恩師
(連休明けだってのに疲れたな……)
最後の最後でアレだもんなぁ。
肉体的にはともかく精神的な疲労が大きい。かと言って不貞腐れても居られないのが社会人の辛いとこだ。
とりあえず朔ちゃん関係のあれこれは互助会の方に頼んでおいたから心配は要らんが。
「おはようございます部長」
「ああ、おはようさん。皆、盆休みは楽しめたかい?」
「久しぶりに地元の友達に会って来ました」
「温泉行って心身共にリフレッシュしたんで完璧です!」
よきよき。始業時間まで和気藹々と駄弁り、チャイムが鳴ったら仕事。
エアコンの効いた社内で悠々とデスクワークと洒落込みたいが生憎、そうもいかない。
今日は部長クラスが直接、出向かんといけん案件が幾つも入っているのだ。
ネガティブな理由じゃないので気は楽だが外の様子を見るに……やる気がガンガン削られる……。
「それじゃ、行こうか」
「「「はい!!」」」
三人ほど部下を引き連れいざ戦場へ。
それからはもうノンストップ。忙しいこと忙しいこと。
ありがたくはあるが昼飯も取れないままあっちゃこっちゃ足を運んで気付けば三時過ぎだ。
俺はともかく部下は疲労困憊。
「……ぶちょー、もう会社帰りましょう」
「その前にどっかで昼飯食べよう。水分はしっかり補給してたけど腹に何も入れてないだろ?」
「いやもう食欲が……」
「クッソ暑い……」
後はもう会社に戻ってデスクワークだけ。
さっさと帰りたい気持ちは分かるが何も腹に入れないままだと流石に不安だ。
会社に戻る途中で何か買うより一旦、どこかで落ち着いて飯食う方が良いだろう。
「そう言うなって。オッサンが奢っちゃるけえ。な?」
「まあ、奢りなら」
「それなら俺、鰻食べたいです」
「あ~良いな。お高い鰻……部長、俺も鰻!」
「分かった分かった」
近場で鰻が食べられそうな店を検索すると見事にヒット。
しかも結構、お高そうな店なので彼らも満足してくれそうだと俺は部下を連れて店に向かった。
「「「あ゛ぁ゛……生き返るぅ……」」」
エアコンの効いた店内でのおしぼりワイパーからのお冷一気。
部下たちのHPゲージが一気に回復していくのが見て取れた。
「部長、特上良いですか特上」
「良いよ良いよ。好きに頼みな」
「やった!」
「こうなったらなー、ビールも欲しいんだけどなー」
「ダメに決まってんだろ」
キャッキャとはしゃいでる部下を見て苦笑していると新たに客が入店。
何となしに視線をやると、
(あれ?)
眼鏡をかけた柔和そうな老人。その姿に見覚えがあった。
ちょっとごめんと部下に断って席を立ち、老人に近付き声をかける。
「あの、すいません。森下先生ですよね?」
「うん? 君は……ひょっとして、佐藤くんか?」
「あぁ、やっぱり先生だった。ええ、俺です。佐藤英雄です」
高校時代良くしてもらっていた生指の先生だ。
生指と言ってもガー! っと叱り付けるようなタイプではなく懇々と諭してくれる物腰柔らかな人で生徒からも人気があった。
世界史を担当してたんだがユーモアに溢れた授業運びで生徒を退屈させないので授業の方も評判が良かったんだ。
「…………驚いた。何ともまあ、立派な社会人になっちゃって。
いや要領の良い子だから上手くやってるだろうとは思ってはいたけど……あの佐藤くんが……」
失礼な、とは言えない。
裏ほどやんちゃはしてなかったがそれでも教師から見れば問題児の一人だったろうしな。
「今は何をやってるんだい?」
「×××ってとこで営業マンやってます。こう見えて部長なんですよ俺」
「ほう! 結構なところじゃないか。しかもその若さで部長とは大したもんだ」
「いやまあ、それに関しては状況もあってのことですから」
俺が部長になったの去年の春先。
前任の部長の親父さんが倒れて急遽家業を継ぐことになったのだ。
当時の部長は長男で、いずれは会社を継ぐことになるのは確定してたんだが本人も周囲もまだまだ先のことだと思っていた。
親父さんも健康でバリバリやってたもんだから突然のことでてんてこまい。
あちらさんの事情的に倒れたタイミングも最悪で……当時のことは思い出すだけで頭痛を覚えるぐらい大変だった。
「俺より年上の課長も居たんですが、まあほら……あるじゃないですか色々と」
「ああうん」
派閥とかそういうね。
「俺はどことも上手く付き合ってて一番しがらみがなかったもんで」
正式な後釜が決まるまで代理で、ってことになったのだ。
ただ中々決まらなくてな。その間、俺が上手いこと回してたから「じゃあお前で良いじゃん」ってなってなし崩し的に……。
「だとしてもそんな状況で上手く舵を取れたのは君だからだろう? 胸を張るべきだよ」
「先生……」
嬉しいこと言ってくれるやんけ。
「何にせよ、君が元気そうで何よりだよ」
「先生こそ。海外に行ったから同窓会にも呼べないし皆心配してたんすよ」
先生が教職を辞したのと俺の卒業は同じだった。
当時は55とかそこらだったかな? 定年にはまだ早いが先生は独り身で身軽だったからな。
身体が満足に動かなくなる前に昔からの夢である世界中の史跡巡りへと旅立って行ったのだ。
「ははは、すまないねえ」
「いえ。ところで今回は一時帰国ですか?」
「いや、もう十分楽しんだからね。そろそろ腰を落ち着けようと戻って来たんだ」
そうか。なら次の同窓会には……。
「それより部下が居るんだろう? 放って置くのは感心しないよ」
「あ、そうですね。すいません。じゃあ連絡先を」
プライベートのアドレスを渡そうとしたところで会話を見守っていた部下たちから声が上る。
「あの森下先生でしたっけ?」
「良ければ一緒にどうです?」
「む……いやそれは流石に……」
「自分たちは全然問題ないです!」
「むしろ学生時代の部長の話を聞きたいなって」
……良い提案してくれるじゃないの。
「あの子らもこう言ってますしどうでしょう? 今日はご馳走させてくださいよ」
「いやいや生徒に奢ってもらうわけには」
「むしろ生徒だからこそですよ。大人になったんだから昔の恩を少しでも返させてくださいよ」
恩師に奢るとか滅多にない機会だ。
懇願すると先生も折れてくれて苦笑気味に頷いてくれた。
「ならお言葉に甘えさせてもらうよ」
「隣どうぞ」
改めて席につき、全員の注文が決まったところで部下の一人が切り出した。
「森下先生。部長だと分かって驚いてましたけどそんなに様変わりしてるんですか?」
「そうだねえ……私だけじゃなく他の先生が見ても驚くぐらいには」
「具体的にはどんな感じに?」
「髪の色と、ピアスかな。昔はまっ金金でピアスもじゃらじゃらつけてたからねえ」
「完全にヤンキーじゃないっすか!」
「ああでも、遊び慣れてるしなぁ……昔から遊び人レベルが高かったなら納得だぁ」
俺をよそに盛り上がりやがって……。
ちょっと疎外感を覚えるが、これはこれで悪くない。
(連休ラストはアレだったが)
休み明けに恩師と再会出来たんだから総合的にはトントンだな。うん、幸先良いスタートだ。




