい? 悪いねえ」
「それよか二人とも、飯! 飯!」
遅くなりそうだから二人に飯を頼んでいたのだ。
「はいはい。佐藤くんのリクエスト通り色々作って来たよ」
「朔夜くんも夜食にどうだい?」
「え、良いんですか?」
「沢山作ったからね。全然大丈夫だよ」
「じゃあお言葉に甘えて」
「ふふ、遠慮せず食べてね」
そう言って鈴木は俺の好物のおかずを。高橋はおにぎりの入ったタッパーを机に並べていく。
「おっほ、落ち込んでたテンションが上向き始めたぜ!!」
「安上りだねえ……まあでも元気になってくれたなら作った甲斐があるよ」
「お前も大変だな、やらかしたアホどもの尻拭いたぁよ」
「頭下げるのも管理職の仕事の一つだからしゃーねーよ」
唐揚げを放り込む、おにぎりに噛り付く。しっかり噛んで飲み込む。茶を流し込む。
何かもうこれだけで永久機関完成しちまった感あるよね。無限に続けられそうだわ。
「ところで皆さんは今日、どうしてお集りに?」
「ん? ああ。実はあたしらのチームに仕事の依頼が来てな……これ、話して良いんだっけ?」
「口止めとかされてねえし良いだろ。朔ちゃんも口外するような子じゃないし」
「あの、無理なら別に……」
「大丈夫大丈夫。その依頼っていうのがあの世に攻め入ってくれってものでね」
「なるほど……あの世……あの世!?」
ああ、そこらは説明してなかったな。
地獄や極楽のように人の世界で語られる死後の世界は存在するのだと補足を入れる。
驚く様があまりにも新鮮で俺たちは少しほっこりした。
「ちなみに言っておくが攻めるつっても演習だからな? 悪いことしてるわけじゃない」
「依頼持って来たのが閻魔大王だしね」
「え、閻魔大王……」
「ともかくだ。その演習に備えて作戦会議しようってことになったのよ」
まあ作戦会議は飯食ってからだがな。
心身共にゲージを回復しなきゃ作戦会議どころじゃねえし。
「あたしらの話も良いけどよ。折角だし朔夜くんの話も聞かせてくれよ」
「え、私ですか?」
「嫌なら嫌って言うんだぞ。このババア二人、デリカシーねえからよ」
「「お前が言うな」」
「あはは、ホント仲良しですね」
あー……良い空気だぁ……。
(精神的疲労がどんどん軽くなっていく……)
明日からも大変だけど……うん、頑張ろう。
次から地獄攻めの話が始まります。
 




