嘘……これが私?知らない自分に変身!
「その、今日はお世話になります」
その日、朔夜は東京にある互助会の訓練施設を訪れていた。
梨華たちが佐藤に提案したのだ。
『顔合わせも済んだしさ。本格的に動くのは九月からにしても軽く力の使い方を勉強した方が良くない?』
『それに九月にこっちに来ると言ってもしばらくは身の回りのことで忙しないでしょうし』
『現段階でも簡単な魔術は感覚的に使えるんですよね? 俺たちじゃ教えることは出来なくても鍛錬の相手ぐらいにはなれると思うんです』
と。
朔夜自身もそうしたいと希望があったので時間のある日は転移で東京に来ることになったのだ。
今日がその初日である。佐藤は昼休みに抜けて来ただけなので朔夜を運ぶと直ぐ会社に戻って行った。
「サっちゃんサっちゃん。楽に行こうよ楽に」
「あんまり堅苦しくされると俺たちも緊張しますし」
「ご、ごめんね? いやほら、確かに君たちのが年下だけどこっちの世界では先輩なわけだし」
「まあ私の場合は綾瀬さんと時期はそう変わりませんので先輩というほどではありませんが」
「それ言うなら私たちもだよ。ね?」
「ああ。数か月程度じゃ誤差だよこの世界」
梨華たちの言葉で緊張が解れたのだろう。
朔夜も多少は肩の力が抜けたようで、先ほどよりも強張りは薄くなっていた。
「ありがとう。ところで皆はどんな力を使うのかな?」
「あー、PT組むわけだしまずはそっからだよね」
「じゃあまずは一番シンプルな俺から」
光が前に出る。
「俺の分類は超能力者で能力はシンプルに身体強化だ。前でバチバチ殴り合うのが俺の担当だね」
などと言っているが身体強化だけかは非常に怪しい。
既存の超能力者のどのカテゴリーにも入っていないし、何より彼もまた運命に望まれている節があるのだから。
「男らしいね」
「ありがとう。まあでも、それしか出来ないってだけなんだけどね。ちなみに……」
光は若干のドヤ顔と共に光線剣と高周波ブレードを取り出した。
「武器はこんなものを使ってる」
「刀の方はともかくもう一つ……わぁ、SFみたいな武器も存在するんだねえ」
あれ? 外した?
期待していたリアクションが返って来ず光は拍子抜けしてしまう。
男の子なら鉄板で喜ぶはずだったのにと首を傾げるも、まあ真面目そうだしなと自己完結。
次いで名乗り出たのは梨華だった。
「私も超能力者。星の落とし子だっけ? 何かそういう超能力者に分類されるんだけど……ふふふ」
「?」
「何かその星の落とし子の中でも最高ランクなんだって私!」
だぶぴーでドヤる梨華に朔夜はポジティブだなぁと苦笑を漏らす。
「って言っても今出来るのはぶっちゃけサっちゃんとそう変わりないんだけどね」
「私と?」
「うん。こんな風に炎を生み出してぶつけたり風を放ったりだね」
言って梨華は片手から炎を噴出させて見せる。
「鍛えれば万能に近い能力らしいんだけどね。
私の完成形みたいなママは身体を自然現象に変化させて回避したり短距離転移みたいなことやってたよ」
「すごいな……身体を自然現象にって水とか風になれるってことだろう? 何かもう色々やりたい放題出来そうな気が……」
朔夜がそう感想を漏らすと梨華たちはけらけらと笑った。
「サっちゃんサっちゃん。ママなんて可愛いもんだよ」
「やりたい放題って言うなら佐藤さんの方がよっぽどだよ」
「人間なので精神的な隙こそありますが、その能力に関しては全能を名乗っても良いぐらいですよ」
「……英雄おじさんってそんな凄いの?」
いや朔夜自身、凄いんだろうことは分かっていた。
諸々の手続きで秋田の互助会に顔を出すと下にも置かない扱いをされたから。
「裏の世界でアンケート取ったら九割がやばいと答えるんじゃない?」
「やろうと思えば今直ぐにでも表裏どちらの世界も征服出来るような人ですからね」
「…………ちょっと、想像がつかないや」
朔夜にとって佐藤は気の良い親戚のおじさんだ。
年に一、二度ぐらいしか会えないが会えば本当に良くしてくれた。
そんな人が今直ぐにでも世界を支配出来る力を持っているというのはイマイチピンと来ない。
「良い面もそうだけど情けないところも色々知ってるし……」
