プロローグとしては及第点なプロローグ
空は分厚い雲に覆われて、激しい風が吹き荒れ、大地は荒れている。
激しい轟音と共に目の前に落雷が落ちてきて、砂煙が舞い、視界が遮られる中、目にしたのは鮮やかな紅色だった。
砂煙を吸わないように両腕で口元を覆いながらもただ一点、紅色を見つめた。
やがて粉塵が収まり、見つめ続けた場所には深紅の長い髪を携え、血のように深い朱の眼。オマケに小柄な体躯には凡そ似つかない大きい一振の大剣を背負っている。
「君は……一体……?」
呆気に取られながらも辛うじて絞り出た一言は確かに少女に届いたらしい。
ハッキリとこちらを見ながら言葉を紡ぐ。
『私は…………あ……をずっと……し……た』
思いの外少女と距離があったのか、その言葉は正確に聞き取れない。
が、その表情からは敵意はまるで感じない。むしろ、友好の意さえ感じる。
身につけた黒いロングコートの裾を風に靡かせ、コツコツとブーツの底を鳴らしながら近づく。
半歩程の距離で手を差し出して来た。
その手には5つの星が刻まれ、虹色に煌めいている。
困惑しつつもその手に自身の手を伸ばし……
瞬間視界が暗転した。
☆☆☆
目を開けると見慣れた自室の天井が見えた。
窓から射し込む朝の光が殺風景な部屋を照らす。
目だけ動かし辺りを見遣るも、さして変わらず見慣れた家具のみだ。
フゥと一息。
「夢、か。やけに現実的な夢だったな。感触とか色とか匂いとか」
先程まで見ていた深紅の少女は夢だったのだとエルクは理解した。
そろそろ起きなきゃなとベッドから身を起こそうとした時、コンコンと木製の扉をノックする音が聞こえて来た。
『兄さん、朝ごはんだよ。早く下に降りてきてちょうだい』
「分かった。今、降りるよ」
どうやら結構遅くまで寝ていたらしい。
妹のルディエールがわざわざ起こしに来てくれたようだ。
鏡で寝癖を直し、下の階へ降りる。
美味しそうな匂いに自然と釣られ、妹のルディエールと父であるソウル、母のルカが席に着いていた。
「おはようエルク。今日はいつもよりだいぶ遅くまで寝ていたようだが、悪い夢でも見たのかい?」
父ソウルが優しい声色で心配そうに聞いてきた。
「いや、悪い夢って訳でも無いけど、ちょっと不思議な夢見ててさ」
「……そうか。ならいいんだ」
ソウルは精悍な顔に似つかないニコッとした笑みを浮かべ
「さて、早く食べなさい。裏で準備をしているから食べたら直ぐに仕事を手伝って貰うよ。母さんコレよろしく頼む」
と、空になった食器を纏めて水場に置くと、仕事の準備をしに家の裏に出ていった。
「俺もさっさと食べて父さんの所に行かないとな」
「あんまり焦らないの。ちゃんとよく噛みなさい?」
「母さん……。わかってるよ。でも俺は早く仕事で一人前になるしかないんだ。俺は一つ星だからさ」
左手の甲に刻まれた1つの星を見つめ、哀しさを隠したように言う。
「兄さんは兄さんだよ!みんなは一つ星だーって馬鹿にしたり避けたりするけど、ルディの兄さんは兄さんだけだもん!」
エルクとお揃いの父譲りの淡い銀色のお下げを揺らしながら憤慨するルディエール。
まだ、ルディエールには星が出ていない。
星は、星位階と言って11歳までに1個から5個の星が身体の何処かに刻まれる。大抵の者は2つの星が刻まれ、3つともなると希少な部類に入る。
星が一つの人間は大抵馬鹿にされ、疎まれる。エルクも例外ではない。
「ルディ……ありがとう」
ぷりぷりと可愛らしく怒るルディ
やはり、可愛い。
「よし!俺もそろそろ行くよ。ごちそうさま!」
そうこうしてる内に食べ終わったのか、空の食器を集め水場に置き、裏に居る父の元へ向かって行った。
「ほんと、誰に似たのかしらねぇ」
誰に聞かれる訳でもなく呟きながら、瑠璃色の瞳はエルクの後ろ姿を確かに見ていた。
☆☆☆
「来たか、エルク。今日も狩りを始めようか。準備は…っともう出来てるようだね」
「当然!父さんと狩りを始めてもう5年になるからね。このくらい直ぐだよ」
と腰に剣を差しながらエルクが言う。
エルク達一家はヴェラール大陸の西に位置するコレスト王国の更に北のヴェルナー村に住んでいる。
ヴェルナー村は務めて平和で有権者との争いや喧嘩も無い至って平和な村だ。
その中でソウル・ランドベンドは主に狩りを生業としている。
村から少し外れた山に入り、野生の獣を狩って生計を立てている。
「居たぞ、あそこだ。かなりデカイな。エルク回り込めるか?」
「わかった。ここまで上等な猪は久しぶりに見たな」
ソウルが遠く前方に大きな猪を見つけ、エルクに指示を出す。
猪と言っても姿形だけで、口周りに大きな牙を携え、体躯の割には俊敏な猪に似た何かではあるが。
「まだだ、まだ、引きつけろ。」
ジリジリと猪との距離を詰める。
「まだ。まだだ…………行けっ!」
「うぉぉぉあああっ!!」
ソウルの合図と共に気迫の篭もった声色でエルクが猪に斬り掛かる。
ザシュッと猪の身体に大きな切り傷が出来るが、一撃で絶命には至らず、切られた怒りのままにエルクに突進していく。
「ッッッッ!!」
一撃に力を込めすぎたせいか、一瞬反応が遅れた。
刹那、眩い光と共にソウルの剣が猪の体を大きく抉る。
ドサッと遅れて猪の巨体が倒れる。
「大丈夫か?」
「ああ、なんとか、ね。父さん助かったよ」
「まだまだ詰めと踏み込みが甘いな」
フフフとニヒルに笑うソウルの左手には4つの光る星。
注視しないよう、目を背けるエルク。
「やっぱり……俺には……」
「エルク……」
星を持つ者なら誰しも使えるのが魔導術。
魔力を使い、身体能力を上げたり、火を起こしたり。まさに奇跡の体現。
それが魔導術だ。
星の数と魔力量は比例し、星の数が多ければ多いほど、保有する魔力量は多くなる。
一つ星が馬鹿にされ、疎まれる理由はそれだ。
「とりあえず、いい獲物も取れたし家に帰ろう。運ぶのを手伝ってくれ」
微妙な空気になってしまったのを察知してか、 帰ろう とエルクに促す。
何処と無く所在が無くなってしまった2人は互いに喋らずに山から降りてった。
続きは明日の夜辺りに投稿致します。
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