ニゲラレナイ遊び
「このバイク、なかなかの掘り出し物だな」
僕は山道、風を切って走る気持ちの良さに喜びを感じていた。このバイクは中古ではあったが、それでも通常なら50万円はする位の品物だ。だが破格に20万で手に入れた。
店主曰く、『ちょうど入荷したばかりで少しだが傷もあるし安くしとくよ。バイクを見に来た君には、このバイクに縁があるのかもね』そう言ってくれた。
その言葉に何だかうれしくなってつい買ってしまった。元々バイクには興味があったが大学生の僕にはなかなか買うとまでにはいかなかった。たまたま、初めて通りかかったバイク店にフラッと入っただけだったのに。しかし、『縁』という言葉に惹かれてしまった。
「運があったよな。エンジン音も最高だ!快調に飛ばすぞ!」
そう呟くとバイクのタンクを軽く2回叩いてアクセルを回した。
通称ポンコツ山と呼ばれる、この山道を今バイクで颯爽と飛ばしている。僕は山道のコーナーを右へ左へとバイクを倒しながら飛ばして山道を登っていた。ちょうど、左コーナーを曲がった時、その場で男女2名が立っていた。僕は普通にその前を通過したが、何だか気になりサイドミラーでチラッと見た。その時に女の人が手を振っているような仕草をしていた。
「ん?何かあったのかな?」
僕はバイクを止め振り返った。
「やっぱりだ。何かあったんだ」
女の人と男の人が大きく手を振っていた。僕はバイクをUターンして男女の所へ行った。
「どうしたんですか?」
エンジンを止めヘルメットを外した。そこには男女の横に赤いバイクが倒れているのが見えた。
「ありがとうございます!よかったです!」
女の人は泣きそうな顔で僕を見ていた。よく見ると僕とほぼ同じ年のカップルに見えた。
「どうしたの?事故ったの?」
「ありがとうございます。止まってくれて」
男の方も嬉しそうにしていた。よほどここを通過する車両が無かったんだと思った。
男は笑みを浮かべて
「いやあ、実はバイクでコケてしまって」
頭を少し搔きながら話していた。倒れたバイクからはオイルが少し流れているようだった。
「2人とも怪我は大丈夫?警察には連絡は?」
「それがまだできないんです。二人とも電波が届かないのか、繋がらなくて……。それで困ってたんです」
女の人が泣きそうな顔をしていた理由が分かった。確かにこんな山の中で動けないままいるのは間違いなく恐怖だ。しかも、ちょうど止まっている場所が、このポンコツ山にある有名な廃ホテルの前だったからだ。
「確かに……不安ですよね」
二人の姿よりも目の前に見えるこの大きな廃ホテルに眼がいった。
「あのう、申し訳ないのですが……」
女の人が言い難そうに
「スマホを貸して頂けないでしょうか?警察に連絡したくて」
頭を下げてきた。
「ああ、どうぞ!」
僕はすぐに発信画面を開けたままにしてスマホを渡した。
「ありがとうございます!助かります!」
女の人が嬉しそうに後ろを向くとすぐに電話を始めた。
「本当に助かります。親切な人が通って。ああ、すいません。まだ名前を言ってなかったですね。僕は木田、木田翔。あの電話してるのが彼女の西山綾乃、共に大学1回生です」
僕の眼には好感度の爽やかなカップルに見えた。
「あ、僕は守下勝利と言います。大学3回生です」
「守下さん、ありがとうございます。ホント誰も来なくて」
木田は笑顔を見せた。おそらく何時間もここにいたんだろうと思った。
「ねえ、翔」
西山が声を出した。木田が西山に振り向いた。僕も西山を見た。
「ねえ、翔、警察に連絡しているんだけど、場所が分かんないようで……」
「場所かあ……この山の中じゃなあ……」
木田は困った顔をした。このカップルがここに来たのが初めてなのだろう。
「あのう、場所は、ポンコツ山の廃ホテル前、って言えば、この辺りでは有名な所だから警察もすぐに分かると思うよ」
