一つ星レストラン。
無料版のアプリを起動した。
アプリ側が勝手に選択した電話番号につながった。相手の電話番号は表示されない。
相手は電話をしていない。盗聴が始まった。
全く知らない他人の会話。胸が高鳴る。
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「いらっしゃいませ。ご注文をどうぞ」
「ワダシハー、カニチャーハンのセットをお願いしますー」
「そちらのお客さんは?」
「ワタシハー、エビチリセット、オネガイシマスー」
「分かりました。少々お待ちください」
・・・・・
「はい、お待たせしました。こちらが、カニチャーハンセット、それからこちらがエビチリです」
「オー、これはおいしそうですね」
「エビチリもイイニオイー、デスー」
・・・・・・
「何か、お呼びでしょうか?」
「お忙しいところ、スミマセーン」
「チョット、キイテモ、イイデスカー?」
「はい、どんな事でしょうか?」
「とっても、美味しかったですー。恐らく、人工調味料使ってませんねー。どんな味付けしてますかー?」
「主人と息子が、夜遅くまでダシの仕込みをしております」
「ツマリー、ジカセイのダシ、デスネー。それは、スバラシーー」
「ありがとうございます」
「カニチャーハンのライスーと、エビチリセットの白ライスー、ヒンシュ、ちがいますかー?」
「はい、息子がお米の問屋をしてまして、最高級のお米を安く仕入れる事が出来ますので・・」
「チャーハンのタマゴもー、素晴らしいアジでした。これも安くシイレテますかー?」
「はい。娘が卵農家に嫁いでますので・・」
「ソレデー、リユーが、ワカリマシター」
・・・・沈黙。
「エビチリのエビー、とっても、シンセンで、プリプリでしたー。890円では、とても出来ないデショー?」
「息子が、漁師をやってまして、毎日新鮮な魚介を届けてくれますので・・・」
「オーー、スバラシー。この店、タイヘン、恵まれてますねー-」
・・・・沈黙。
「ところでー、お子さんは何人いらっしゃいますかー?」
「はい、息子が4人。娘が2人です」
「この店テツダッテル人、ライスー問屋、タマゴー農家、リョーシ、これでー、4人ですねー」
「後は、製麺所を経営しているのが一人と、英語教師が一人です」
「こども、タクサンですねー」
「お恥ずかしい話ですが、若い時の主人は料理とアレにしか興味がなくて・・・。あら、やだ、昔の話ですよ・・」
「・・・・・」
「・・ホンニンの口からキクトー、ちょっと、アノー、エロいー、カンジ、しますねー」
・・・・沈黙。
「このお店、トテモ、オイシー。テンナイもセイケツー。スバラシですー」
「そして、シンジラレナイ、ネダーンですー」
「ありがとうございます。またのご来店をお待ちしております」
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「マリちゃん。調査員たち帰ったよ」
「なんて言ってた?」
「安くて、清潔で、美味しいって・・・」
「そう、本人たちがそこまで言う事ないから、恐らく、一つ星は取れると思うわ」
「ありがとー、こんな時期だから、すごく助かるわー」
「おかあさん。私がMの日本事務所で働いてること、誰かに話しちゃダメよ」
「もちろんだよ。口が裂けても言わないよーー」
・・・・・・・
「シュンちゃん。今日はご苦労様。調査員たち、大満足で帰って行ったわよ」
「それなら、店を休んで手伝いに来た甲斐があったね」
「今日のエビチリとカニチャーハン、あんたの店で出したらいくらなの?」
「エビチリが5千円。カニチャーハンが7千円かな」
「材料代、払っとくよ」
「いいよ、おかーさん。この店を存続させるためなら、安いもんだよ」
・・・・・・・・・・
私は、アプリを切った。
数か月後、この店と思われる下町中華の店が、Mのガイドブックに載った。
一つ星だった。
割と近かったので、興味本位で食べに行った。
物凄い行列だった。
また来たいほど美味しかった。
値段を上げていなかったので、録音は消すことに決めた。