40.ベルジュロー家
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広々とした空間の中、華美な装飾品や絵画で飾られた部屋で男たちは話し合っていた。
「あの小娘、税を減らすどころか我々への分配も考え直すなどと……」
「メイエンの前領主もそうだったが、甘すぎるな」
眉間に皺を寄せながら愚痴を零す数人の男たち。メッズリカ地方の現領主について苦言を呈しているところだった。
「ベルジュローよ。メイエンを失墜させる作戦は悉く失敗しているようだな」
「……ふん」
ベルジュロー家は近年、各地に危獣が出没するようになり混乱に乗じてメイエン家当主を亡き者にせんと画策していた。
魔晶石が危獣を引き寄せる効果があると古くからの文献で知った時から、作戦は練られていた。不正をちらつかせ、貴重な魔晶石を奪わせ、刺客を送った。危獣に手古摺っている内に止めを刺す予定だった。危獣にやられたとなれば誰も不信感を抱かない。
「しかし、黒髪の女と白髪の幼子か」
全ての計画はとある二人によって失敗が続く羽目となった。黒髪の女と白髪の幼子のせいだ。
一般民にしか見えない二人が、ヒスタルフやマルウェン周囲の危獣を全滅させる勢いで討伐を繰り返し、先の作戦も彼女らが間に入ったことで失敗した。領民たちの間でも噂になっており、一部では危険から救ってくれたと盲信している輩が出てきているらしい。
それならばと彼女たちを悪役に仕立てようと討伐者まで金で懐柔したというのに、メイエン家当主が出てきてそれも有耶無耶になってしまった。報告によればメイエン家に呼ばれたようだった。
彼女たちとメイエン家が結びつくことになれば、それ以上の面倒はないだろう。
「まぁ、所詮は小娘同士。鉱山の件は解決できまい」
小さく鼻で笑い、ベルジュロー家当主は口角を上げる。
「危獣の討伐についても果たして本当かどうか。それに大した相手ではなかったのだろう」
「……まぁ、確かにな」
ベルジュロー家当主の言葉に他の男たちが小さく頷く。
マルウェン周囲で有名な討伐者ですら歯が立たなかった相手に、その二人が勝ったなど想像もつかない。きっと何か絡繰りがあるに違いない。
「これもメイエン家の情報操作ですかな」
「うむ。我々を欺くためにそう仕向けたと言ったほうが納得できる」
「そう。鉱山の問題はそんなことでは解決できないからな」
得意げにベルジュロー家当主が腕を組む。
「強制的に”気”と危獣を生み出す術、でしたか」
「そうだ。魔晶石とその術で鉱山に現れる危獣は並大抵の数ではない。”気”の濃さもな。人間がどうこうできるものではない。今はメイエンの小僧が結界を張っているが、果たしていつまで持つかな」
「しかし、鉱山に出た危獣と“気”はその後どうするつもりだ? メイエン家が匙を投げたところで対処できるのか?」
「もちろんだ。これがあれば術を中和できる。忽ち“気”も危獣も消え失せよう」
ベルジュロー家当主が小さな箱を開ける。中には白く輝く石が入っていた。
「メイエン家の小娘と小僧、それに結託した女たちが鉱山に向かったようだが、その内なす術なく戻ってくるだろう。そこで我々の出番だ」
「さすがにこの功績があれば、我々が実権を握ることも容易いな」
町を壊滅させるほどの危獣と“気”を対処できれば領民も我々を支持するだろう。混乱に乗じてメイエン家当主を亡き者にできれば上々だ。
もし中和の術で危獣が全滅しなくても、こちらにはメイエン家には到底及ばない私兵がいる。
「ふふ……もう少しだ」
男たちはこれから起こる未来を想像し、薄く笑みを零すのだった。
◇
「あともう少し……!」
黒い枝は私たちを考慮して安全運転をしてくれている。急ぎたいのは山々だけど、気分不良でその後の対応が疎かになったらいけないからね。せめて私だけでも動けるようにしておかないと。
「ひぃ」
「えっと、このままお願い!」
「ん」
