41.懲りないおっさんたち
「クソッ、離せ! 離さんか!」
「こんなことをしてただで済むと思うなよ!」
「貴様らも見ていないでどうにかしろ!」
さて、どうしようか。
おっさんたちのヘイトがギャラリーもとい周囲の一般市民にも分散されているけど、当の本人たちは困惑するばかりで特に何かアクションを起こそうという雰囲気はない。こっちとしてもその方が助かる。まあ突撃してきてもおっさんたちと同じように縛り上げるしかないんだけど。
「ミレスちゃん、この黒い枝そのままにしておける?」
ふるふると首を横に振る幼女。
町のオブジェクト張りにここに放置して先に進もうと思ったんだけど、どうやらそれは無理らしい。
幼女がいないとおっさんや兵士たちの拘束が維持できないとなると、どうしたものやら。
さすがにミレス一人にしておけない。何か暴言を吐かれたり石を投げられたりするようなことでもあれば発狂する。私が。
「どなたか、治癒術が使える方を呼んでいただけませんか! 領主様を診てもらいたいんです!」
とりあえず、幼女を抱いたまま叫んだ。もしかしたら私たちのことをいい意味で知っている人がいるかもしれない。
「ならん! 此奴らを好き勝手させるな!」
「そんなことを言ってジェレマイテアの命を狙っているんだろう!」
騒ぐおっさんたち。どう考えてもテア様たちを陥れようとしてたのはあんたたちでしょ。
思わず苛ついて、黒い枝に拘束されているおっさんたちに近づいた。
締め上げられているため見上げる形となるものの、気を利かせてくれたのか黒い枝は拘束したまま地面に叩き落としてくれた。グエッと何かが踏み潰されたような声を上げる。
おっさんたちを見下ろし、できるだけ感情を表に出さないようにして言った。
「二人が目を覚まさないなんてことがあったら、あんたらを死よりも辛い恐怖に叩き落としてやる」
ここが異世界でよかった。録音なんてされていたら脅迫に違いないし、正当防衛とはいえ圧倒的な力で押さえつけていたら喧嘩両成敗という訳にもいかないだろうし。
ハッとして何か言い返そうとするおっさんたちは、再び黒い枝によって空中に逆バンジーした。
「ギャァァァアアアア!」
悲鳴を聞いていて厨二っぽかったなと反省しつつ、おっさんたちを空中で遊んでいる幼女の頭を撫でる。
どうしよう。このままこいつらを引き連れて治癒術士を探す? さすがにこれだけ目立つなら噂が広がるのも早いだろうし、すぐに見つかるかも。
でもテア様たちに悪い心象が残ってしまったらと思うと少し足踏みする。この世界にどこまでの法律があるのか知らないけど、領主様だし名誉毀損にあたっても嫌だ。
「ひぃ」
「うん」
「やる?」
「やりません」
やっぱり過激な幼女に否定はしたものの、いっそその方が早いのではないかと思い始めた時だった。
野次馬の中から一人の女性が出てくる。見た目は肝っ玉母さんといった感じ。
一体何を言われるのかと思えば、空中アトラクションに慣れてきたらしいおっさんが先に口を開いて叫んだ。
「おい! 此奴らをどうにかしろ! お前たち領民はそれくらいしか役に立たないだろう!」
うわぁ、最悪。言うに事を欠いて何てことを。助けて欲しかったらもっと下手に出なよ。この自分たち至上主義なおっさんたちには無理だろうけど。
飽きたのか空気を読めるようになったのか、黒い枝が女性の近くまでおっさんたちを下した。顔を真っ赤にして怒鳴り続けるブロンドオールバックその他。近くで騒がれると本当に煩い。
「あんたたちが何をしてくれたっていうんだい?」
そんなおっさんたちを、女性は腕を組んで睨んだ。
「この子たちは危獣に襲われてた私の息子を助けてくれたよ。それに比べ、あんたたちは危獣騒ぎでも何も対策もしてくれず高みの見物だったじゃないか」
おお、ここで味方ができるとは。全然覚えてないけど、危獣狩りをしていたときの副産物だね。
まあこのベルジュロー家とやらがあまりもな態度だから相対的によく思えるのかもしれない。テア様もベルジュロー家には実権を握らせたくないと言っていたし。これは確かにと納得せざるを得ない。
町に入る時の検問で領主が誰になっても同じと言っていた人たちも、さすがにこいつらに任せるのはまずいと思うに違いない。
「……そうだよな」
「うん」
「確かにあの黒いのは怖いけど、危獣を倒してくれたお陰で私の夫も仕事に行けるようになったし……」
何だか近くで他にも肯定的な言葉が聞こえる。
泥やら危獣の返り血などで小汚い人間と大の大人十数人を黒い枝で振り回しているというよろしくない絵面にも関わらず、こちらの味方をしてくれるのはありがたい。どう見ても私たちが悪者にしか見えないし。
「貴様ら、後で覚えていろよ……!」
「一族諸共制裁を加えてやる!」
周囲がざわつく中、諦めもせず暴言と醜態を晒すおっさんたち。
「──! ──!!」
それにしても埒が明かないな、と思っていた時だった。
遠くから誰かが叫ぶ声が聞こえる。またおっさんたちの味方だろうか。
「道を開けてください!」
間もなく息を切らし近づいてきたのは、一人の女性だった。今度は若い。軍服のようなものを着ているけど、おっさんたちが引き連れた兵たちとは違うみたいだった。
そしてその後ろに続いているのは何となく見覚えのある服の男性数人。
多分、鉱山にいた衛兵さんだ。
女性が頭を下げながら近寄ってくる。
「ヒオリ様ですね。お待たせして申し訳ありません。領主様より事前にお話は伺っております」
さっすがテア様!




