第7話:シャオ・シュランシュ
「お前が俗世との関りを断った生活を送っていたのは分かった」
受付の男が何か言っているが、俗世との関りを断ったとか、そんなかっこよさげなものじゃないぞ。
ただ学校に行きたくなくて行ってないだけだ。
だからそんな山籠もりをしていた人みたいな表現はやめてほしい。
「そんなお前ともパーティーを組んでくれる人を紹介してやろう」
どうやら人材の紹介までやってくれるらしい。親切にもほどがある。
どうしよう、俺もうこいつに頭上がらない。
「お前ホント優しいよな。口は悪いけど」
その砕けた口調さえなければ完璧な受付だと思う。
その言葉を受けた受付の男は、顔を赤らめさせながら照れていた。
照れ隠しなのか、次の言葉は早口だった。
「この口調はお前に対してだけだがな。それより、あそこのテーブルを見ろ」
受付の男がテーブルのうちの一つを指さした。
そこにいたのは、朝から一人で酒を飲んでいる女だ。
このギルドは酒場も兼任していて、依頼を終えた冒険者は大体ここで飲み食いしている。
しかし料金は相場より少し高い。
といってもその差は本当に少し。例えるならスーパーとコンビニのような違いだ。
というか、あの女は……
「昨日紛らわしい酔いつぶれ方してた女じゃん」
藍色の髪、高い身長、露出度の高い服、これだけ特徴的なら、間違えるはずもない。
間違いなく、昨日俺が酔いつぶれていたところを街まで(ひきずりながら)運んだ女だ。
「……まさか、紹介するのってあいつか?」
「そうだ」
受付の男は肯定した。
……訂正。こいつ全然優しくねえわ。
「酔っ払いに話しかけるって別の意味でハードル高くね?」
あの女には今のところはた迷惑な奴という印象しかない。
そんな奴とパーティーを組むなんて嫌だ。
しかし、これ以上俺に付き合う気はないと突き放すように、受付の男は強い口調で説明した。
「あの女は酒が絡むとどうしようもないが、素面だと結構いいやつだ。先日街まで運んでやった恩人のことをむげには扱わないだろ。というわけだ。まだ酔いが浅いうちに声をかけてこい!」
強引に追い返されてしまった。
……まあ、背に腹は代えられない。
受付の男が言ったとおり、あの女は俺に街まで運んでもらった恩がある。
多少のわがままは聞き入れてもらえるだろう。
そして俺は、緊張で心臓がバクバクなるのを自覚しながら、女に話しかけた。
「おはようございます。お姉さん」
女はその言葉に反応し、酒の入ったコップを片手に俺のほうに顔を向ける。
「ん?どうしたの君?こんな飲んだくれのお姉さんにナンパ?」
(ぶち殺してやろうかこの女)
お前みたいな見た目は確かに俺の好みだけど飲んだくれにナンパするわけないだろ。そんなことは禁酒してからいえよと思いつつ、俺は何とか言葉をしぼりだした。
「いや、俺とパーティーを組んでくれないかな~って思いまして。あ、お姉さんもしかして昨日草原で赤ワインぶちまけて酔いつぶれてた人ですか?」
多少無理矢理でも昨日の出来事を話して、この女に借りを意識させないと。
下手に出たらだめだ。というかこの女に下手に出るなんてプライドが許さない。
不登校児の親不孝者のプライドなんてたかが知れているとしても。
「あ!もしかして昨日私を運んでくれたのって君?いや~ごめんね迷惑かけちゃって。昨日は血まみれみたいだったでしょ?次からは気を付けるね」
「そうしてくれ」
どうやら反省してくれたみたいだ。
その反省を忘れないでほしい。
もう酔っ払いの面倒はごめんだ。
「次は紛らわしくないように白ワインで酔いつぶれるよ」
「まず外で酔いつぶれるんじゃねえ!」
この女ちっとも反省してなかった。
次運ぶときは草原じゃなくて街道の上を引きずってやる。
「まあ酔いつぶれないのは無理だからそこはいったんおいといて、パーティーを組んでほしいんだっけ?いいよ。君には街まで運んでもらった借りがある。その借りの分要望にはこたえるよ」
おいて欲しくない話題を一旦おかれてしまったが、パーティーを組む話はとんとん拍子で進んだ。
話を進めたのは主にこの女だが。
「君が私に求めるものは何?」
女が俺に尋ねた。
俺はそれに返事をしようと、頭を回転させながら自分に必要で、相手が暮れそうなもの答えていく。
「……戦力とサポート。俺は駆け出しだから、冒険者の先輩であるあんたの経験や知識が欲しい」
「なるほど。わざわざ私に声をかけたってことは、討伐系を受けたいのかな?でも難しいのは無理だよ。私も連携慣れしてないからね。慣れないことに失敗して君を死なせるわけにはいかない」
「それで大丈夫だ……です。むしろありがたいです」
「無理して敬語使わなくていいよ。私は気にしないから。依頼を受けるつもりなのに装備をつ着けていないのは、あとで着けるつもりなのかな?それとも装備が必要ない職業?かもしくは装備を買うお金がない?」
「……恥ずかしい話、装備を買うお金がない。職業は調教師だけど、テイムしたのは今頭の上に乗っているスライムだけだ。名前はモモカ」
「……スライムじゃあ戦力にはならないね。じゃあ、君の戦力になりそうな魔物の討伐依頼を受けようか。私が半殺しにした魔物ならテイムできるんじゃないかな?」
「あ、ありがとうございます」
「敬語はいいって」
もっと気楽にしていいよ。と、女は酒が入っているせいか少し赤くした顔で軽快に笑った。
的確に話を進めて、こちらの要望に可能なカギ着こたえようとするその姿勢を受けて、俺はこの女の人が冒険者として尊敬できる先輩であることを実感した。
「あ、肝心の自己紹介がまだだったね。私の名前はシャオ。シャオ・シュランシュ。シャオでいいよ」
名乗りと共に女は、シャオはコップを持っていないほうの手を差し出した。
「俺の名前はサクライ・トウカ。トウカでいい。よろしく。シャオ」
俺はその手を握った。
細い指からは想像できないほどの掌の硬さが、シャオの強さを物語っていた。
掌から伝わる迫力が、己は強者であると伝えている。
俺は、シャオなら絶対自分を守ってくれると安心した。
「あ、ごめん。依頼受ける前に、今コップに残ってる分のお酒飲んでいい?」
「ダメ」
先ほどの安心感がすぐ不安に変わった。
私はワインより日本酒が好きです。
ワインの独特の渋み?がなんか苦手で……。
日本酒って辛いのにのどを通りやすいんですよね。不思議。