終わりの始まり
無料版のアプリを起動した。
アプリ側が勝手に選択した電話番号につながった。相手の電話番号は表示されない。
相手は電話をしていない。盗聴が始まった。
全く知らない他人の会話。胸が高鳴る。
・・・・・・・・・・・・・
「お師匠様、大変ご無沙汰しております」
「おおマークか、一体何年ぶりだ?」
「はや6年の月日が経ちてございます」
「そうか、はや3年か・・・」
「いえ、お師匠様6年でございます」
「な、なんと2年もの月日が経ってしまったのか・・」
「・・・・・」
「ところでマーク、今日は何の用で参ったのじゃ?」
「・・・・・」
・・・・・沈黙。
「ワシとお前の仲じゃ、遠慮はいらん。何でも申してみよ」
「実は、私、盗聴アプリという小説モドキを書き散らしているのですが、もうネタが尽きてしまい、にっちもさっちも行かなくなってしまいました」
「うむ。それで?」
「私が6年前、修行中に書きなぐった小説を整理して、書き直してみようかと思いたちましてございます」
「確かあれはSFの体裁をとっておったな。そんな古いSFネタが現在の読者に通用すると思うておるのか?」
「思うに私の読者は、ほとんどが定年過ぎのジジババと踏んでおります」
「なるほど・・・」
「その様なジジババならば、あのカビの生えた様なSFでも通用すると踏んだわけだナ」
「御意」
「甘いなマーク。最近のジジババは光速の勢いで進化していると聞くぞ。光速に進化し過ぎて、最新の物理学にも精通しているらしい・・・」
「例えばどの様な?」
「超弦理論・・・」
「お師匠様、それは如何なる理論でございましょう」
「以前は物質の最小単位が、素粒子という大きさのない点粒子であると考えられていた。しかし超弦理論では、物質の最小単位をクネクネと動くヒモの様なモノだと規定した。それによって、素粒子理論で発生していた数々の矛盾点が解決された」
「電磁気力、強い力、弱い力。それらと重力を統一させた理論の事ですね」
「その超弦理論から導き出されたブレーン宇宙論・・・」
「なるほど、それは侮れませんね」
・・・・・・長い沈黙。
「それほどまでにネタに窮しておるのか?」
「恥ずかしながら、御意にございます」
「1.2年、トント・ゴブサータしても誰も何とも思わんのではないのか?」
「読者はそうかも知れません。しかし、私自身が嫌なのでございます。どんな詰まらない作品だとしても、読者に私の脳の中の閃きを届けたいのでございます」
「ケチョンケチョンにけなされたとしてもか?」
「はい・・・」
「マークよ、お前のその意気込みは美しい。しかし・・・」
「しかし・・?」
「はっきり言って、愚作だな・・・」
「御意」
「それでも発表するのだな」
「御意」
「タイトルは何と言ったかな?」
「街角簡易シミュレーター・AOIちゃん」
・・・・・・・長い沈黙。
「仮にもSF小説というからには、スーパーシミュレーター・AIOとかに変更は出来ないのか?」
「残念ながら、その様なタイトルに耐えられる内容では・・・」
「コホン・・」
「た、確かあの時の作品はハッピーエンドであったと記憶しておる」
「御意」
「その、AOIちゃんとかの作品を発表するにあたって、私から一つだけ条件を出そう」
「ありがたき幸せ」
「残酷なまでのアン・ハッピーエンドであること・・」
「アンというのは、餡でもなく、一つのという意味でもなく、否定形としてのアンですね」
「その通りじゃ」
「いつから発表するのかな」
「土曜日を予定しております」
「いったい何人がついて来れるかの・・・」
「御意」
・・・・・・・・・・・
僕は盗聴アプリを切った。
「ついにマークも禁断の作品に手を出すことになったか・・・」
「終わりの始まり・・・。終焉の匂いがプンプンするな・・・」
「仕方ねーな。マークの死に際を確かめるとするか・・・」




