第8話:面倒くさい女
【ビギナの森】
ラックスの街から約5㎞先にある森で、比較的弱かったり、対処法を用意すれば安全に狩れる魔物が多く生息する。
駆け出し冒険者が経験を積むのにうってつけの場所である。
俺とシャオは、先ほど受けた依頼を達成するため、その森に街道の上を歩いて向かっていた。
「なあシャオ、今回受けた依頼って、安全なのか?俺不安なんだが……」
今回受けた依頼は、バイツウルフ5匹の討伐。
バイツウルフとは、分厚い鉄板に穴をあけ、ひしゃげさせるほどの鋭い牙と咬合力(かむ力)を持つ狼のことだ。
接近戦は危険だが、弓や魔法で遠くから急所を狙い撃ちすれば、そこまで脅威となる魔物ではない。他にも、あらかじめわなを仕掛けるなど対処法はある。
おそらく、驚異的な咬合力を除けばその生態は元の世界の狼と大して変わらないと思う。
だが……
「シャオって【狂戦士】なんだろ?」
たしか、受付の男の話では、この女の職業は【狂戦士】。
一度戦うと理性を失い、敵味方関係なく力尽きるか周囲の生物を全部倒すまで暴れまわる。
ゴリゴリの前衛だ。
「どこで聞いたのそれ?私の職業は【武道家】だよ」
だが、本人はそれを否定した。
(あれ?確かに受付ではそう聞いたんだけどな……)
受付の男が嘘をつくとは思えない。
しかし、シャオがわざわざ嘘をつく理由もないだろう。
……なら、シャオの知らないうちに間違った情報が広まったと考えるのが妥当か。
「って、どっちも前衛じゃん!?バイツウルフは遠くから攻撃すればいいって話だろ?後衛はいないのかよ!?」
俺のツッコミに対し、シャオは自信満々といった様子で諭してきた。
「【武道家】は前衛しかできないっていうのは謝った先入観だよトウカ。拳術だけではなく、あらゆる武器の扱いを含めての武術さ。そして、私が修めている武術の中には、投擲武器も含まれているのさ。まあ、私が一番得意なのは素手だけどね」
「おお!」
一瞬、武道家が武器?なんて思ったが、武器の漢字には武が入っているし、おかしなことはないのかもしれない。
ふと、小学生の頃の記憶を思い出した。
フルコンタクト空手(簡単に言えば寸止めせず打撃を当てていい空手)を習っているクラスメイトが学校でヌンチャクを振り回して自慢しているところを、先生に見つかって没収されていた記憶だ。
どうでもよすぎて今まで忘れていたが、当時はかなりかっこよく見えたので、親に空手を習いたいとせがんだはずだ。
その後親が連れていってくれた空手道場ではヌンチャクを教えていなかったので空手を習うことはなかった。そのクラスメイトと同じ道場に通うのは恥ずかしかったし。
そんな小話は置いといて、場所によっては空手道場でも武器の扱いは習う。それを思い出した。
なら、俺の常識からいっても武道家が武器を扱えることは何らおかしいことではないということだ。
(武道家って、素手だけじゃないんだなー)
素直に感心した。拳術を治めるだけでも大変だろうに、よく他のものまで扱えるようになったものだ。
「ちなみに、投擲武器のほかには何が扱えるんだ?」
「う~ん、槍、棍、三節棍、九節鞭、刀、双刀、双鉤……まあ、色々できるよ」
「まじで!?すげえ!武道家ってそんな沢山習うもんなの?」
多芸は器用貧乏を綺麗にした言葉、というイメージが個人的にはあるが、そんなにたくさんできるのならもう素直にすごいと褒めるしかない。
一部全く知らない、わからない武器も混じっていたが、なんかすごいのは伝わった。
「……改めて考えてみるると、武道家がっていうより、うちとそれに連なる門派が特殊なのかな?うちの武術は開祖が異世界の武道家の教えをもとにつくられたものだなんて言い伝えもあるから。武道家は……とか偉そうに言ったけど、他の流派のことはよく知らないし……もしかして、武道家って本来は素手しかできないものなのかな?」
「いや、俺に聞かれても……。しかし、異世界ねえ……」
俺はあらためてシャオの姿を見る。
藍色の髪、琥珀色の瞳、顔立ちは西洋人らしいものだ。ついでにかなり美人。
だが、服装だけが西洋とはかけ離れている。かといって日本の物ではない。
上半身はビキニ……これはどうでも、よくないな眼福です。
雑念が混じってしまったが、注目すべきは下半身だ。
黒のズボンは、肌と生地の間の空間に余裕があるゆったりした、しかし足首が締められている大きいズボン。