西山は嬉しそうに頷くとまた電話を続けた。
「え?美杉山じゃなくて、ポンコツ山って言うんですか?始めて来た所なんで。変わった名前ですね」
木田は周りを見回しながら言った。
「いや、通称です。ここの山道は結構カーブがきつくて多くて、まあ、事故ることが多くて、それでバイクがダメになる、つまりバイクがポンコツになる、っていう事らしい。ただ、バイク好きにはたまらないコースみたい」
「なるほど!将に僕じゃないですか」
木田は笑いながらそう言った。
「まあ、大した怪我じゃないようだから。バイクだけで良かったよ。でも、木田君のバイク、僕のと、色違いだな」
僕はそう言って倒れた木田のバイクを見ていた。
「ああ、確かに!守下さんのと同じですね。奇遇ですね」
「ありがとうございました!連絡つきました!」
ちょうどそのとき西山がスマホを返してきた。
「私、西山って言います。本当に助かりました」
「ああ、いえ、僕は守下です。まずは良かったですね」
「ところで綾乃、警察はどう言ってた?」
「いや、結構時間がかかるって言われた」
「そうか……。今だいたい何時だ?」
木田に言われて西山は自分のスマホを開け、
「あ、5時10分ね」
西山はすぐにスマホをカバンに入れた。
まだ季節は夏、この時間であればまだまだ明かる筈だが、今日は曇り、そして、場所が木に覆われた山の中。街中よりはだいぶ薄暗い状態だった。
「しょうがないな。待つか……」
木田はそれしか方法が無いと思い諦めた。
「そうよね。いつになるか分からないし、ちょっと不安よね」
西山は長い髪の毛を触りながら不安そうに木田と守下の顔を見た。
「ああ、そ、そうだな、警察が来るまで僕もここにいるよ。今はスマホが通じるのは僕のだけだから」
どちらかと言えば連絡をつけたらサッサと帰るつもりだった。一体いつまで待っているのかが問題だった。
しかし、この不安さは、もし、自分がそうだったらと思うとやはりそれば言えなかった。困っている人を見捨てることはできない!半分本気でそう心に言い聞かせた。
「ところで守下さんはなぜこのポンコツ山に来たんですか?ツーリング?」
木田が本心でそう知りたかったのか、それとも、単に時間つぶしの為だったのか分からなかったが、いずれも答えない理由は無い。
「ラインが来たんですよ。おそらく買ったバイク店だと思うけど。その時にバイクを走らせるには美杉山が最高!でも、運転には気を付けて、って内容なんです」
そう答えると、すぐに、西山が、
「ねえ、翔、その内容よく似てない?」
木田の顔をジッと見ていた。木田も西山の顔を見て、
「そうだな。なんか、よく似てるよね、文面」
そう言うと木田は自分のスマホを出しラインの画面を開けて確認した。
「守下さん、送信名はこれですか?」
木田が僕に画面を見せてくれた。
「えっ、ちょっと待ってよ……開けてみるから」
自分の画面を開け、木田の画面と交互に見比べてみた。
「あ、一緒だ!送信者が『二輪・オーソナ屋』だ!送信者名を確認せずにバイクに関した事だからバイク屋だと思ってたよ。でもよく見るとバイク屋じゃないな」
少し驚いた。僕はこのバイクをつい先日に買った事から、てっきり買ったバイク屋からの挨拶程度のラインだと思っていたからだ。逆にどうして木田達に同じ所からラインが飛んだのだろう?共通点はあるのかなあ?
「木田君、そのバイク、最近買った?買った店名は?」
もしかするとバイク購入に関しているのかもしれないと思って聞いてみた。
「そうですね、最近と言えるかですが、2ヶ月ほど前に買いましたね。バイク屋は」
木田は西山に間違っていないかの確認を込めて頷いた。西山はユックリと頷いた。
「2か月前か……、あんまり関係ないか……」
聞いた店名も違っていた。共通点が見つからない。じゃあ、このラインは?
