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水音

作者: 吉田独歩

この作品は短編ホラーです。よろしくお願いします

僕が『水音』と遭遇したのは、ちょうどこんな寒い秋の日のことだったよ。

僕はランニングが子供の頃から好きで、いろんなところで走るのが日課なんだよ。

夏休みはY県の湖とかを走ったり、N県の山の中を散策することもあったな。高校もそういうわけで陸上部に入って走っていたけど怪我で辞めちゃったな。

おっと、話が逸れてしまったね。

僕が初めて『水音』に出会ったのはS県のある夜中のことだったよ。

その時の俺は会社が会社だから転勤族だった。遠くの県に出向いて営業とか事務とかしていたんだけど、見慣れぬ街でランニングするのが楽しくてさ……出会ってしまった。

何に……って顔だね。

正直あれがなんなのかは分からないよ。僕にだってなんも分からない。

ただ、あの怪異に捕まったら死ぬって予感だけはあってさ。その日のことは怖かったよ。

『水音』って名付けたけどさ。


『あれ』の本当の名前は僕も分からない。






俺はその時もランニングしていたよ。

夜中で曇り、星すら見えない。

闇。闇の空。そんな表現が似合う空模様だったね。

乾いた道。自分の息遣い。その中に似つかわしくない音が聞こえたんだ。


ピタン。


俺は「えっ?」ってなったよ。振り返ったんだ。誰もいない。何もない。

水音が一回。雨すらなかったのに、動物かなって思って僕は再び駆けたんだ。


ピタン。


またか。僕はそう思った。偶然かもしれないし、僕の聞き間違いかもしれない。

そう思ってその場から離れるべく走った。


ピタン。


流石になんだろうと思ってみたんだ。

目の光。僕は最初にそう思ったんだ。光が二つあったんだよね。だからなんとなくこう思ったんだ。そうしてそう予感したかは分からないけど、二つあったし、こっちに向いている感覚が背中から感じたからそう思ったんだ。

全身がどういうわけか震えたんだ。

みられてはいけない存在がこっちを見ているって、背筋から冷たい震えが上ってくる感覚があったよ。それは寒さじゃない。予感なんだ。しかも悪い感覚。あっちゃいけない感覚。

たまらなくなって、僕は逃げた。


……ぽたん……。


まただ。そう思って僕は振り返ったんだ。

いる。僕はそう感じたね。

だって人の姿があったんだよ。でも心の奥底で『ヒトじゃない!まずい!』って叫んでいる自分がいる感覚を感じたんだ。なぜかは分からない。でも殺気ってあるんだなって今でも思ってる。あの存在から殺気を感じたんだ。


……ぽたん、ぽたん……。


まただ。しかも二つ。

音を聞いて僕の背筋に何かが込み上げた。気がついったら走ったんだ。

だけど『水音』が追いかけてくる。

そして音が変わったんだ。


ぴた、ぴた、ぴた、ぴた……。


僕が駆けるのに合わせるようにして水音も追いかけてきたんだ。

僕はとにかく逃げた。


ぴた、ぴた、ぴた、ぴた……。

ぴた、ぴた、ぴた、ぴた……。


走って走って、とにかく走って逃げた。

だけど駆けても駆けても追ってくるんだ。


ぴた、ぴた、ぴた、ぴた……。

ぴた、ぴた、ぴた、ぴた……。


なんだよこいつ!僕はそう思って石とか枝とか投げたんだけど当たる気配がなかった。

実体がない。僕はそう気がついた。

気配が近かったんだ。

普通なら当たる。僕はそう思って投げた。

でも、『水音』はいつまでも追いかけてきた。

自分が走ることが元々好きで遠くまで走れることは幸いだった。

さもなければ、僕はとっくに捕まっていたんだ。

だけど限界は近づいてくる。シマウマを追いかけるアフリカのマサイ族でもない限り僕にも体力の限界というものは走ればすぐに迫るものだ。

まずい、まずい、まずい。

脳裏にはっきりと死とかそれ以上の恐ろしさを感じたんだ。

捕まったらどうなる。追いつかれたらどうなる。

そういう問いが堂々巡りしたけど、答えは出ない。出るときにはその恐ろしいものが容赦なく俺を襲うと感じるんだ。

だから走った。

走らなければ僕はどうなるか分からない。

二、三回はよろけそうになる。

顔から血の気が引くのをはっきりと感じた。


ぴた、ぴた、ぴた、ぴた、ぴた、ぴた……。

ぴた、ぴた、ぴた、ぴた、ぴた、ぴた……。

ぴた、ぴた、ぴた、ぴた、ぴた、ぴた……。

ぴた、ぴた、ぴた、ぴた、ぴた、ぴた……。

ぴた、ぴた、ぴた、ぴた、ぴた、ぴた……。

ぴた、ぴた、ぴた、ぴた、ぴた、ぴた……。

ぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴた。

ぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴた。

ぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴた。

ぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴた。

ぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴた。

ぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴた。

ぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴた。

ぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴた。

ぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴた。

ぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴた。

ぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴた。

ぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴた。

ぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴた。

ぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴた。


水音は足跡だった。そして、光二つの目であった。

足跡だけが僕の背後のすぐそばまで迫っていた。

もうだめだ!僕はそう思った。

そのときだ。

僕は道を踏み外し、夜の坂を転がり落ちた。

死ぬ。僕はそう思った。

木々や枝、葉っぱが僕の顔を殴りつける。

坂を転がり、崖から川へと落ちてしまった。

水は冷たくて息ができなかった、

流されて僕は意識を失った。


僕が目を覚ましたのは川辺だった。

『水音』を恐れて周りを見た。


無音。


僕はフラフラと病院へ向かった。

腕が痛かったのは骨が折れてしまったからだった。それを知ったのは随分と後のことだったけど、その時は『水音』から逃れたくてたまらなかったからだ。

それ以降、水音は聞こえることはなかった。

けれども、あの日以降、僕は水音が怖くてしょうがなくなった。

あれはなんなんだろう?あれはなんなんだろう?あれはなんなんだろう?

いくら考えても結論は出ない。あの山道はもちろん行くことはないし、これからもあのあたりに足を運ぶことはないだろう。

ただ、僕が思うに『水音』は山に住んでいる。薄暗い山道のあの湿っぽいところを住処にしていて、近づいた者を獲物にして暮らしているんだって思うんだ。

姿も見えず、匂いすらしない。手がかりは水音だけ。

それだけが『水音』が来た証拠なのだ。水音は狙った獲物を捕まえるまで何処までも追いかける。音と目の光だけが奴の特徴なのだ。僕はそう考えている。

それが僕にとって、とってもとっても恐ろしい。

『水音』が来たら川へと逃げ込むしかない。

今でも僕はそう考えている。

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