靴は茶色のブーツではなく、黒の布で作られた足首の一部が露出している面積の少ないデザイン。
中華圏の服を連想させるものだった。
例えるなら……某格闘漫画、バ〇に出てくる列海〇の女バージョンといったところだ。
「外国から転生するパターンもあるんだな」
まあ、異世界転生は日本人の特権というわけではない。
むしろ人口は多い国なのだから、転生する可能性は日本よりも高いはずだ。
当然と思えば当然か。
「どんな武術なのかとか、修行の方法とか、聞いてもいいか?」
「いいよ。修業は……同じ構えを長時間やるのがきつかったかな。他にも……」
それからも俺は、武術についていろいろな話を聞いた。
練功、勁、理念……難しい話ばかりで、正直半分も理解できなかったが、とても面白かった。
そうしているうちに、ビギナの森に着いた。
ービギナの森ー
「おお、森だ!」
森なんだから当たり前だろ、と突っ込まれそうな中身のないリアクションで申し訳ないが、目の前の光景は森だとしか言いようがない。
森なんだから。
「この中に魔物がいるんだよな。俺は喧嘩できないしモモカも最弱のスライムだから、頼むぜシャオ……」
俺は先ほどから異様に静かなシャオのほうに顔を向けると……
「ブルブルブルブル……」
自分の体を抱きしめて震えていた。
「めっちゃビビってる!?ブルブルって口で言ってる!?」
「ち、違うから!これは、武者震いだから!」
とにかくビビっていないと言い張るシャオだが、涙目といい、青白い顔といい、とても武者震いには見えない。
「武者震いにしては顔色が悪いぞ?」
「寒くて震えてるの!私上はビキニだから」
「今は上着てるだろ。虫刺され対策に」
この森に向かう途中、シャオはビキニの上から長袖のチャイナ服を着た。
青色のチャイナ服は普通に似合っている。
「……禁酒してたから禁断症状が……」
「朝飲んでただろうが!このスパンで禁断症状が出るなら依頼より病院に行け!」
下手な言い訳を封殺して、俺はシャオがビビってることを認めさせた。
「どうすんの!?俺魔物討伐とかやったことないんだけど!?シャオだけが頼りなのにそのシャオが頼りないんだけど!?」
「そんなに怒らないでよ!しょうがないじゃん怖いものは!」
「この女開き直りやがった!」
「どうせ私はビビりで頼りない役立たずの弱虫ですよーだ」
そしてシャオはすねたようにそっぽを向いた。
……この女、素面でも酔っぱらっても面倒くさい。
シャオは、気を落としているのか顔をうつ向かせて、小さな声で呟いた、
「だから、強い私に頼るしかないの」
そして、冒険者カードから持ち物を取り出す。
カードから出てきた持ち物は、酒瓶だった。
「てめえこんな時に……」
酒を取り上げようと思ったが、俺の手よりシャオが酒に口をつけるほうが速かった。
恐ろしいほど無駄のない動作。いままでどれだけ酒を飲んできたのかがわかる。
「大事な依頼の前に、酔っぱらってんじゃねえ!」
武術を自慢していたくせに直前にビビって、かと思ったら突然酒を呷る。
その意に不明な行動に苛立ちが増し、我慢できずに拳をシャオの顔面に突き出した時だった。
———視界に青空が広がっていた。
「……は?」
さっきまで俺の視界は、シャオの顔が映っていた。
酒が回ったのか頬を赤くしたシャオの顔。
所の表情は先ほどの自信なさげなものとは真逆の、余裕がにじみ出た笑顔で……
気づけば、倒されていた。
「一体、なにが……?」
からぶった手と、わずかにしびれている足の感覚から推測できるのは、シャオが拳を避けたと同時に、俺の足を払って倒したということだけ。
具体的にそれをどうやったのか、全くわからない。
シャオが、上から間抜けな表情をさらしている俺をのぞき込む。
「さっきは頼りない姿を見せてごめんね。もう大丈夫。酔った私は誰よりも強いから」
そう言ってシャオは、自身に満ちた笑顔で、俺に手を差し伸べた。
その手を取るのは悔しくて、払いのけた後自力で立ち上がる。
「男の子だねえ」
シャオは、そんな俺の姿をそう評した。
この時の俺の顔は、シャオよりも赤かったと思う。
「じゃあ行きますか。ついてきて」
シャオは酒瓶片手に森を進む。
「くっそ!」
俺は、屈辱感と頼もしさを同時に感じながら、先ほどより大きく見えるその背中の後を追った。