「あっ、これって」
そう言うと西山が守下に少し近づいた。
「さっきは気持ち悪いと思ったけど、文面が全く同じ、という事はコピーされた物が一斉に飛んだだけで、極端に言えば、どうでもいいラインじゃないですか」
「確かに、そうかもな」
木田も納得したようだった。確かに、個人名宛で出された訳ではなく、こんな事はチョクチョクある事ではあった。僕自身もそう考えた方がいいと思った。
こんな事をしている間でも、まだ警察が来る気配が無かった。時間は6時になった。夏にも拘らず、外を見ると先程以上に暗い感じがしてきた。木々に囲まれて本来は涼しい、と言いたいが、木々に囲まれた事で逆に薄暗く、うすら寒いような気がする。
「あ、そうだ!守下さん、これも何かの縁かもしませんから、良かったらライン登録しません?」
西山は嬉しそうに守下にスマホを見せてきた。
「あ、俺も!」
木田も嬉しそうに言って来た。僕も、せっかくと思いそれぞれ登録した。
「よかった!登録してくれてよかったね!」
西山は大きく頷きながら喜んでいた。
「ああ。これで仲間だな!よかったな!」
同じく、木田も大袈裟すぎると思うほど喜んでいた。仲間?まあ、そうだな、バイク仲間に違いはないな、少し違和感は感じたがそれ以上は考えないようにした。
「綾乃、まだ警察来ないの?いつ来ると言ってた?」
「いや。時間は言ってないよ。少し掛かるって言ってただけ」
木田は少し不満げだった。そして、木田は倒れた自分のバイクに近づき、
「このバイク新車で買ったのに、フロントホークやタンクにこんなに傷ついてショックですよ、ホント」
木田は笑いながら僕に話してきた。確かに倒れたままなので見えないが、左側には傷がついている筈だ。僕も同じだったらショックを受けるのは当たり前だった。
「このバイク」
木田は自分のバイクを見つめながら、
「綾乃も気に入ってくれて、だから、タンクの下の方に【翔&綾乃】って薄く掘っているんですよ。今は倒れて下になってるので見えませんが」
そう言うと嬉しそうに僕に振り向いて微笑んだ。
「修理したら、一緒にツーリングに行こうよ、3人で」
本心では無かったが、今はこう言うのが良いと思った。
「そうですよね!今度絶対に行きましょう!」
木田は先程同様大袈裟なくらい喜んでいた。少しこっちが引いてしまったくらいだ。
「ねえ、翔、守下さん!」
いつしか廃屋の前に西山が立っていて大声で手招きをして来た。僕たちは西山に向かって行った。
「綾乃、どうした?」
「だって、退屈じゃない。だから、警察が来るまで遊ぼうよ」
「遊ぶって、何を?」
僕はこんな廃屋で何をするつもりだろう?もしかして、肝試し?僕はそういうのが大嫌いだった。すごく気になった。
「例えば、鬼ゴッコは?あるいは何とかゴッコは?」
西山は首を傾げて木田に言った。
「危ないだろう。こんな廃屋で。倒れたら怪我するよ。それに『ゴッコ』ってなんだよ。子供じゃないし!でも……」
木田は言葉を止めて一瞬考えたあと、
「併せたら面白い……かな?」
ポツリと小さな声で言った。
「そうかあ……。あ、じゃあ、かくれんぼは!これなら大丈夫だよ」
西山は木田、そして、僕に何度も頷いてきた。
「なるほどな。これなら遊べるか!」
木田も西山同様に僕に同意を求めてきた。だが、考えてみて、この暗さ、そして、瓦礫が多い廃屋、どう見ても危険そのものだ!まして、僕にとっては気持ち悪くて怖い!
