商標登録
無料版のアプリを起動した。
アプリ側が勝手に選択した電話番号につながった。相手の電話番号は表示されない。
相手は電話をしていない。盗聴が始まった。
全く知らない他人の会話。胸が高鳴る。
・・・・・・・・・・・・・
「令和薬品の伊藤さんですね。今日はどの様なお問い合わせでしょうか?」
「はい、実は私どもの会社で新しい風邪薬を開発しまして、その商品の商標登録をしたいとおもいまして・・」
「なるほど。当然候補となる商品名はお決まりなんですね}
「はい。”便座G”にしたいと考えています」
「べ、便座・・。か、風邪薬ですよね?」
「はい。弊社の社長がずっとベンザを服用していまして、強いこだわりを持っているもんですから・・」
「最後のGには、どんな意味が含まれているんでしょう?」
「はい。他社の製品にも、AとかSとかLとか付いてますし、やはり便座だけではフンづまりな感じがするということで、社長の好きなゴジラのGを付けてみました」
「なるほど・・・」
・・・・・沈黙。
「伊藤さん。ちょっと想像して見てください」
「はい・・」
「あなたが女性で、近くの薬局に風邪薬を買いに行ったとします。そこには偶然、会社の同僚がいて化粧品か何かを探していたとします」
「はい。見えました」
「会計の時、薬局の店員がこう言います。はい、便座・・、痔ーーですね・・・」
「Gじゃなくて、痔・・・ですか?」
「人間というものは、よい方向ではなく、時として悪い方向のイメージを抱くものなんです。購入したのがベンザ・ブロックであったならば、伊藤さんカゼなんだー、気を付けてねで済みますが、痔の場合は、完全にシカトされ、便座ブロックされます」
「・・・こ、怖いですね・・」
「私からの提案ですが、Gにそれほどの意味がないなら、避けるべきかと・・」
「わかりました。ただ、先ほども申した通り、便座だけではフンづまり感がぬぐえませんので、何らかのアルファベットを引っ付けたいと思うのですが・・・」
・・・・・沈黙。
「どうでしょう、伊藤さん。この際、一文字だけではなく3文字にしてみたら・・」
「さ、3文字ですか・・・、例えば・・?」
「GTRはどうでしょうか?」
「便座GTRですか・・・。なんか便座にはもったいないくらいの迫力と高級感がありますね」
「もしかしたら、ニッサンとの協議が発生するかもしれませんが、風邪薬ですから何とかなると思いますよ」
「社長は大の自動車好きですから、恐らくOKが出るような気がします。仮押さえの方向でお願いします」
・・・・沈黙。
「伊藤さん。仮押さえのついでに、もう一つの商品名を思いついたのですが・・」
「ど、どんな名前でしょう?」
「折角GTRと付いたんですから、この際、ルマンGTRとしてはいかがでしょうか?」
「ルマンGTR・・・。確かに華やかさ、爽快感、強力な爆発感が半端ないですね」
・・・・・沈黙。
「・・・頭痛、鼻水、いたーーい喉には、ルマンGTR・・、速攻で効きます。なるほど、私的には完全OKですね」
「そうでしょう」
「ただ・・・」
「ただ、なんでしょう?」
「これって、風邪薬のイメージになりますかね?」
「それなら大丈夫です。ほかの商品の名前を何の先入観なしに思い出してください」
「ベンザ、ルル、ロキソニン、パブロン・・・・。確かに、初めて聞いた人には風邪薬とは縁もゆかりもない名前ですね」
「その通りです。長い間の刷り込みで、無意識のうちに結びつけられただけのことなんですよ」
「なんか、社長を説得できるような気がして来ました」
「伊藤さん。ちょっと想像して見てください」
「はい・・」
「あなたが女性で、近くの薬局に風邪薬を買いに行ったとします。そこには偶然、会社の同僚がいて同じく風邪薬を買おうとしていたとします」
「はい。見えました」
「会計の時、薬局の店員がこう言います。はい、赤のルマンGTRですね・・・」
「はい。見えます。カッコいいです」
「一方、あなたの3人後ろで待っている同僚。手にしているのは黄色のベンザ・ブロックです。もし、あなたのすぐ後ろの客も青のルマンGTRを買った場合、あなたの同僚も黄色のルマンGTRに変更すると思いませんか?」
「はい。見えます見えます。ルマンGTR、仮押さえではなく決定でお願いします」
・・・・・・・・・・・・・
俺は盗聴アプリを切った。
「薬の商品名がこんなにいい加減な感じでつけられていたとは・・・」
「・・てか、名前分かんないけど、この担当者、ものすごいネゴシエーション能力だな。圧倒されたわ」
「・・てか、最初の候補から最終的に残ったの、痔ーーだけじゃん」




