一つの終わり
結局、チーム名はSTSに決定した。
一応言っておくと佐藤が二人を性転換させた……じゃないぞ。
普通にそのままそれぞれの頭文字から一字ずつ取っただけだ。
名前ではなく苗字から取ったのは……ほら、名前だとね? 英雄、アリス、みおでHAMになっちゃうから。
STSとHAMどっちが良いかつったら前者じゃん。
ただアルファベットを単純に並べただけじゃ寂しいのでSTSからこじつけて正式名称はSTrikerSにした。
「さて、登録も終わったしどうするよ? まだ日は高いが飲み行く?」
「待て待て。もう一個、頼みがあるんだよ」
「遊ぶのはそれを済ませてからにしよう」
「ふぅん? んで俺は何すりゃ良いのよ」
二人は少しの沈黙の後に切り出した。
「……柳と鬼咲に会いたい」
「ケジメをつけようと思ってね」
「ケジメつっても別に連中を殺るとかそういうわけじゃねえぞ?」
「そんな資格もないしね」
そりゃまあ、そうねえ。
連中が悪いのはその通りだ。それでもその道を選択したのは二人なんだから。
「確かあの二人、もう表舞台に復帰したんでしょ?」
「ああ。裏での仕事こなしつつ着実に表での社会的地位を築いてるよ」
まだ復帰してそう時間も経ってないがスタートダッシュがやば過ぎた。
世の中には目の付け所は良いんだが、それを上手いこと活かせない経営者ってのが居る。
柳が目をつけたのはそういう会社だ。
裏の仕事で幾らか軍資金を稼ぎ、将来性はあるが現状上手くいってない企業を複数買収。
買収した後は自らが辣腕を振るい前経営者が活かせなかった金脈を掘り始めた。
「律儀に報告して来るんだが……マジやべえぞ」
営業マンとしてやって来た勘が言ってる。金の匂いがぷんぷんするぜぇ……! とな。
流石にこんな短期間で利益は出せちゃいないが語られた経営プランだけでも十分だ。
ともすれば夢見がち、見通しの甘さが透けて見えるが俺は知っている。奴にはそれを実現させられるだけの能力があると。
あとプランについても奴を知っている俺だから変に言葉を飾らなかっただけだろう。
銀行から融資を取り付けるならプレゼンに相応しい形に整えるはずだ。
頭も切れるし弁も立つ。金の匂いに敏感な銀行は喜んで貸すだろうて。
「野郎はクソほど有能だったからなぁ」
「やる気を取り戻した上で表舞台に復帰出来たならさもありなん、か」
高橋は味方として、鈴木は敵として柳と接して来たからだろう。
その才覚なら当然だろうと頷いている。でも忘れてねえか?
「柳一人だけじゃねえんだぞ?」
「「あ」」
柳は鬼咲と手を組んでいるのだ。狂った幸運を味方にしてる鬼咲とな。
オカマバーのママやってたとは言え、だ。経営者として特別、優れてるってわけじゃねえ。
真世界を運営してた頃も出来る奴に丸投げだったしな。
しかし奴には運がある。
「柳が稼げそうなプランを複数提示して鬼咲に直感でそれを選ばせる……分かるだろ?」
「「クソみたいなコンボだ……」」
「それな。カードゲームならシナジーが凶悪過ぎて即禁止リスト入りだわ」
柳が提示したプランってだけで一定の勝算はあるわけだ。
そこに鬼咲が自らの幸運を発揮したら柳の予想以上の成果が出るだろう。
全部が全部大当たりするとは思わんが、そこそこの当たりでも利益は出るだろうからどう足掻いても損はない。
大勝利か勝利。結果はそれのみ。イカサマとかそういうレベルじゃねえぞ。
「……十年後の長者番付が恐ろしいことになってそうだわ」
「しかも、柳的にゃ別に金を稼ぐことがメインじゃねえんだろ?」
「ああ。あくまでホームレスの社会復帰の手段に過ぎねえ」
そしてそっちも既に動いてる。
まず手をつけたのは近年ホームグラウンドにしてた河川敷とその周辺のホームレスたちだ。
既に一定の能力がある奴は即雇用。そうじゃない奴は職業訓練で適正な能力を身に着けられるよう振り分けた。
「適材適所を見抜くなんざ奴からすれば朝飯前だからな」
中には世の中が嫌になって世捨て人になったのも居ただろう。
しかし、そこは柳だ。もう一度世界を愛して欲しいと説得し全員を社会に復帰させた。
混沌の軍勢の一枚岩っぷりからして、奴の下で働くならもう世の中が嫌になることもなかろう。
「金の流れがもっと大きくなりゃ支援団体も立ち上げて更に手広くやるってよ」
「……何も言えねえ」
「その上、裏でもしっかり仕事はしてて鬼咲との共同作業で既に結構な数の残党を取り込んだらしいぜ」
「危険過ぎていっそ笑えてくるね」
「ああ。力で全部蹂躙出来る俺が居なきゃアイツ絶対消されてたわ」
裏でも表でも危険過ぎるんだよ……。
「とりあえず連絡入れてみるからちょい待て」
メッセージを飛ばすと直ぐに返信が来た。
忙しいようだが鬼咲と共に時間を作るから指定の場所に五分後、来て欲しいとのこと。
ちなみに鬼咲だが今の立場は柳の私設秘書ってことになってる。
そして五分キッカリ経過した後、高橋鈴木を連れて転移した。
転移先の応接室では既に二人は揃っていて、フラットな態度で俺たちを迎えてくれた。
「久しぶりねえ……ってどうしたの?」
「……お前のせいだろう。佐藤英雄から話は聞いていたのだろうがいざ目にするとその衝撃は、なあ?」
柳も十分ぐらい思考停止したとか言ってたしな。
「でもこの子たちに至っては性別そのものが変わってるのよ? “ついてる”あたしのがまだ原型あるじゃない」
そういう問題じゃねえから。
「……クッソ、出鼻を挫かれた気分だ……柳」
「何だね?」
「あんたにゃ恨みはねえ。夢を追った自分にもな」
「そうか。私もそうだよ」
「だが負けて良かったとも思ってる。あたしはもう、二度と佐藤を裏切らねえ」
もしまた敵対することがあればかつての同志であろうと容赦なく殺す。
高橋の宣言に柳は嬉しそうに笑った。
「ああ、その時は君が引導を渡してくれ」
かつての同志だからこそ、かな。
「鈴木ちゃんも、同じかしら?」
「そ、そうだね……ちゃん付け……ちゃん付け……高橋くんの方は何か普通に良い感じなのに何で私だけ……」
諦めろ鈴木。これが現実だ。
「んん! ……ありがとう鬼咲。君には感謝してる。今はもう、夢から覚めてしまったけれど」
あの時間は決して嘘ではない。あれもまた自分という人間の真実の一つだから。
鈴木の感謝に鬼咲も嬉しそうに笑う。
……かつての夢に囚われた同志を解き放つのが目的だからそりゃ嬉しいわな。
「もしあたしがまた道を踏み外しそうになったら」
「ああ、かつてのよしみだ。君は私が殺ってあげるよ」
「ありがとう。その時はよろしくね?」
目の前の光景を見て、俺は思った。
(終わったんだな、これで本当に)
本当の意味であの戦いに幕が下りたのだと。