「い、いや、これは」
僕が拒否反応を示そうと声を出したら、
「あ、じゃ、鬼は……守山さん!」
西山がそう言うと僕を指さし、いきなり木田と一緒に廃屋に向かって走り出した。
「え?ちょっと待ってよ……」
もう暗がりに紛れ込んでしまった。その時、微かに、
「50数えてくださーい」
木田の小さくなった声が聞こえた。マジでやるのかよ、こんな所で。思わず吐き捨てた。
嫌々ながらキョロキョロと周りを見て木を見つけると、その木に腕つけ、そして、腕に額を押し着け数を数えた。
「モウ、イーカーイ?」
やる気は無いが声は大きくした。すると、微かに、
「マーダダヨ!」
2人の声が聞こえた。僕はもう一度、
「モウ、イーカーイ?」
暫く耳を澄ませたが何も聞こえなかった。
「さっさと警察来ないかな」
ポツリ呟くと振り向いて廃屋を見つめた。真っ暗だった!何も見えなかった!よく見ると周りも真っ暗になっていた。
「え?この中に入って見つけるの?」
思わず足が止まった。よく、こんな暗くて怖い所に隠れているよな、あの2人の心理が分からなかった。【2人とも頭、おかしいんじゃないか?】思わず心の中で声が出た。
「木田くーん、綾乃ちゃーん、どこだ?」
携帯のライトを点け、大きな声で叫ぶように言って中に入った。下は瓦礫が多くて足を取られそうになりながら前に進んでいた。建物の中で大声を出すと、余計響いて逆に怖くなってきた。しかし、何度声を出そうが、何の反応も無かった。もしかして、上のフロアー?思わず、真っ暗な中、あの辺りにあるだろう階段を見つめた。【無理!これは無理!】僕はあきらめた。そして、
「オーイ、僕の負けだー!」
勇気を出して大声を出した。10秒、20秒、時間は経つが相変わらず反応が無い!どうしたんだろう?逆に不安になってきた。するとスマホが突然鳴った!
「わ!な、何?」
画面を見ると木田からラインが来た。
「何だ。ラインが繋がるじゃん!」
内心ホッとした。これでかくれんぼを終わる意思表示ができた。
ラインの画面が開いた。【マーダダヨ】表示されていた。
すぐさま木田と西山に返信。【僕の負けだよ。だから、下に来て】
すると、西山から【マーダダヨ】のライン。
僕は西山にライン電話をした、が、出なかった。
また木田からラインが来た。【まだ、遊びましょう。時間はありますよ】
続いて西山から【仲間じゃないですか、守下さん。まだまだ!マーダダヨ!】
僕は段々とイライラしてきた。質の悪い遊びだと思った。
「オーイ、木田君!綾乃ちゃん!もう僕はやめる!もう僕は帰るよ!」
大声を出したが、返答は期待していなかった。もう帰る気満々だった。
その時、真っ暗な闇の中に異常に光る物があった。え?僕は気になって近づこうとするとラインが来た。
「あ、木田君だ。帰るのを待ってくれという事かな」
そう思って画面を見た。【目の前にいるのに見つけてよ】
「え?どういう事?どこにいるの?」
僕は周りをライトで照らしながらキョロキョロとして見回してみた。が、そこには木田も、いや、誰も当然いなかった。ただ、その先に何か光っている物だけがあった。
「木田君はどこだ!それにあの光ってる物は?」
近づいてようやく分かった。木田のスマホだった。僕は手が震えながら木田のスマホを取り上げた。
「僕との、ついさっきのラインの履歴が残っているぞ……どういうことだ?本人の姿がなかったのに……」
僕は意味が分からないまま、ただ、木田のスマホを持っていた。
また、足元でもう一つ光った。と同時に僕の画面も光った。西山からだった。【私もそばにいたのに……】自分の画面と足元に光った画面が全く同じ文面だった。足元にあるスマホは西山の物だった!
