YSG
「佐藤さん、どうですかね?」
「どう、ってのは実力的な意味で? それとも精神的な意味で?」
子供らに散々凹まされた翌日の夜。俺は裏の学校で二度目の指導を行った。
お盆休みの間、何もなかったのは子供らの予定に配慮したのだろう。
家族旅行とか行くなら大人が休める時期じゃないと無理だしな。
「両方ですね」
「じゃあまずは実力からね。普通」
以前、俺が心をへし折った時から変わってない……とは言わない。
成長は確かにしているのだろう。しかし伸び幅は普通だ。
「梨華ちゃんらを指導する時は影響が出ないよう気をつけてるが、あの子らの時はそうでもない」
圧倒的な格上と対峙した際、自らの裡に宿る力が大きく刺激され目覚ましい成長を見せる。
殺されず、しかし大きな力に刺激を受けられる俺のような存在はレベリングには打ってつけだ。
だがそんな方法で力をつけても中身が伴わないので梨華ちゃんたちを指導する際は影響を完全に消している。
恵まれた土壌があるんだから遠回りでもじっくり育てた方が最終的にはプラスになるからな。
しかし裏の学校に通ってる子供らは別だ。
言い方は悪いが凡庸。それゆえ手間をかけて育てたところで促成栽培とそう変わりはしない。
だからある程度、俺は力を発露したまま指導している。
つってもいきなりアホほど強くなったら調子乗っちゃうかもなので……そう、ゲームで言うなら経験値1.5倍とかその程度。
「想定を超えるような成長をしたのは一人も居ない」
「……上に行くのは大なり小なり想定から外れられる人間ですからねえ」
「とは言え、だ。この先もそうとは限らんがな」
学校、教育、型に嵌まったやり方をしてるんだ。
想定外の何かが起こる方がおかしいだろって言われたらその通り。
本番は教育が終わった後だろう。そこから辿る道によってはとんでもない化け方をするのも居るかもな。
「んでメンタル面だが問題らしい問題はないな」
最初に高々伸びちまった鼻を圧し折ったからな。
荒療治のせいで歪な形で落ち着いてるのが現状だが、そこは徐々に修正してく部分だからな。
「ってか俺に聞かんでも常勤講師の話聞けば十分じゃね?」
「そこはまあ、多方面から話を聞いた方が確実ですし」
「そうかい。話はこれで終わりかね? 人と会う約束があるからそろそろ帰りたいんだが」
「これは失礼。ではまた」
「ああ」
転移を発動、ある住宅街へと飛ぶ。
表札を確認し事前に買っておいた手土産を取り出しインターホンを鳴らすと、
「やあ。よく来てくれたね。さ、入って入って」
森下先生だ。促され家に入る。
一軒家で男やもめだというのに随分、手入れが行き届いている印象を受けた。
(そういや先生、掃除好きだったっけ)
放課後。誰に頼まれたわけでもないのに掃除をしていた姿を思い出し懐かしくなった。
「これ、つまらないものですが」
「ふふ……ありがとう。いやはや、何だか面映ゆいねえ」
土産の菓子を受け取り先生は笑った。
照れ臭いのは俺もだ。成長した自分を見てもらえるのが誇らしくもあり恥ずかしくもあり……。
でも……うん、嬉しいな。
「それで私に相談って?」
「実は新学期から遠くに住んでる親戚の子の面倒を見ることになりまして」
「……それは」
「ああいや、地元の学校に馴染めなくてとかそういうアレではないです」
「そうか。それは良かった」
「どういう事情かは……すいません、ちょっとお話出来ませんが」
「分かった。深くは聞かないよ」
「ありがとうございます。先生にお尋ねしたいのは……その、あの……子供との接し方と言いますか……」
もごもごしている俺に先生は? と首を傾げる。
「接し方? それこそ君の得意分野じゃないか。
佐藤くんは昔から人の心の機微をよく理解してたからね。葉山さんの一件なんか特にそうだ。
家庭の問題で私ら教師も手を出しあぐねていたのを見事に解決してみせただろう?」
葉山……懐かしい名前だ。
二年の時に同じクラスになった女子で、誰の目から見ても常にいっぱいいっぱいな子だった。
原因は両親の教育。虐待じみたやり方だが家庭の問題だからな。