「それは後で詳しく聞かせてもらうとして次は私の説明、よろしいでしょうか?」
「あ、ごめんね。脱線させちゃって。どうぞ」
「私は先祖返りに分類される超人です」
初っ端から嘘100%だが……まあ事情が事情ゆえしょうがない。
「先祖返り?」
「人外の存在の中には人と子を成す者も居るんですよ。この国にもその手の異類婚姻譚は多くあるでしょう?」
「あるね。狐とか」
「人間と婚姻を続けていけば大概は孫の代ぐらいで人外の血ゆえの影響は消えてなくなるのですが」
稀に隔世遺伝で遠い子孫が先祖の血を発現してしまうこともある。
「私の場合は先祖が死神と交わったようでその力を扱うことが出来ます」
「し、死神……」
「ゲームで言うと即死魔法ですね。低燃費で自分より格下の相手なら問答無用でと言った感じです」
「そ、そっか」
「雑魚狩りには便利で英雄さんは稼げる資格みたいなものと言ってましたね」
「稼げる資格って……そんな……いや、そういう世界なんだね」
「ええ。異形の被害は表に出ないだけでかなりのものですし」
即死と大鎌を用いた近接が戦闘スタイルだと締め括りサーナの説明が終わった。
「とまあこれが私たちのパーティのスタイルだね」
「色々と支援の幅が広がる朔夜さんが加入してくれて嬉しいです」
「はは、ありがとう。期待に応えられるよう頑張るよ」
「では早速、力を使った模擬戦でもします?」
「あ、待って。その前に色々試してみたいことがあるんだ」
試してみたいこと? と首を傾げる三人に朔夜は懐からメモ帳を取り出す。
メモ帳には佐藤の魔術書と記されている。
「それは?」
「迎えに来てもらった時にくれたんだ。基礎的な知識と役に立つ魔術が記されているらしい」
一人で練習するのはダメだが梨華たちが近くに居るなら問題ないとのこと。
「危なそうな時は私を気絶させてくれってさ」
「……軽く言ってくれるなぁ」
「意識を絶って魔力の注入を遮断するのは定石ですし間違ってはいないでしょう」
「ねね! それよりさ、気になるんだけどそのメモの中身! どんな魔術が載ってるの?」
「あ、それは俺も。一応俺も魔術の素養はあるみたいだし」
「じゃあちょっと皆で見てみようか」
四人揃ってメモ帳を覗き込む。
最初の方には上手というわけではないが読み易い文字で分かり易く基礎的な知識が記されていた。
朔夜のために自ら筆を執ったのだろう。その優しさにほっこりしつつ一同は中身を読み進めていく。
「佐藤が選ぶおススメ魔術100選……どんなのがあるんだろ」
「三段階評価のようですね」
「朔夜さん」
「うん。えーっと最初は……変身魔術?」
「……星3つ?」
何かに姿を変える魔術。
ポピュラーというか一般人がイメージする魔女の技術という感じではあるが強くお勧めするほどのものだろうか?
いや確かにメルヘンで夢のある感じだがと首を傾げる一同。
「術式の説明を見る感じそこまで複雑そうじゃないけど」
「おススメする理由は次ページだって。サっちゃんサっちゃん」
「はいはい」
ページをめくり、佐藤がおススメする理由を見て……彼らは絶句した。
『変身魔術は悪用が容易ゆえその対策も数多く存在するがそれだけに“美味い”魔術だ。
極まれば大概の対応策はすり抜けられ、対策しているから大丈夫という相手方の心理的な隙を突ける。
つまりはどういうことだ? コイツを徹底的に伸ばせば悪さし放題ってことだよ。
あ、ここで言う悪さはアレね。良い意味での悪さだから。以下に具体例と行動に移す際の要点を記す』
そうして記された複数の具体例は……まあ、何というか言葉にするのも憚られるような悪辣なものだった。
近親者を装っての暗殺、組織を内部分裂させるやり方など明らか実体験だろそれというのが殆どでやけに生々しい。
「…………変身魔術の項目だからえげつない説明になっただけかもしれないし……うん」
光の誰に言うでもないフォローが虚しく響いた。
しかし、彼のフォローを裏切るようにその先もこれまた悪辣なものばかり。
魔術単体だけならそうでもないのだが佐藤がおススメする理由がただただ邪悪。
半ばほどまで読み進めたところで梨華がぽつりと漏らす。
「闇の魔術書かな?」
「「「……」」」
誰も何も言えなかった。