もうすぐ町に着くというところで幼女に声を掛けられた。人目を気にして黒い枝から降りるかを窺ってくれたんだと思う。
黒い枝に三人プラス幼女が捕獲されているような絵面はどう見ても怪しい。もちろんそんなことは百も承知だけど、テア様とエメリクの体調の方が大事だ。町の人にどう言われようと、噂されようと、きっと回復したテア様がどうにかしてくれるでしょ。
「な、何だあれ……?」
疎らながらも数人と擦れ違う。反応は大体同じで、ぎょっとした顔で二度見したり唖然としたり。
まあ私も事情を知らなかったら同じ反応だったと思う。絶対に近づきたくない。
それにしても、どこに行けばいいんだろう。メイエン家の屋敷かな。でもあそこはシベラ含めメイドさんくらいしかいない。
もっと兵舎みたいなところはないんだろうか。テア様、エメリクも騎士として育ったと言っていたから仲間がいてもおかしくない。鉱山にいた衛兵さんもいつの間にかいなくなってたし、待機場所というか帰還場所のようなところがあったらいいんだけど。
「ミレスちゃん、鉱山にいた衛兵さんたちがどこにいるか分かる?」
「……ん。あっち」
「ありがと! じゃあそっちに向かって!」
幼女が優秀すぎる。
ぐりんと方向転換して黒い枝は走り続ける。
「止まれ! 止まれー!」
少し遠くから何か叫ぶ声が聞こえる。
人だかりが見えて、このままだと轢きかねないので幼女に止まるようお願いする。
少しだけ減速して急停止したあと、私と幼女を降ろした黒い枝。テア様とエメリクは変わらずぐるぐる巻きにされている。
人だかりは武装し制服を着た兵士のような人たちと、その周囲に一般市民という構成。最前列の人物を見ると、ブロンドの髪をオールバックにしたおっさんだった。いかにも高そうな装飾品を身につけている。近くには同じようなおっさんが数人いた。物語でよく見る貴族みたいだ。
「怪しい奴め。この町に何用だ!」
取り巻きのおっさんが叫ぶ。
「今それどころじゃなくて──」
「後ろにいるのはジェレマイテアか? おおジェレマイテア、怪しい奴らに囚われて可哀想に……!」
ブロンドオールバックがまるでミュージカルのように叫んで大袈裟なアクションを取っている。
テア様の知り合い? この感じ、親戚か?
「ジェレマイテアをどうするつもりだ! こちらに渡せ!」
何となくだけど、テア様たちを引き渡してはいけない気がした。意識のない二人を心配する様子もないし、高圧的だし、何かムカつくし。
「まさか鉱山の“気”や危獣もお前たちのせいじゃないのか!」
「その黒い奴、魔術に違いない!」
「奴らを捕らえよ!」
げぇ、面倒くさ。今度は何なの、言い掛かりもいいとこだ。
おっさんの命令で兵士たちが駆け寄ってくる。捕まる訳にはいかないけど、倒す訳にもいかない。
どうしようか悩む暇なんかなかったけど、兵士たちがあと数メートルに迫ってきたとき、黒い枝がぺいっと薙ぎ払った。
「おわっ」
「うわあっ」
襲い掛かってくる兵士を次々と薙ぎ払う黒い枝。身体が軽く吹っ飛ぶ程度で致命傷にはなってなさそうだった。
さすがミレスちゃん。手加減も上手くなった。
わしわしと幼女の頭を撫でる。
「テア様たちは渡さない。でもこんなことしてる場合じゃないの! 早く治療しないと──」
「何をしている! 術でも使って拘束しろ!」
「あああああもう! 手遅れになったらどうする気!?」
転倒を免れた兵士たちが何か唱え始める。こんなところで戦闘するなんて有り得ない。
「ミレスちゃん、全員縛り上げて!」
「ん」
半ばムキになって叫んだことだったけど、幼女は有言実行してくれた。
黒い枝が兵士たちを一人残らずぐるぐる巻きにして吊るし上げる。もちろんいけ好かないおっさんたちも全員。
「くッ、何をする! これはベルジュロー家に対する宣戦布告と見ていいようだな!?」
このブロンドオールバック、ベルジュロー家の人だったんだ。いかにもな悪役で呆れを通り越して笑いが出るよ。




