君の名
「おかえりなさい佐藤さん」
「ただいま」
仕事が終わり家に帰るとエプロン姿の光くんが俺を迎えてくれた。
今日は互助会で夜まで依頼を受けると聞いていたからその帰りに会う約束を取り付けたのだ。
その際、
『オジサンのが遅いんでしょ? それならオジサンの家で夕飯作ったげる』
と梨華ちゃんが提案。サーナちゃんと光くんも乗り気だったのでお言葉に甘えさせてもらった。
子供に食事の用意をさせるのは申し訳ないと思いつつも……抗えなかった。だって嬉しいじゃん。
「おかえりオジサン」
「お仕事お疲れ様です。ささ、どうぞ」
促されるままサーナちゃんに上着を預けてしまったが……な、何かいけないことしてる気分だ……。
リビングに行くとテーブルの上にはホットプレートが準備されていた。
「今日はお好み焼きだよ!」
「……まあ、無難に作れそうだからって理由ですが」
「光くん、そういうこと言わないの!」
「いやいや十分嬉しいよ」
どっこらせとソファに腰掛けるとサーナちゃんが麦茶を出してくれた。
何かやけに甲斐甲斐しい気が……まあ良いか。嬉しいし。
「それで佐藤さん、俺たちに大事な話っていうのは?」
「ああうん……ちょっと言い難いんだが君らのPTで面倒を見てもらいたい子が居てね」
皆、良い子だ。それは俺が保証する。
ただ人間合う合わないはある。だからずっとというつもりはない。
「まずはお試しってことで九月から頼みたい。少しの間、一緒にやって合わないなら正直に言ってくれ」
もしそうなったら何か別のやり方を考えよう。
幸いにして他にも同年代でつるんでるのは居るしな。
「私は全然構わないけど」
「同じく問題ありません」
「でも佐藤さんがわざわざ頼み込むような子ってことは何か事情が?」
察しが良いな。
「うん、まあ……実は親戚の子供なんだよ」
事の次第を説明すると光くんの顔がさっと曇った。
藍ちゃんと翠が巻き込まれることを想像したのだろう。
何せ裏除けを施しているような俺の身内ですら巻き込まれることがあるのだから。
「身内贔屓と言われると返す言葉もないが……」
「私らを信用してくれてるんだよね? それなら全然問題ないよ」
「むしろ嬉しいぐらいです」
「ええ。佐藤さんにはお世話になりっぱなしですからこれを機に少しは恩返しもしたいですし」
良い子過ぎてちょっと泣く。
「それにしても……英雄さんの血縁、ですか。そうなるとやはり」
「ああいや、うちの血はどっちもそんな特別な背景とかないよ」
父方、母方、両方の先祖とそれなりに面識あるけどそういう素養はなさそうだったし。
肉体を失ってるからか霊的素養も随分分かり易くなってるんだよな。
だから俺や朔ちゃんみたいなのが突然変異なのだと思う。
「ただ力を持っているのは確かだ。何せ目覚めて直ぐに魔術を操ってたからね」
光くんとサーナちゃんはなるほど、と頷いた。
梨華ちゃんは分かってないけどとりあえず頷いてる感じだ。
……分かってはいたが知識量には偏りがあるな。
家電買ったらマニュアルをキッチリ読み込むタイプの真面目な二人はしっかり勉強してるらしい。
「でもさオジサン、朔ちゃんだっけ? わざわざパパママと引き離すことはなかったんじゃ……」
「それは俺も思いました。俺だって別に家族から離されることはありませんでしたし」
「梨華ちゃんには千佳さんが居るし、光くんの場合はその必要性が見いだせなかったからね」
光くんの場合は精神的には最初から及第点をあげられるほどだったし家庭環境がなあ。
むしろ心を支える柱として家族の存在が身近にある方が良かった。