「うわー!」
渾身の力で大声を出した!この時背中に一筋の氷水が腰に向かって流れたような感覚だった。とっさに木田のスマホを投げ捨てて走り出してしまった。とにかく、廃屋から出たかった!ところどころ躓いて、こけそうになったが、そんなことは気にもせず、ただただ逃げた。息が切れチカラが出なくなりしゃがみ込んでしまった。僕はただ肩で息をしていた。すると、人の気配があった。
「君は何をしてるんだ!」
そう怒声を聴き僕は顔を上げた。ジッとその人の顔を見ていた。視線を外したところに赤灯が回っていた。パトカーだった。やっとこの人物が認識できた。
「お巡りさん!やっと、やっと来てくれたんですね」
僕は泣きそうになっていた。安心しすぎて全身の力が完全に抜けてしまった。しかし、その警察官は厳しい目で僕を睨んでいた。
「やっと来た?君は何を言ってるんだ!だいたい君はこんな廃ホテルで何をしてるんだ!」
「え、だ、だって、バイク事故の事で110番があったでしょう?西山という女の子から。だから、お巡りさんが来たんでしょ?」
そう言ったが、警察官は僕の顔を不思議そうに見つめていただけだった。
「確かに110番はあった。でも、それは、この廃屋に誰かが入っている、つまり不法侵入という事で、この前を通る車から110番があったんだよ」
「そんな事は無い!確かに夕方に……あ、そうだ!」
僕は思い出したようにスマホの電話の発信履歴を見せた。確かに僕のスマホで西山が電話をしていたからだ。
「お巡りさん、これを見てください。ここに発信履歴が……」
そう言って画面を見せようとしたが、そこに履歴が残っていなかった。
「え?どうして?確かに……」
僕はその画面を見て固まってしまった。何故履歴が無い!西山が消したのか?何のために?頭の中が真っ白になった。そこへ、もう一人恰幅のいい警察官が来た。
「どうだ西田。この子か、不法侵入は」
僕をジロジロと見ていた。
「部長、今日の夕方に事故の通報って入りました?」
「事故?いや、無いよ。あるのは今ここにいる件だけだ」
警察官のやり取りを聞きながら、それでもまだ意味が分からないでいた。
「君の言う通報は無かったよ。それより、ここは人の敷地だから勝手に入っちゃダメだよ、分かるだろ?」
「え、ええ。分かります……でも、あ、待って下さい!あの、バイク、あれがその事故のバイクで」
僕は事故を証明する証拠がある事に気付いた。それを見せれば少しは警察官も信用してくれるだろう!僕は急いで倒れていたバイクの所へ行き、ライトで照らそうとした。しかし、そのバイク、そのものが無かった。今度は足がガクガクして立っていられなくなってきた。
「どこにあるの、その事故車は?」
警察官は周りを懐中電灯で照らしてくれた。
「あ、あの立ってる黒いバイク?」
「い、いえ、あれは僕のバイクです……」
自分でも声が小さくなっていくのが分かった。
「でも!でも、確かに赤いバイクが、僕と同じ車種のバイクが倒れていて、そして、木田君、綾乃ちゃんもいたんです!」
必死に叫んだ。信じてもらうために力を振り絞り、声を出した。僕の手が微かにプルプルと震えているのが分かった。
「ちょっと待って!まだ2名あのホテルの中にいるの?」
そう言うと警察官2名とも、あの廃ホテルに顔を向けた。
「あ、実は、3人でかくれんぼをしてたんです……。それが木田君、綾乃ちゃんの2名と僕とで。でも、2人とも見つからなくて、携帯だけが残っていて……」
そう言うと急に怖くなって言葉に詰まってしまった。
「これこそ事件じゃないですか、部長!え、どうしたんですか?部長?」
恰幅のいい警察官がジッと何かを考えていた。そして、思い出したように、
「おい、西田!この話、そうだな……1か月程前に同じような話が無かったか?ちょうどこの時間、この場所で?」
「え?……あ、あった!確かにありましたね!そう言えば!」
若い警察官は何度も頷いていた。
「君の名前は?」
恰幅のいい警察官が尋ねた。
「僕は守下勝利です。21歳、大学生です」
「守下君、最初からの話を聞かせてくれないか?」
そう尋ねられて、ここに来る理由、木田の事故の件、ここで待っている行動を二人の警察官に丁寧に話した。話を聞き終わると警察官は互いに頷き納得していた。
「部長、確かに、この話は先月の件とそっくりですね」
「いや、『そっくり』というよりは『全く』じゃないか、これは」
やはり考え込んでいた。そして、思い付いた様に、
「そうだ!守下君のバイクを見せてくれないか」
「ええ、どうぞ」
二人の警察官が懐中電灯で僕のバイクを隅から隅まで見ていた。
「この左側にある傷は?」
「ああ、これは中古で買ったやつで、元々ついていたものです」
「そうか……、ん?これは?これは君の名前じゃないよね」
「名前?」
そう言われて、懐中電灯の先を暗い中見つめてみた。最初は何も見えなかったが、光の角度を変えてみると、確かに微かにではあるが何か書いてあった。
「こ、これは……、『翔』?『&』……」
そう声を出して読んだとき、ハッとして言葉が止まった。今度は氷水が背中から2筋流れたような感覚に襲われた。と、同時に慌ててバイクから離れた。
「どうした!守下君!何を怯えている?」
僕は震える腕でバイクを指差しながら、
「このバイク、木田君のだ!」
叫んだ!
