39.無力感
「何でこんなところにまでいたんだろ」
さすがにこの数と強さの危獣がグルイメア以外にいるのはおかしいと思いながらも、とりあえずエメリクたちの元へ向かう。
俯いているエメリクの表情は分からないけど、さすがにもう怯えている様子はなかった。
「エメリク、テア様どうしたの?」
テア様を腕に抱いたまま動かないエメリク。その顔には焦燥と汗が滲み出ている。私の声が聞こえていないのか、無視しているのか。
エメリクの腕の中にいるテア様は、元々色白だったけどそれ以上に青白い表情。呼吸は浅い。
周囲の状況からして、もしかして危獣にやられたのか。
「ちょっとごめん」
テア様の橈骨を確認すると、脈は触れるものの拍動は微弱で遅い。それに冷たい。
全身に切り傷や打撲痕はあるけど、明らかな外傷は見当たらない。
「となると、中……?」
体内のどこかで出血しているのかもしれない。
明らかにショック状態だけど、私にはどうにもできない。こんな時に役に立てない無力さを歯痒く思っても仕方ない。
このままだとその内心臓が止まってしまう。ここから町に行くまでに持つとは到底思えない。
とりあえず急いで黒い枝に運んでもらって、止まってしまったら押す? でも無理に動かして余計に状態が悪くなったら?
「エメリク!」
「今、霊力を押し込んでんだ……っ! こうでも、しねぇと……っ」
苦し気に、声を絞り出すように話すエメリク。どうやら私の声が聞こえなかった訳でも無視していた訳でもないらしい。それどころじゃないという感じ。
何をしているのかは分からないけど、治癒術はできないと言っていたエメリクが何かしらの対応をしているということは理解できる。発言からして、とりあえずの応急処置か。この世界の人の生命力とも言える霊力を失わないよう、押し留めていると。
「……そうだ」
そういえば、霊力は全身を巡っていると聞いた。全身を巡るといえば体液だ。血液でもリンパでも何でもいいけど、血管で輸送されるものなのかもしれない。
霊力があるかどうかを判断できるなら、全身を巡る霊力──血流が分かるかもしれない。
「エメリク! テア様の身体の霊力の流れって分かる?」
「あ? そりゃあ分かるが、今そんな」
「じゃあ今見て! もしかしたらテア様を助けられるかも!」
必死に霊力を注いでいるらしいエメリクは、文句を言いながらも私の言葉に従ってくれた。
「……ん……こりゃ……ああ、腹んとこに流れの悪いところがあるな」
「よし! じゃあそれを」
「解放するんだな!?」
「違う、逆! 流れ出ないように塞いで!」
「はぁ!? いや、これをやりつつそんなこと」
「いいからやる!」
霊力を注ぎつつ、これ以上出血をさせないようにする。
無茶振りなのは分かっている。エメリクも無理だと言いながらも必死に対応してくれていた。
少しすると手の冷感は改善し始め、脈の拍動も大きくなってきたような気がする。
やっぱり霊力の流れは血流と同じとみてよさそう。よかった、これでひとまずは安心だ。
臓器からの出血を止められるなら、あとは輸血やら補液になるけど、ここは異世界。どうにもそういった医療行為は存在しないみたいだし、治癒術に頼るしかない。
でも治癒術を使える人間がいない。治癒術とは何が違うか分からないけど、霊力を押し込んでいるというエメリクを見守ることしかできない。
私が霊力を──霊術を、治癒術を使えたら。
これほどまでに能力を切望したことはない。
ミレスも攻撃特化みたいだし。
そういえば以前グルイメアでどこぞの隊長に矢でやられたとき、毒みたいなものが仕込まれていたみたいだけど、いつの間にか症状は消えていたし傷も塞がっていた。幼女のパワーアップによって毒やら麻痺やら状態異常の耐性とか回復力が上がったみたいだけど、私限定のようだし、他者に対してはその効果が発動したことはない。
もしかしたらもっとパワーアップしたら治癒術のようなものも使えるのかもしれないけど、幼女が何も反応しないところを見るとやっぱり今は回復系の能力はないらしい。
「──ッ、ぅ」
何もできず唸っているうちにエメリクの額に伝う汗が増えていく。眉間の皺もいつも以上に酷い。消耗が激しいのは見てすぐに分かった。
テア様は少しだけ肌に赤みが戻り触れる脈がさらに強くなったものの、目を覚ます様子はない。
このままでは、共倒れしてしまうかもしれない。
思わずミレスをぎゅっと抱き締める。
「ん」
すると突然、幼女が黒い枝でエメリクの頬に何かを押しつけた。頬の形が変わるほどにぐりぐりと押しつけるその先には、綺麗な石がある。
鉱山の中で石遊びをしていたけど、その名残かな。いつの間に持ってきていたのか。
「──! そりゃ……ああ、やってやるさ!」
エメリクは驚き、けれどすぐに何か決意したように黒い枝から綺麗な石を受け取ると、小さく何かを呟いた。
綺麗な石は割れ、粉々になっていく。
そして薄らと光に包まれるエメリク。彼の手からテア様へ光が移っていく。
精霊石とやらだろうか。最近魔力や霊力の耐性がついた、というかそういった環境に慣れてきたからか、若干力の流れのようなものが見えるようになってきた。
だから二人を包むこの光が霊力なんだろうなということは何となく分かった。
そうして数分も経ってないうちに、急に光が薄まった。
「エメリク!」
光がぱっと消え、エメリクがテア様を抱いたまま倒れる。二人を支える力なんてなかったけど、黒い枝が支えてくれたお陰で地面に激突せずに済んだ。
「ミレスちゃん、ありがと」
「ん」
エメリクは気を失っているようで、ぐったりしていた。テア様は顔色も体温も元に戻り、脈もしっかり触れる。
よかった。共倒れに近いけど、どうやら成功したらしい。
これ以上、二人の状態が悪化しないうちに町に戻ろう。
ここの危獣が町に下りて来ないか心配だけど、幼女センサーには引っ掛からないようだった。結界内に残っているかもしれないけど、多分ここ周辺の危獣は狩り尽くしたんだろう。そりゃあれだけ大暴れしていたらね。
「じゃあミレスちゃん、お願いしてもいい?」
「ん」
黒い枝がエメリクとテア様、そして私たちをぐるぐる巻きにして持ち上げる。
他人から見れば黒い枝に拉致される四人みたいな光景だけど、視覚の問題に考慮している場合じゃない。
絶叫しない程度に急いでもらって町に向かう。
見た目はあれだけど走る黒い枝はヒスロ以上に安定しているので、輸送によって二人の容体が悪化することはないと思う。
治癒術を使える人は王都周辺以外だと町に一人いるかいないかくらいだと聞いたけど、多分ヒスタルフくらい大きな町なら一人はいるはず。こういった事態も考えて治癒術が使える人がどこにいるか確認しておくべきだった。
でもテア様のことだから、その辺も考えているはず。町に戻ったらすぐに連絡が取れますように。




