第6話:受付はコミュ障を理解できない
ー宿ー
「まさかスライムにも給料をくれるなんて……思ったよりいい職場だった」
何度注意してもスライムは汚れを食べ続けた。
なので俺は、そこまで食べるのなら健康に害があるものでもあるまいと放っていおいた。
そもそもスライムが何を食べるのかなんて知らん。
草を主食にするとは聞いたが、食べてはいけないものは聞いてない。
……今度受付の男に聞いてみよう。
「しかし、お前のおかげで助かったよ。リーダーからも褒められたしな」
「ピギッ!」
汚れを何でも食べてくれるおかげで、普段はなかなか取れない頑固汚れがたやすくおちた。
そして喜んだリーダーが俺だけではなく、スライムの分の給料を払ってくれたのだ。
もともと一人分を想定していた給料が二人分になり、宿の代金は一人分でいい。
……スライムってかなり便利なのでは?
「そういえば、まだお前の名前決めてないな」
スライムスライムと呼び続けたが、いつまでも種族名だと他のスライムと区別がつかないし、世話になっておきながら名前一つ決めてやらないなど、飼い主失格というものだ。
「お前はピンク色だから、モモカでいいか?」
「ピギ~!」
鳴き声が嬉しそうなので、こいつの名前はモモカで決定だ。
ちなみに両親が言うには、俺がもし女に生まれたら俺の名前は桃和ではなく桃香にする予定だったらしい。
……桃になんのこだわりがあるのだろうか?
「少し早い気もするけど、疲れたしもう寝るか」
そして俺は、冒険者カードの所持品からジャージの文字をタップしカードから取り出した後、それに着替えてから寝た。
■
ー午前7時ー
「コケコッコォオオオオオオ!!!!!」
朝の陽ざしが地平線を照り付ける中、そこに眠る人間の意識を覚醒させる騒音が響く。
「うるっせぇええええ!!!!!」
なんだこの鶏の声を百倍大きくしたような鳴き声は!?
おかげで目が覚めたわ!
後で受付の男から聞いた話だが、この鳴き声は渡り鶏という名前の魔物の仕業で、なんでも季節関係なく朝6時~7時の間超高速で各地を飛び回り、大きな鳴き声で朝の訪れを告げる害のない魔物らしい。
別名目覚ましいらず。
この話を聞いた時当然、ニワトリが飛ぶんじゃねえ、と突っ込んだ。
生活リズムが不規則かつ不健康な俺にとって、この鶏は天敵だ。
鶏のせいで規則正しい時間(午前7時)に目が覚めた俺は、洗面所の鏡を見て寝癖を直し、蛇口をひねって顔を洗う。
「よく見ればこの蛇口、魔法陣的なのが描かれてるな。どんな効果があるんだ?」
気になったので後で宿の女将にきいたところ、この魔方陣には水の汚れを浄化する効果があることが判明した。
錬金術師や異世界人が残して言った知識や発想のおかげで、この世界の生活水準は一部日本並みになっていることがあるらしい。
「さて、朝食とったらギルドに行くか」
ちなみに朝食はパンとサラダの盛り合わせ、スープと水だった。
肉が欲しかったところだが、肉は貴重品でそう簡単に出せる代物ではないらしい。
それでもエネルギーは補給できたので、気をよくしてギルドへ向かう。
その際、モモカは頭の上に乗った。
移動するときの定位置として俺の頭を設定したらしい。
感触は悪くないので、首が痛くなるまではのせてやることにしよう。
■
ー冒険者ギルドー
「スライム以外で装備なしで行ける討伐依頼を紹介してください!」
俺は受付の男に頭を下げてお願いした。
「帰れ!」
その返事がこれだ。
人がせっかく頭を下げているのに何て言い草だろう。
「そんな簡単な依頼がたくさんあったら世の中に冒険者なんていらん。一般人が自分で倒す」
「それもそうなんだけどさ~」
無理を言っているのは承知している。しかし理由はあるのだ。
「宿にお金を使うと装備を買うお金が無くなるんだよ」
「だから馬小屋を貸してもらえっていっただろ!?」
俺のような駆け出しの冒険者は日銭を稼ぐだけで一苦労だ。
なので宿屋に交渉して馬小屋を貸してもらい、そこで寝るのが一般的らしい。
だが……
「一回のぞいてみたら馬の匂いがきついし、寝心地も悪そうだし、現代っ子には耐えられん」
「駆け出しがわがまま言ってんじゃねえ!」
……そんなにわがままだろうか?
生活水準を下げるのがいやで、下水道のバイトも面倒だしモモカのほうが活躍して俺の存在意義が危ぶまれるから嫌だし、雑務系はつまらないから討伐系の依頼を装備なしで挑みたいというだけなのに。
………………結構わがままだった!?
「……装備なしで討伐依頼に参加するなら、パーティーを組む手もある」
そんな俺のわがままに答えるように、受付の男は案を出してくれた。
しかたないなあといわんばかりの呆れた表情には腹が立つ。
しかし、その案が有用で一考の余地があるのは確かだ。
問題点もなくはないが。例えば……
「パーティーねぇ。……対人経験のない俺には難しい話だ」
「……お前これ以上駄々こねるならマジでぶっ殺すぞ」
マジトーンで凄まれたので話をご静聴することにしましたハイ。
「パーティーは、まあ複数人で依頼をこなすときのグループのことだ。連携やコミュニケーション、報酬の配分といった面倒な部分はあるが、人数が増える分役割を分担できる。そしたら余裕ができるし、難しい依頼の成功率も上がる。経験豊富な人間とパーティーを組めば、その人の知識や経験を教えてもらうことだって可能だ。装備のない駆け出しでも、うまくフォローしてくれるだろ」
「……すごいメリットがあるってのは伝わった。けど……知らない人に自分から話しかけるなんてハードルが高い!」
「お前……マジで言ってるのか?いや美人に話しかけるのは難しいって話はしたけど、男でもダメなのか?」
俺の言葉が冗談ではないのを察したのだろう。
受付の男は、理解できない生き物を見るような眼で俺を見つめた。
……そんなに、コミュ障なのはおかしいことなのか!?
「お前、今までどうやって生きてきたんだ?」
こんな質問を恐る恐る聞かれたのは初めてだ。
「……最近は、親が学費を払ってくれたにもかかわらず学校はサボり、外に出かけてはいましたが人と接することはほとんどなく、まともに話したことがあるのは両親のみ。生活は不規則で母親には負担をかけました。その分家事はできる限り手伝ったつもりですが、そんなことするなら勉強しなさいと言われる日々でした」
あ、自分で言ってて悲しい。どんだけダメ人間なの俺?
お父さんお母さん、こんな親不孝者の息子でごめんなさい。
「……なんかすまん」
うなだれた俺を見て受付の男は、なぜか本当に申し訳なさそうな顔で頭を下げた。
「いや、悪いのは俺なんだ。ハハッ……」
空気を柔らかくしようと思って笑って見たが、乾いた声しか出なかった。
……自分で思ったより傷は深いかもしれない。
もしかしたら不治の病?
この傷を治すためにも、両親に謝りたいなと思いました。まる。
コミュ力って社会では必須の能力だと思います。
でも自分から話しかけるってかなり難しいですよね。
私も話しかけるのは苦手で、向こうから話しかけてくれた人といつの間にか仲良くなって、友達になる感じでした。
コミュ障とボッチはまた別なんですよね。