「でも、このバイクは君の物だろう?」
「あ、そうです、い、いや、違う、このバイクは……」
自分で何を言っているのかが分からなくなってきた。恰幅のいい警察官に助けを求めるように顔を見ると、その警察官は何も言わずに大きく頷いてくれた。そして、
「西田、お前、先月のこの件のメモとか無いか?」
若い警察官に聞いた。
「確か、あると思います……あ、これだ」
小さな手帳を開けた。
「車台番号は書いてあるか?」
「はい、書いてあります」
恰幅のいい警察官が懐中電灯でバイクに刻印してある車体番号を読み上げた。
「……同じ番号です……」
若い警察官は驚いたように目を丸くしていた。それを横で聞いた僕はどうすればいいか、ただ、唇を震わせながら横で立っているしかできなかった。
「俺の推測だと……、西田、そのバイク、ブレーキは効くか?」
若い警察官に問いかけた質問が不思議だった。さっきまで僕が乗っていた時に問題は無かった。つまり、今も問題は無い筈。
「確認します……、あ、だめですね、前輪も後輪も効かないようですね」
「え!そんな筈は!」
僕はバイクに行き確認した。しかし、ブレーキは……レバーもペダルもスカスカで効いていなかった。バイクを握ったまま、言葉が出なかった。
「部長、あの廃屋にいる二人は?このままでは」
「いないよ、そんな人間は!」
恰幅のいい警察官がすぐさま、キッパリと答えた。
「え?」
僕はすぐに警察官の顔を見たが、否定することができなかった。ただ、確認したいことがあった。
「あのう、確かに不思議なことが続いているんだと自分でも思います。じゃあ、これは、どう説明を」
そう言って、ラインの画面を開けた。
「ここに来る理由に、ラインにメールが来たんです。木田君にも同じ発信者から来たんです。ほら、この【二輪・オーソナ屋】って。アルファベットでも書いてあります」
そう言って、警察官たちに画面を見せた。それを聞いて若い警察官が急にピクッとした。
「え、どこにそんなメールがあるの?」
「え?」
逆に僕が驚いてしまった。
「え、ちゃんと、ほら、ここに……」
僕が確認しようと画面を見ると……無い!そんな画面、そんな履歴が無かった。慌てて、木田や西山の履歴を見ようとすると……それも無い!
