お気に入りの香水 【月夜譚No.196】
棚に置いた香水瓶を眺めて溜め息を吐く。
紅色の水が入った瓶は細かな細工がされ、光を受けて魅力が増して見える。香水自体も落ち着いた大人な花の香りがして、一目惚れして購入したものである。
――だが、如何せん使い道がない。
普段使いするには大人過ぎるし、特別な時にと思っても、いざその時が来ると自分に合わない気がして別の香水を使ってしまう。
全くもって、どうして買ってしまったのだろう。いくら気に入ったからといって、使わないのでは持っていても意味がない。
彼女は再び溜め息を吐いて、ベッドに寝転んだ。サイドテーブルにあったスマートフォンを手に取って、気分を変えるべくSNSを開く。
他人や友人の日常の断片を見るともなしに眺めていたら、一つの広告に目が留まった。
『自分を変えてみませんか?』
その一文から、目が離せなくなる。
広告自体は、何の変哲もない美容院のものだ。こんな言葉は、ネット上を探せば幾らでも出てくる宣伝文句である。
しかし、今の彼女には痛いほど刺さる台詞だった。
自分を変える――変わったら、変わることができたら、あの香水が似合うようになるだろうか。
彼女は再び香水瓶を見て、スマートフォンの画面に視線を戻した。
なれるかどうかは判らないが、試してみる価値はあるかもしれない。
腹筋を使って一息に上体を起こした彼女は、親指でその広告をタップした。