42.やらかした?
「私、イレーニカと申します。ヒスタルフで治癒術を使えるのは今私しかいません」
「ああ、よかったです!」
ちょっとだけおっさんたちの悪巧みかとも思ったけど、幼女が反応してないので悪意はなさそうと判断し、テア様たちを診てもらうことにした。後ろに控える衛兵さんたちが裏切ったとは思いたくないしね。
幼女にお願いし、テア様たちを下ろしてもらう。
一礼と一言告げてからからテア様に触れるイレーニカさん。若干疲れたような顔をしている。
「……霊力の消費は激しいようですが、命に関わるほどではないでしょう」
テア様とエメリクを診終えたあと、イレーニカさんはほっとしたようにそう言った。
「ただし精霊石を使用した痕跡がありますし、身体をゆっくり休ませる必要があります。落ち着いて治癒術をかければ問題なく回復するでしょう」
「よく分かんないけど、二人が助かるならよかった」
精霊石ってやっぱりミレスが持っていた石のことだよね。エメリクに渡したあの石、本来の使い方とは違ったんだろうか。
まあとにかく二人の命に別状がないならよかった。あとはイレーニカさんに任せればいいってことだよね。
ちらりと黒い枝に捕まっている奴らを気にする様子のイレーニカさん。
テア様たちに治癒術を使いたいけどこの状況じゃ、って感じかな。そりゃこんなところじゃ気も散るよね。私も二人にはゆっくり回復してもらいたいし。
「あの、ここはいいので二人をお願いします」
「しかし……」
「大丈夫です。どうにかします。それより二人が心配なので」
「……分かりました。ありがとうございます」
少し何か言いたそうだったけど、領主様が優先だということ、私たちが状況的に有利そうに見えることを踏まえてか納得してくれた。
これで一番の心配事が解決した。
「貴様、勝手なことを……!」
衛兵さんたちに担架のようなもので運ばれる二人を見送り、未だうるさく吠え続けているおっさんたちと向き合う。
「二人が助かるならいいじゃないですか。それとも助からない方が都合がいいんですか」
「そ、そんな訳……」
急に口篭もる取り巻きのおっさん。あからさますぎるわ。
それにしてもどうしようかね。このまま解放したところでまた難癖つけてきそうだし。かと言ってずっと拘束している訳にもいかないし。
「私たちが怪しい奴じゃないってことは証明できましたね」
「ハッ。どうだかな。領主様を酷い目に遭わせておいて、こうして善人ぶっているだけじゃないのか?」
「それは詰めが甘すぎません? テア様が目覚めたらすぐにバレることじゃないですか」
「ふん。お前たちの怪しい術で領主様を陥れているのかもしれん!」
ああ言えばこう言う。本当に埒が明かないな。
「ええい、いい加減に離さんか! この間にも危獣は増え続けるのだぞ!」
「はぁ? どういうこと?」
「メイエンの鉱山の問題は私にしか解決できぬ! このままでは危獣に町を蹂躙されるがそれでも良いのか!?」
堪忍袋の緒が切れたように怒鳴り散らすブロンドオールバック。
何か知ってるのかな、このおっさん。というか鉱山の魔気と危獣はこのベルジュロー家とやらのせいなのでは。
下手に声を掛けて逆上でもされたら面倒なので言葉を考えていると、幼女の黒い枝がオールバックのおっさんの懐を探り出した。
「なっ、何をする!」
そして煌びやかな服の中から出てきたのは片手サイズの小箱。黒い枝は器用に箱を開けると、中から白い石を取り出した。小箱は用が済んだとばかりに地面に転がる。
陽の光を受けてキラキラと輝くその白い石はとても綺麗だった。
「おっ、おい!」
もちろんおっさんの制止なんて聞く訳もないんだけど、余程焦っているように見えるその言動に思わず笑いを堪えていると、白い石が光り出した。
徐々に小さくなっていく石。よく見たら周囲にキラキラとした粒子が舞っている。
石の全てがさらさらと粒子になったと思えば、幼女の周囲を旋回して消えていった。
何だかデジャヴ。魔晶石の時と一緒だ。
どうやら身体に取り込んでしまったらしい。
「ちょっとミレスちゃん、勝手に……」
「おい、石をどこへやった!? どうしてくれる! あれがないと術を中和できないんだぞ!!」
「え?」
これまで以上に黒い枝から逃れようとするおっさん。白い石がなくなったことを認識した途端、徐々に顔面蒼白になっていった。
もしかしてめちゃくちゃ高価な物だったのか、と肝を冷やすと同時に、おっさんの言葉を思い出す。
「術の中和って何? やっぱり鉱山の危獣の件はあんたたちのせいだったってこと?」
敬語すら忘れておっさんに詰め寄る。おっさんたちはみんな引き攣った顔をしていて口を開こうとしない。まるで何かに怯えるように顔色が悪くなっていくばかりだった。
「ベルジュローよ! 作戦は完璧ではなかったのか!?」
「あれがなければ中和できないのでしょう!?」
「もう他に彼の石はないと仰っていたではありませんか!」
「どうするつもりだ!」
次々と非難を浴びるブロンドオールバックのおっさん。俯いてその表情は分からなかったけど、急に顔を上げたかと思えばキッとこちらを睨みつけてきた。
「どうしてくれる! あの石がなければ中和の術は使えない! いずれ危獣がここまで押し寄せてくるだろう……!」
「ええ」
「ああ、もう終わりだ……」
「もう間に合わない……この町も終わりだ……」
確かに勝手に白い石を奪ったというか吸収してしまったことは悪かったけど、話を聞く限り元凶はあんたたちじゃん。逆ギレもいいとこだよ。
おっさんたちの叫びを聞いて周囲のざわつきが酷くなる。
そりゃそうだ。領主の座につくことのできるほどの地位にいるお偉いさんが絶望的なことをほざいてこの世の終わりみたいな顔をしていれば不安にもなるよ。本当に余計なことをしてくれたな、おっさんたち。
それはともかく、今は解決策を考えないと。
多分おっさんたちが原因で魔気と危獣の問題が発生して、その対策もなくなってしまったと。中和の術っていうくらいだから、魔気と危獣の増加も何らかの術によるものなんだろう。
石がどんな効果をもたらすものかは分からないけど、多分魔晶石や精霊石と変わりはないと思う。つまり力の源。そういう意味では石を吸収した幼女にも代理ができるかもしれないけど、何せ術というものを使えない。中和の術って明らかに霊術の一種でしょ。
この子、センサー類以外は立派なアタッカーだもの。
「……」
「ミレスちゃん……」
君は何てことを。