「うわー!」
急に叫んだしまった。声を出さなければ精神的に壊れそうになっていた。
「どうした?落ち着け、落ち着け!守下君、大丈夫か!」
なだめられて、しばらくして、どうにか元に戻れた気がした。
「先月の子も、そんなことを言ってましたよ」
「その子も確か大学生だったな。その子はどうなった?」
「事故の後ある程度事情は聞けたんですが、その後は急に容態が急変して、今は……意識不明の重体です」
恰幅のいい警察官が腕を組み唸っていた。若い警察官は続けて行った。
「事情を聴いた時に【オーソナ屋】って言ってたんです。それが印象に残ってて。一応、そのオーソナ屋って調べてみましたが、何もヒットしませんでした」
再び唸ってしまった。
「その、先月の事故っていうのは?」
僕は気になってきた。何だか繋がっているような気がして来たからだ。
「ああ、そうだな。確か内容は、この廃ホテルを立ち寄った後、この次のカーブでバイクが曲がり切れずガードレールに突っ込んだ、というやつだな。元々このポンコツ山にはよくある事故だが、大怪我をするのは実は珍しんだよな、ここは!」
よくあるような言い方だった。ただ、僕には、事故内容に違和感を感じた。
「さっき、オーソナ屋という文字にアルファベットの併記もあるって言ったよね」
そう聞かれた僕は大きく頷いた。
「西田、そのオーソナ屋をアルファベットで書いてくれないか?」
「ちょっと待って下さい、え~と、あ、書きました。
【ohsonaya】
どうですか、これで何か?」
恰幅のいい警察官は暫く、その小さなメモ帳をジッと見ていた。そして、大きく息を吸って吐き、頷くと急に、
「おそらく、今日の件は一人の大学生が廃ホテルに入っているのを注意した、という事案で報告を上げて終わる事になる。だが、俺たちも守下君も納得できない筈だ。話に理由や不明な行動が多いからだ」
若い警察官や僕に眼を見つめて話をしていた。
「ここから……だが、調書には載らない、俺の推測だが」
そう言って話を続けた。僕自身納得できる話が知りたかった。
「多分、守下君のバイクは元々木田、綾乃の物だったんだと思う。おそらくここで、事故で亡くなったんだろう。本来、この事故車両は廃棄になる筈だったが、どういう訳か修理され廻り回って再び中古で売られた」
タンクの下に刻まれた名前、車体番号。僕自身、思いたくは無かったが、間違っていない。僕は頷いた。
「このバイクを買った大学生が先月事故を、いや、説明はできないがブレーキを何者かが壊した。そして、ブレーキが壊れていた事に気付かず走行、事故に遭った」
「でも、部長、ブレーキを壊した者とは?どうやって、この場所に?」
若い警察官には腑に落ちないところがあった。僕もそれはあった。それが知りたかった。
「ブレーキを壊したのは木田、そして綾乃になる!」
「部長、それは無理がありますよ。二人は死んでいるんでしょ?死んだ者がブレーキを。それに、そんな二人がどうやって、ここに呼ぶ事ができるんですか?」
若い警察官には微かに笑みを浮べていた。よほど理解できなかったんだと思う。ただ、僕には笑えなかった。常識ではこの話は理解できない!
「西田、さっき書いたオーソナ屋のアルファベットを見てみろよ」
そう言われて若い警察官と僕は懐中電灯で丸く照らされたメモを暫く覗き込むように見つめ、そして、声が出た!そういう事か!
【ohsonaya】
逆から書くと
【ayanosho】
つまり、ayanoとshoになる!
世間では、全く理解できなくても、今、ここにいる3人には理解し納得ができる話だった。ただ、一つ残っていることがあった。それを、その部長さんに尋ねた。
「どうして僕をここへ?」
「おそらくこのバイクに乗ったからだろう。寂しいんだと思う。年恰好も同じだろうし、もっと遊びたかったんじゃないかな。バイク仲間を見つけ、そして、あの世界へ連れて行きたかったんだろう。ブレーキを壊したのはここで遊んでほしいからだろうな」
このバイクに乗った者は皆連れていかれる。そして、ここからニゲラレナイ。もし、逃げれば死が待っていたかもしれない。こう考えれば全てが分かる気がした。
「あ、あの、確認したいことがあって、それは木田君と綾乃ちゃんのスマホなんですけど」
僕が廃屋の中で思わず怖くなって捨ててしまったスマホだった。もし、あれば、それも回収して遺族へ、と思ったからだ。
「いや、それも無いだろう!」