サーナちゃんの場合は異国の地でこんなことに巻き込まれてるわけだからそれ以上に何かするのは、な。
「何より朔ちゃん本人もそれを望んでるからね」
選択肢を提示した上で、敢えて過酷な道を選んだのだ。
恐れも不安もあるがその道が最善に繋がると思ったから。
……いかん、また若さという名の古傷が疼き出してしまった。
「むぅ……納得は出来ないけど、よそ様の家庭の事情だしこれ以上は何も言わない」
「すまんね」
「それよかさ。一緒にやってくんなら折角だし、今日ここに招待出来ないの?」
「え? まあ、あっちの都合が良ければ転移で一瞬だが……」
「じゃあちょっと聞いてみてよ。新学期からって言うけど顔合わせ出来るなら早い方が良いでしょ?」
「そうですね。同じ釜の飯を食う、という言葉がこの国にはあるようですし」
「お好み焼きの種は沢山作りましたし」
「分かった。ちょっと待ってくれ」
メッセージを飛ばすと直ぐに返信が来た。OKとのことだ。
色々ごたごたしてて夕飯もまだだそうで、正に絶好のタイミングと言えよう。
準備に五分ほど欲しいとのことで五分待って朔ちゃんを転移で呼び寄せた。
いきなりご対面ってのは緊張するだろうから廊下にな。
「朔ちゃん、心の準備は良いかい? じゃ、入って来て」
恐る恐るといった様子で扉が開かれるや、
「え、めっちゃ美人!?」
「……男の子、と聞いていましたが……何ともお綺麗な」
「朔ちゃんはお母さん似なんだ。髪は大学合格の願掛けさ」
出鼻を挫かれた朔ちゃんはもじもじしている。
まあ女の子に美人だの綺麗だの言われたらどう反応したら良いか分からんよな。
「え、えーっと……綾瀬朔夜と申します。秋田に住む高校二年生で……しゅ、趣味は……な、何だろう……」
「綾瀬さんは俺たちより年上なんですしそう硬くならずに」
光くんが高一、梨華ちゃんサーナちゃんが中二だからな。
俺を除けば朔ちゃんが年長者だ。
つっても性格的に年長者だからって大きく出るのは無理だろう。
「ところで素敵な響きのお名前ですがどのように書くのですか?」
キョドってる朔ちゃんを見て三人も察してくれたようでまずはサーナちゃんが助け舟を出してくれた。
「あ、えーっと」
「はい、メモ帳」
「あ、ありがと」
メモ帳とペンを手渡すと朔ちゃんはさらさらっとペンを走らせた。
「うわ、字まで綺麗……」
「素晴らしい」
「羨ましいなぁ、俺あんまり得意じゃないので」
「いやそんな」
「して綾瀬さん。これはどういう意味の漢字なのでしょう? 夜の方は分かりますがもう片方は……」
「あ、うん。朔は新月って意味だよ。新月の晩に生まれたのと両親の名前からあやかって朔夜になったんだ」
親しい人間は咲ちゃんとか呼んでるが姉ちゃんの本名は咲良。んで旦那さんが誠也。
二人の名前から一字ずつ読みをそのままに字を変えたんだよな。
出産のお祝い贈った時に電話口で教えてもらったっけ……いや待て。
(そういや俺の名前の由来って何だ?)
親が自分の名前からってのは……ないな。
英子とか和雄とかそういう名前でもないし字どころか読み方さえ被ってない。
「良いじゃん! カッコ良い! ちなみに私は~」
じゃあヒーロー? ヒーローになって欲しいという願いを込めて?
いやこれもねえな。ガキの頃、親父と一緒に特撮で暴れてる悪役見てキャッキャしてたし。
一度もそういう願望を聞いた覚えはない。
「梨華ちゃんの名前はそういう由来だったんだね」
「暁くんはどうなんですか?」
「俺? 俺はねえ」
じゃあ……何だ……俺の名前って……。
(特に深い意味は、ない……?)
和気藹々としてる子供らの横で俺は一人、打ちひしがれていた。