森下先生みたいな面倒事に首を突っ込みたがるお節介な教師もどうにも出来ずに居た。
葉山が助けを求めたらやりようはある。児相なりを介入させられるしな。
ただあの頃の葉山は悪いのは両親に応えられない自分だからと……虐待児童の典型だ。
介入しようと決めたのは最低でも一年、このツラを拝み続けなければいけないのかと思うと気が滅入ったからだ。
「多少……いや結構グレーゾーンなやり方ではあったがね」
何とかすべきは葉山の中にある両親だ。
自分を下げ、両親を上げてのループにハマってるせいであの子の中には虚像が膨れ上がってしまった。
だから俺は友人らと一計を案じ、葉山の両親に大恥をかかせてやった。
「ああ何だ、ビビってたけどコイツら大したことないんだ……」って思わせるためにな。
「一応、計算ずくですよ?」
「だろうね。佐藤くんは悪知恵が働いたからねえ」
「ってそうじゃないです。俺も普通の人間関係ならまあ、はい……何とかなりますけど……その……」
「何かな?」
「きょ、教育? とかそういうのは……ちょっと……どうすれば良いか、わかんなくて……」
いや違う。これだけだと誤解させちまうな。
「親戚の子……朔ちゃんって言うんですがね? その子は昔の俺なんぞより遥かにしっかりしてる良い子なんですよ。
でもその? 子供を預かるわけじゃないですか。だったらほら……あの子は大丈夫だからって放任するのはダメかなぁって」
先生は独身だ。子供も居ない。しかし、子供を育てるプロだ。
であれば良い感じのアドバイスをもらえるはずと相談を持ちかけた。
俺の言葉に先生は、
「――……ッ」
「?」
「アハハハハハハハハハハハ!!」
「ちょ、先生!」
酷くね!? 人が真剣に相談してるのにさぁ!!
「いや失敬。しかし佐藤くん。君の性格的にそういう悩みが自分から出て来るとは思えないな」
誰かに指摘を受けて気にするようになったんじゃないか?
森下先生は何でもお見通しだった。
「……はい。実はちょっとあの、別に時々面倒を見てる子が居まして」
見抜かれてしまった以上はしょうがない。
恥ずかしいので隠していたことも打ち明ける。
「そういうわけでご助言を頂けないでしょうか?」
「ふむ……私から言えることがあるとすれば、だ」
「はい」
「君の好きにしたら良いんじゃないかな?」
「ちょ、先生!?」
「佐藤くん」
名前を呼ばれ俺は居住まいを正した。
昔からそうだ。特別声を荒げているわけではないのに自然と聞く姿勢に入ってしまう。
「子供はね。私たちが思っている以上に大人を見ているものだよ」
「は、はあ」
「子供らは放任を咎めはしたけれどそれは放任そのものが問題というわけじゃない」
「と、言いますと?」
「君の態度があまりにもあっさりしてるから深く考えてくれていないのでは? とその姿勢に難色を示したんだ」
それは……。
「勿論、そんなことはないだろう。さらっとしてたのは親戚の子に対する信頼ゆえだと私には分かる」
そして子供たちにも、と先生は付け加えた。
「君を咎めたのがその子ではなく他の子たち、というのが肝だ。
ある種、甘えているのさ。堂々と教育方針に難色を示せるぐらいには君に心を許している。
放任を咎めたのも普段から君が立派に大人を、子供らに愛情を注いでいるからどうなんだ? と思ってしまったんだろう」
優しい子供たちだと先生は笑う。
「だからこそ、だ。重要なのはルールそのものではない。そこに至るまでのこと。
君のことだ。指摘された時はかなり動揺したんじゃないか? 子供らはそれだけでちゃんと伝わったはずさ。
現に君は昨日の今日でこうして私の下にやって来たじゃないか。子供が少しでもより良い道に進めるようにとね。
そうやって自分たちのために思い悩んでくれるその姿こそが子供たちの求めるもの。大丈夫、君の気持ちはちゃんと伝わるよ」
俺の隣に来てぽんぽんと背中を叩く先生。
「……ありがとうございます、森下先生」
「何の何の。これぐらいは元教師として当然さ」
やっぱ先生偉大だわ……。