部長さんはハッキリと言った。
「いや、でも、確かに」
僕はあの暗闇に光るスマホを見ていたからだ。
「さっきまであった履歴がもう無いんだろう。それ自身おかしいと思うし、何ヶ月も経っているのに充電が残っている筈も無いよ。そう考えれば、ここは幻聴、幻覚、いわゆる二人が作り上げた架空の世界の中、もしかしたら『ゴッコ』の世界の中かもしれないな」
「『ゴッコ』の世界?」
僕には意味が分からず考え込んでいた。
「警察官の言葉ではないけど」
部長さんは僕の事を気にもせずに話を続けた。
「きっとバイクを買った時から憑りつかれたんだと思う。木田、綾乃、倒れたバイク全てが守下君を連れて行く材料として魅せられたんだと思う。でも、よかったよ」
そう言って僕の肩を軽くポンと叩いて笑ってくれた。
その瞬間に全てが軽くなった気がした。もし、この警察官が来なければ、今頃には……。そう思うと、
「あ、ありがとうございました。助かりました!」
心から二人の警察官に言えた。
「部長、署にはどう連絡をしますか?」
「当然、二度と廃屋には入らない!厳重注意!」
そう言うと笑って僕に言ってくれた。
「ハイ!二度と廃屋には入りません!」
そう言って笑顔で返した。若い警察官も笑顔で頷くとパトカーへ向かった。
「守下君、このバイクだが、もちろん私有財産なので警察として言えないが、できれば廃車した方がいいような気がする」
「ええ。もったいないけど、そうします。それに暫くはバイクには乗る気がしないので」
「そうだな。それと、このバイクは危ないので、その買った店に連絡して移動してもらった方がいいよ。ついでにこのバイクの購入ルートも聞いてみたらいいよ」
「今、連絡します!バイク、どうするか決めないと」
直ぐに買った店に電話をしてみたが、繋がらなかった。その旨、部長さんに伝えた。
「じゃあ、バイク盗られないようにして端っこに置いておいて。後日店から引き取ってもらえばいいよ。それと、守下君も下までパトカーで送ってくよ」
「本当に助かります。ありがとうございます」
そう言うと、部長さんは頷きながらパトカーへ歩いて行った。
僕はふと、振り向き廃ホテルを見た。この時間で見るとただ真っ黒な影にしか見えなかった。この暗くて、寂しい場所の中で、今も木田君や綾乃ちゃんはまだ、かくれんぼをして遊んでいるのかな?一体、誰に見つけて貰いたいのかな?そんな気がした。
「ごめんよ。僕が鬼だったけど、君たちを見つけてあげられなくてごめん。でも、もういいだろ?これで僕は行くよ」
そう呟くと止まってくれているパトカーへ歩き始めた。と、突然、電話が鳴った。
「あ、バイク屋だ!」
咄嗟に取った。
「あ、守下です。先日、バイクを買った守下です」
そう言ったが反応が無かった。
「あれ?あのう」
話を続けようとした時、妙な気配が後ろからあった。何か全身に鳥肌が立った。
『守下さん、まだですよ。まだ、守下さんが鬼ですよ。へへ』
耳からではなく、頭の中に響くような笑う声だった。直ぐに木田だと思った。唇が震えた。
「ま、待ってくれ!僕は……、僕はまだ……」
これ以上苦しくて声が出なくなった。よく分からないが心臓も苦しくなってきた。
『守下さん、仲間じゃないですか。一緒に行きましょう!もっと遊びましょ!』
今度は西山だった!しかも、腕を掴まれた感覚があった!まるで氷を着けられた感じだった。更に心臓が痛くなってきた。僕は膝から崩れるようにうずくまった。助けてもらおうと顔を上げ、あの警察官に……と思った時、そのパトカー自体が無かった!
「え?パトカー……、あのう、お巡りさ……」
これ以上声が出なかった。
「守下君、さっき言っただろう」
あの部長さんの声が横から聞こえた。
「ああ、助けて下さい」
ホッとして僕は振り向き、声を振絞った。その部長さんは僕の顔に近づいて、
「さっきも言った通り、ここは二人が作った架空の世界。実は俺たちも幻覚の一部なんだよ。『警察ゴッコ』と『かくれんぼ』の世界。残念だったな」
話し終わるとニッコリと笑った警察官の顔がユックリと木田の顔に変わり、そして、煙のように消えて行った。
「助けて……も、もうやめてくれ……もうこれで……これで、助けてくれよ……もういいだろう……」
どうにか最後に声を絞り出したと同時に意識が遠退いてきた。その薄らぐ意識の中で西山の声が微かに……嬉しそうに……、
【マーダダヨ!】
何度も何度も響いていた。
了